割り振り方と身の振り方
「なあナビ。ステータスにはいくつか項目があるんだが、それぞれについて教えてくれ」
小さな首をちょこんと縦に振って小動物は言う。
「お安い御用さ。『力』は腕力や体力や回復力に肉体の強靱さといった、身体的な強さだよ」
どうあれ魔物と戦うというのならパワーがあるに越したことはない。
「知性は高めれば攻撃系が充実した黒魔法の威力や、魔法力の容量上限が増えるんだ。魔法はレベルが上がれば覚えていくけど、特別な魔法は誰かに教えてもらったり古文書を読んだりして覚えることもあるよ」
魔法か。なんとなくだが、昔使っていたような気がする。まあ、気のせいだろうけど。
「信仰心は魔法防御力や回復に秀でた白魔法に関係するね。呪いを解いたり毒や麻痺といった状態異常を治療するのに便利だよ」
つまりは魔物から毒だの麻痺だのを食らう可能性があるらしい。搦め手を攻められるとやっかいだな。
「敏捷性は回避率や行動速度、それに攻撃の命中率にも関わるんだ。特に弓みたいな射撃武器では有効になるよ。器用さも高くなるから、罠を解除したりもしやすくなるんだ」
遠距離攻撃主体なら力をすっぱり諦めて、敏捷性に一極集中も悪くない。
「魅力は容姿に影響があって交渉力が上がるんだ。異性に限らず数値が高ければ多くの協力を得られるようになるね」
「協力ってことは、ここには他にも誰かいるのか?」
訊き返すとナビは「迷宮の中だけど『街』があるからね。詳しいことはその『最果ての街』に到着してから説明するね」と答えた。
そして説明をこう締めくくる。
「最後の項目の運は相手の弱点を突いたり、倒したモンスターから得られる報酬がよくなったりするよ」
他に比べていまいちぱっとしないというか、運任せっていうのはどうなんだろう。
解説を終えてナビはもう一度俺を見つめた。
「さあ、ステータスポイントを割り振ってみて。どうするかを強く頭の中で思い浮かべるんだ」
「一つの項目にポイントを集中させてもいいのか?」
「もちろん自由だよ。バランスを取るのもいいけどね。キミ次第さ」
初回に割り振れるのはステータストーンの目で出た4ポイント。あまり深く考えず俺はその配分を強く思い描いた。
「なるほど。おめでとう。キミはunknown卒業だ」
俺の身体が光に包まれたかと思うと、崩れたゼリーのような肉体がぎっしりと固まっていった。
太く雄々しくたくましい丸太のような四肢に、腰には布きれ一枚という姿だ。
下顎からは牙がのぞき、樽の如く大きな腹を抱えたその見てくれは――オークだった。緑色の肌は皮膚も厚く強靱そうだが、豚というかイノシシじみた顔はお世辞にも魅力的とは言いがたい。
あの液体と固体の中間のような身体が嘘のように、俺の存在はオークとして確定した。
「ステータスを確認しようね」
ナビが再び壁に一覧を映し出す。
名前:????
種族:オーク
レベル:1
力:G+(4)
知性:G(0)
信仰心:G(0)
敏捷性:G(0)
魅力:G(0)
運:G(0)
数値の前に文字がついていた。ナビがすかさず解説する。
「ステータスの数値によって大まかにランクが設定されているんだ。+がついているのは中でも秀でているという意味だよ。ランクはGからAまであるんだ。さらにAより上もあるけど、到達するのは難しいかもしれないね」
つまり俺はどの数値も最低ランクということらしい。ゆっくりと身体を起こして立ち上がった。
身体が肥大化し背も高くなったからか、頭頂部が洞穴の天井スレスレだ。
手を開いたり閉じたりしてみる。動きにぎこちなさはない。最低ランクとはいえ丸太のような腕は力に溢れており、これなら魔物相手にも戦える気がした。
ナビが足下から俺を見上げる。
「名前の欄だけ埋まらないね。どうしようか?」
名乗る名前を自分でつけなきゃいけないのか。こういう時、記憶が無いってのは困るな。
「unknownから姿は変わったが、結局自分の名前は思い出せずじまいだ。ナビが名付けてくれないか?」
俺の提案が意外だったようで、ナビは一度目をぱちくりさせたが、すぐに頷いた。
「わかったよ。それじゃあキミは今日から記憶が戻るその日まで、ゼロと名乗るといい」
「ゼロ……unknownとあまり変わらないな」
「気に入らないなら自分で名前をつけるかい?」
「こちらからお願いしたんだ。その名前をいただくよ」
「わかった。これからよろしくねゼロ」
「こちらこそだナビ」
ナビはくるんと俺に尻尾を向けて、ゆらゆらとさせながら洞穴の入り口へと歩いていった。
「さあ行こう。キミならきっと門を開くことができるよ」
何も知らないレベル1のオークに、あんまり期待されてもな。まあ、やるだけやってみるさ。
ナビに従ってついていく。光に満ちた入り口が、だんだんと近づいてきた。ジメッとよどんだ空気が新鮮なそれへと変わって行く。
外に出る。まぶしさに目を細めつつ空を仰ぐと……そこに青空は無く、固い岩盤に覆われた高い高い天井と、太陽の代わりに光輝く天に浮かぶ光球があった。
視線を戻すと目の前に森が広がっている。針葉樹と広葉樹がない交ぜになった混交林だ。
「ここは本当に地下なのか?」
「迷宮第十階層。地上から1000メートルは地下にあるだろうね。といっても、ここらへんですら入り口みたいなものだよ。街があるのはもっと下の階層さ」
地底世界に広がる森は鬱蒼と生い茂り、青空が無いこと以外は地上と変わらない風景に戸惑いながらも、俺は一歩を踏み出した。
まずは高めた腕力を駆使してレベル上げだな。森から感じる様々な気配に、自然と鼻息が荒くなった。