鍛冶職人街
黒煙が並び立つ煙突から上がり、そこかしこからカンカンと金属を鍛えるリズミカルな音が響く。
最果ての街の北西……といっても、正確な東西南北はわからないのだが、海側を南とすれば鍛冶職人街は北西の位置にあった。
職人街の中央に祭壇がある。案内のため先に進むガーネットに気づかれないよう、俺は小声でナビに訊いた。
「なんでこんなところに祭壇があるんだ?」
ナビは尻尾を左右に振りながら俺に告げる。
「二十階層にはいくつも祭壇があるみたいなんだ。行き先は同じ二十階層のどこかみたいだね」
ぴたりと足を止めてガーネットが振り返る。
「独り言かい? 図体がでかいわりに変わった趣味だな?」
金色の眼差しがじっと俺を見据えた。慌てず騒がずその瞳を見つめ返す。
「悪いがクセなんだ。街に着くまでずっと独りだったからな。あんまり寂しいんで、時々でちまうんだよ。不快にさせたなら済まない」
ずんと一歩近づいてガーネットは俺の顔を下からのぞき込む。
「へぇ~~。単身迷宮世界に乗り込んでくるなんて、無謀なやつだな」
その口振りからして、普通の冒険者は独りでここまで降りてこない……ということだろうか。
「アタイといっしょだな。あっはっはっは!」
大ぶりな胸をブルンと揺らしてガーネットは豪快に笑う。ううむ、視線がつい向いてしまうぞ。
性格は男勝りだが肉付きは筋肉質ながらも、出るところがしっかり自己主張していて魅力的だ。
一方、ナビは凹んだように消沈し、耳をぺたんとさせた。
「独りだなんて、ボクがずっと一緒にいたじゃないか」
いやいや、こう言っておけばガーネットに不審がられないと思ったんだ。
と、今は説明できないのがもどかしい。
だいたい街で話しかけたら白い目で見られると言ったのはナビだろうに。
溜息をついた途端、ガーネットが俺の肩を平手でパァァァンッ! と叩いた。
「まあ大切なお客さんだし、初めてだらけでわかんないことも多そうだから、アタイが色々と教えてやるよ。もちろん武器の代金に情報料を上乗せするなんてエルフみたいなみみっちい真似しないから安心しなって」
エルフは情報料を取るのか? まあ、こういった場所ではそれが普通だろうから、このドワーフがお人好しなだけかもしれない。
ともあれ口は悪いが根は良い奴だ。俺を騙してどうこうするつもりもなさそうである。
ガーネットが気の良いドワーフを演じている可能性も完全には捨て切れないが……。
いかんな。最初にこの街で起こった事件が、尾を引いている。
信じて素直に厚意に甘えよう。こちらが疑えばガーネットも気を悪くするだろうし。
「ありがとうガーネット。じゃあさっそく質問なんだが、この祭壇はどこに繋がってるんだ?」
ぐいっと胸を反らせて張ると、ガーネットは「わはは」と笑う。今にも褐色の果実がぶるんとこぼれ落ちそうだ。
いちいち視線を誘導されてちまうのは、男の本能だな。
そういえば、不定形なunknownの時から自分が男か女か迷いすらしなかった。
ガーネットはビシッと祭壇を指差す。
「こいつは二十階層の鉱山――海底鉱床に通じてるのさ。中は魔物だらけだけど、奥に進むほど良質な鉱石が手に入るってわけよ。で、便利だからってアタイらドワーフが祭壇付近に住み着いて、いつの間にやらこの辺りは鍛冶職人街って呼ばれるようになったってわけ」
海底? ちょっと気になる単語だが、なるほど鉱石集めがしやすい立地というわけだ。
そっと視線を下げるとナビは相変わらず寂しげな顔のまま、小さく頷いた。
後で謝ろう。とはいえナビのやつ、もう少し空気は読めないんだろうか。そういうのはさすがに求めすぎか?
