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酒と女と美味い飯(オーク三大欲求)

 昼間から賑わう岩窟亭は鍛冶職人街でも一番活気のある酒場だった。


 奥のテーブルにつくと、メニューも見ないでガーネットが次々に給仕係の少女に注文する。


 獣人族だろうか。エプロンドレス姿の小柄な少女は、冬の狐のようなふんわりした尻尾をリズミカルに揺らしながら、ちょこんとお辞儀をして行ってしまった。


「まだ昼間だってのに、大盛況だな?」


 洞穴のような薄暗い照明の店内を見渡せば、小柄なドワーフの男たちが酒の入った器を酌み交わしている。


 ガーネットが口を緩ませた。


「ありゃあ“夜勤”の連中さ」


「夜勤って夜に働くのか?」


 俺の椅子の下でナビが丸まりながら「ドワーフは昼夜を問わず採掘するみたいだね」と補足する。同じ事をガーネットも俺に告げたところで、二リットルは入るピッチャーを二つ手にして、先ほどの給仕係の少女がやってきた。


「お待たせいたしましたぁ~~」


 金色の液体が満たされたガラスの器だ。上の方は白い雲のような泡で蓋をされていた。


 器はキンキンに冷えており、結露している。


「なあ、二つってなんの冗談だ?」


 給仕は「はい?」と首を傾げたが、ガーネットは「あってるあってる。つまみも早くね!」と狐少女を返してしまった。


 ピッチャーの取っ手を手にしてガーネットが笑う。


「んじゃあ……特にめでたいわけでもないけどかんぱ~い!」


「もしかして、これをこのまま飲むのか?」


「決まってんじゃん。乾杯するためにグラスが二つあるんだろ?」


「その意見はわかるが一つ間違ってるぞ。どうみてもグラスじゃない」


 他のテーブルで楽しげにやっているドワーフたちも、大ジョッキがいいところだ。


「ほら、せっかくの麦酒が温くなっちまうだろ?」


 どうやら手荒い歓迎になりそうだ。ピッチャーを手にする。ガラスがひんやりしていた。


「改めてかんぱーい!」


「か、乾杯」


 ガコーン! と、豪快に器の縁と縁をぶつけ合う。中の液体が景気よくこぼれたが、構わずガーネットはグビグビやった。


 俺も倣ってのどに麦酒を流し込む。


 なんだこれ……美味いぞ。シュワシュワしていて麦の香りと、それとは別の芳醇なアロマを感じる。ほんのり苦く、ついつい一気に飲み干してしまった。


 ガーネットもピッチャーを空にして、ドンッテーブルの上におく。


 口の周りを泡だらけにしながら、同時に声が漏れた。


「「ぷっはーッ!!」」


 互いの顔を見てつい、笑ってしまう。


「あっはっは! あんた髭もじゃも似合うんじゃない?」


「そっちもずいぶん男前になったじゃないか」


「あぁん? これでも実家じゃ蝶よ花よと愛でられたお嬢様だったっつーの! 男とは失敬な! しかしまあ、良い飲みっぷりだったぜ!」


 続けて茹でて冷やした青いサヤ入りの豆や、肉の煮こごり。適度な大きさにカットしたチーズに、オムレツなどが並んだ。


 どれも美味そうだ。ぐうううっと腹が鳴る。


「お嬢ちゃんピッチャーで麦酒二つおかわりね!」


 料理を運んできた給仕の少女は、空になったピッチャーに目を丸くしながらも「かしこまりぃ」と厨房方面に戻っていく。


「さあ、食べてみてよ。アタイが作ったわけじゃあないけど、自慢の料理さ」


 温かい湯気をあげるオムレツをスプーンですくった。


 口に運ぶとバターの風味にほっぺたが落ちそうになる。卵も新鮮だ。


「う、美味い……」


「だろぅ? 最果ての街に居着く連中の何割かは、この階層で手に入る食材で作る料理目当てさね。外の世界にゃほとんど魔物はいないけど、これだけの美味い飯はなかなかありつけないからねぇ」


 嬉しそうにガーネットは目を細める。続けて俺は肉の煮こごりも食べた。ゼラチン質が舌の体温に溶かされて、旨味の凝縮されたスープが口の中いっぱいに広がる。良く煮込まれた肉はほろりと柔らかく、涙が出そうになった。