俺以外の誰とも会話が成立しなかったんだから、ナビのコミュニケーション能力に問題があるのも仕方ない。
俺はその場でしゃがみ込んだ。
「おっと靴紐がほどけたみたいだ」
ガーネットが目を丸くする。
「アンタ裸足じゃないか?」
「あ、ああ、靴紐がほどけたのは気のせいだったみたいだな」
言いながら俺はガーネットに気づかれないよう、ナビの頭をそっと撫でた。
ナビは目を細めるとブルリと全身を震えさせる。
「よかった。ゼロに協力者が出来たのは喜ばしいけど、ボクが見えなくなっちゃうんじゃないかって不安だったんだ」
その言葉に小さく頷いて立ち上がる。一連の動作を観察しながらガーネットは眉尻を下げた。
「アンタやっぱり変だな」
「変わり者だとはよく言われるよ」
「つーか腰に布きれ一枚巻いて褌オンリーなんて変態だろ」
うっ……仕方ないだろう。どの階層でも武器と盾しか拾えなかったんだから。
腕組みして胸を前腕で下から支えるように持ち上げながら、ガーネットは溜息をついた。
「先に服と靴くらいは用意した方が良さげだねぇ。アタイは別に褌男を家に招待してもいいんだけど、おいおい鍛冶職人ギルドに紹介すんのにその格好は流石に無いわマジで」
もしかして俺、前回も今回もかなり怪しい格好で街をうろついていたのか?
どことなく軽蔑とまではいかないものの、他の冒険者たちの見る目が冷たく思えたのは、俺の気のせいじゃなかったようだ。
いきなりエルフに雷撃系の黒魔法をぶちかまされたのも、魅力や種族の特性に加えてこの服装がまずかったからかもしれない。
鍛冶職人街の通り沿いにある雑貨店で、俺は簡素な麻のシャツとズボンに革ベルトとサンダルを買ってもらった。
染色もされていない自然な風合いの服一式は、着心地もゴワゴワしていてあまり快適とは言いがたい。
というか、裸であることに慣れすぎていた。服そのものに違和感を覚える。
店を出るなりガーネットが言う。
「建て替えてやっただけだからな。手持ちが無いようだし、先にギルドに換金しに行くか」
「お、おう。何から何まで済まない」
「いいっていいって。アタイほど出来たドワーフはそうそういないんだから」
金の工面は必要だ。もとより滞在費やらなんやらは、ここにたどり着くまでの素材を売って用立てるつもりだったので、彼女の紹介で換金できるのは都合が良い。
ちなみにガーネット曰く、この街で流通している貨幣はギルド硬貨といって、銅貨、銀貨、金貨に別れるとのこと。
外の世界では流通していない独自貨幣なのだとか。
俺は外に出られないというから、あまり関係ない話だ。
ガーネットは上着の内ポケットから赤い宝石を取り出した。
彫金を施したフレームで固定され、ゴールドのチェーンがつけられている。
見つめているとガーネットが首を傾げた。
「なに珍しいものでも見るような神妙な顔してんだい?」
「いや、なんというかその……」
「アンタだって同じモノをずっと首からかけてるだろ?」
言われて俺は自分の首元をさすったのだが、金の鎖の感触などどこにもない。
赤い宝石はナビの額のそれと同じだった。
足下のナビに目配せする。
ナビは首を傾げた。ガーネットからは“俺が赤い宝石のついた金のネックレスをつけている”ように見えているようだ。
ナビは顔を上げると俺に告げた。
「認識が歪んでいるみたいだ。キミも普通の冒険者として認識されているのかもしれないね」
まあ、それなら好都合だ。ナビを紹介できないのは残念だが、余計なところで不審がられることはないと前向きに考えよう。
とはいえ認識の歪みというのは気になるな。ナビは俺を特別な存在というが、そうなさしめているのは、案外ナビ自身なのかもしれない。