 青い豆をサヤごと食べようとして、ガーネットが「ちょっと待った!」と声を上げる。


「この豆はサヤから剥いて食べるんだよ。こういう感じで……ああ、あんた指ふっといから、無垢の無理ならサヤごとしゃぶってもいいけどさ」


 性格に見合わない繊細な手つきでガーネットは緑のサヤの尻のあたりを小さく押し込んだ。こらえきれず艶々とした豆が顔を出す。


「ほら、食べさせてやるよ」


「いや、自分でできるって」


「あぁん!? アタイが剥いてやった豆が食えないってのか!?」


 酒が入ったせいか、ガーネットの薄い褐色の頬がほんのり赤みがかっていた。


 ガヤガヤと騒がしい店内で、時折口論やら店の外で殴り合いやらが始まっているが、賑やかなのがこの店の日常なのか、誰も気にする素振りはない。


「おら食えって美味いから! なぁ食ってくれよぉ!」


 てらてら光る豆に俺はしゃぶりついて吸う。


 ちゅぽんと口の中に入ったそれは、適度な塩気が甘みを膨らませるような、なんとも言えない味だ。


 やばい。麦酒が欲しい。


 ガーネットは笑う。


「指までチュパるなんてアンタ大きい赤ちゃんみたいだな」


「そっちが食えっていったからそうしただけだろ」


「怒りなさんなって。で、どうよ?」


「う、美味かった」


 チーズは固いものを薄くスライスしており、とてつもなく濃厚だ。同じくチーズをつまんでガーネットが言う。


「こいつはどっちかといえば葡萄酒に合うんだよなぁ。そうだ! 今度、天使族に頼んで良いのを分けてもらって、一緒に飲もうな」


「天使族が葡萄酒?」


「なんだよ常識だろ。葡萄酒は教会の連中が作ってるんだし。アタイはそうでもないけど、ドワーフってのはわりかし信心深いんだよ」


 エルフとは不仲でも天使族とは相性が良いのか。


 そんな話をしているうちに、ピッチャーの二杯目と、肉の串焼きや黄金色の香ばしい揚げ物が並んだ。


「茹でた芋を潰して炒めたミンチ肉と混ぜて、パンの粉だの卵だの小麦だのの衣に包んであげたコロッケって料理さぁ。珍しいだろ?」


「すごく良い匂いだな」


 フォークで真ん中から割ると、黄金色の中身は白く裏ごしされたように滑らかな芋で満たされていた。ふわああっと、香気が上って鼻先をくすぐる。


 悪魔の誘惑だ。耐えきれず半分にしたそれを口に運ぶと……今度は本当に涙がこぼれおちた。


 初めて食べるはずなのに、どこか懐かしい。


「おいおい、いくら美味いからって泣くやつがあるかよ。まあ、アタイも初体験の時は感動したけどさぁ」


 本能がそうさせるのか。サクサクとした食感と滑らかな芋の旨さの後味を、麦酒で洗い流すように飲み干した。


 油の旨味ごとスッと綺麗に消える。リセットだ。また新鮮な気持ちで残り半分のコロッケを食べる。


 最初と同じ感動が脳内を駆け巡った。


「う、う、うんめええええええ!」


「だよなだよな! 麦酒とめっちゃ合うよな!」


 まるで自分のことみたいにガーネットも喜ぶ。ああ、もうやみつきになりそうだ。


 ガーネットはテーブルにぐいっと前のめりになった。胸の谷間が俺の視界を狭める。


「アンタ食いっぷりも飲みっぷりも良い感じだな。オークにしとくのがもったいないぜ」


「悪かったなオークで」


「つーかオークも色々なんだなぁ。アンタの同族をとやかく言って悪いけど、大半の連中は信仰心が欠片もないもんだから、粗野で乱暴さ。エルフの連中なんか特にアンタみたいな立派なオークを見ると、ブルッちまう。ちょっと気の毒だねぇ。中にはアンタみたいな良い奴もいるってのに」


 一瞬、血の気が失せそうになった。


 初めてこの街に着いた時の事が脳裏をかすめる。が、俺の顔色など気にせずガーネットは続けた。


「まぁ信仰心が足りないっていう点じゃ、アタイもオークと似てるかもしれないけど。たま~に礼拝すっぽかすし。けどまったく無いわけじゃあないんだよ。ドワーフとしてはダメかもだけど」


「ガーネットは親切じゃないか? どこにダメな要素があるんだ?」


「お、おお! やっぱわかる? いやぁつくづくイイ女だよなぁアタイって」


 彼女の自己評価の高さは、魅力的な容姿に裏打ちされただけじゃないな。


 ポジティブなのだ。俺も前向きさじゃ負けてないが、街にたどり着くまで戦いの連続で、楽しく笑う機会なんてそうそう無かった。


 良く笑うガーネットに不思議と癒やされた気分だ。酒のせいかもしれないが、こういうのは悪くない。


「そうだ。街のことやら色々訊きたいことはあるんだが、その前にガーネットの事を教えてくれよ?」


「絶世の美女に興味津々かぁ。ったくオークは下半身と脳みそが直結してるって言うけど、マジだったんだな!」


 手つきの繊細さが豪快な性格に打ち消されているのは、まあ玉にきずってやつかもしれん。


 ゆっくり席に戻るとピッチャー片手にガーネットは空いた左手で俺の顔をビシッと指さした。


「んじゃあ勝負な! どっちがたくさん飲めるか! アンタが負けたら支払いしてもらうぜ」


「おいおい、おごりじゃないのか?」


「そっちが言いだしたんだろぉ? 美女の秘密が懸かってるんだから安いもんだって。いいかい? 男なら欲しいモノは勝って手に入れるもんさ」


 こうしてガーネットとの勝負が始まった。

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