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数字に表れない強さ

 森に入るとスライムや角ウサギは相手にせず、茂み付近に身を潜めている狼型の魔物――はぐれ銀狼に襲いかかった。


 慌てて飛び出してきた狼の顔面を掴むと、そのまま地面に力一杯叩きつける。


 力無く横たわった狼の腹を蹴り上げて、一匹目を仕留めた。


 ナビがぽかんとした顔で俺を見上げる。


「今のは群を追われた、はぐれ銀狼だよ。鮮やかな手並みだねゼロ。身のこなしに無駄がないし、どの程度攻撃すれば魔物が倒せるかあらかじめ知っていたみたいに見えたよ」


 赤い光に変換された、はぐれ銀狼を額の紅玉に吸収してナビは言う。


 以前、最初に戦った時よりも弱く感じた。


「こいつは森でどの程度の強さの魔物なんだ?」


「蒼穹の森では真ん中ぐらいの強さだね」


 なるほど変わっていないらしい。


 簡単に倒せたのはステータスポイントが6あったからだろうか。


 いや、単にそれだけじゃない。身に染みついた戦い方の記憶を、この肉体は再現できるのだ。レベルに現れない経験値が、きちんと俺の中に残されていた。


 肉体の頑強さや一撃の重さはなくなっても、戦闘における思考や工夫などは失われない。それこそ記憶を消されでもしない限り、無駄ではなかった。


「ペースを上げるぞナビ」


「わかったよ。ゼロが戦いやすいよう、離れすぎないくらいの距離をとって見守るね」


 森を進むと、すぐにはぐれ銀狼が二体連携して襲ってきた。両手でそれぞれ掴んで地面に叩きつける。こいつらの動きは見切り済みだ。


 魔法を使ってくるわけでもなく、注意すべきは牙くらいなものである。それもレベルが上がれば脅威になり得ない。


 知っているからこそ、俺も大胆な攻めを続けることができた。


 二匹のはぐれ銀狼を葬ったところで、ナビが俺の前にするりと回り込む。


「キミは本当に、さっきまでunknownだったのかい? 信じられない強さだよ」


 今までに無い反応だ。ナビに疑念を抱かせてしまったか。


「あ、ああ。自分が誰だかわからない。覚えているのは名前だけだ」


 咄嗟の質問に、ついはぐらかしてしまった。


「本当に本当かい? あまりにも手際が良いからびっくりだよ」


「何が言いたいんだ?」


 ナビは耳をぺたんと伏せた。


「まだ出会ったばかりでボクの事を信用できないかもしれないけど、何か困ったことがあれば遠慮無く相談して欲しいんだ」


 赤い瞳が熱心に俺を見据える。口振りはどことなく寂しげだ。


 あっ……もしかしたら、ナビのやつ説明や解説の機会がほとんど無いもんだから、導く者の役目が果たせなくて寂しいのか?


 俺が記憶を持っている事を切り出すタイミングは、遅れるほど言いにくくなりそうだけれども……街に着くまで大きな状況の変化は避けたい。


 現にナビはこれまでにないリアクションを俺にし始めている。それ自体は小さな変化だが、積み重なると思わぬところで足をすくわれるかもしれないしな。


 既知の領域――最果ての街に到着するまでは、できるだけ前回のリプレイに近づけよう。


 ナビの提案に俺は頷いて返した。


「わかった。これからは小まめに相談するよ」


「よかった。導く者として力になれないのはボクとしても不本意だからね。キミの直感や判断力は素晴らしい。だけど、それが常に正解とは限らないから」


 俺はしゃがみ込むと、そっとナビの頭を撫でた。


「ありがとうナビ。お前がいてくれるだけで心強いぜ」


 オークの無骨な手でごわごわと撫でられても、ナビは嬉しそうに目を細めて尻尾を立て、ブルルッと心地よさ気に身震いする。


 そっと手を離すとナビは小さな鼻をヒクヒクさせた。


「この調子で、はぐれ銀狼を倒していこう。先に進むと幻影湖があるんだ。夜になる前には着いておきたいね」


「地下なのに夜なんてあるのか?」


 知っていることだがあえて俺が確認すると、ナビは誇らしげに階層の昼夜についてや、迷宮の外にあるという地上世界の事。それから冒険者が作った開拓の名残り――休憩できる小屋などについて語った。



 湖畔まで戦いながら進軍を続ける。効率は良く無駄な戦闘は全て回避した。倒す魔物をはぐれ銀狼に絞りつつ、前回同様、渇きや飢えは広葉樹に鈴なりの黄色い柑橘でしのぐ。


 とんとん拍子でレベルも上がり、最初の休憩地点である湖畔の小屋に到着した。


 ダイス運も前回以上で、すべてが快調。これなら二週間と懸からず、最果ての街に戻ることができそうだ。






 湖畔の小屋で一泊した翌朝――


 幻影湖を先に進むと、魔物の種類が昆虫系に切り替わった。


 ナビから情報を引き出しながら、マキシビートルをひっくり返して腹を殴る方法で倒していく。


 ナビに詳しく話を訊いたところ、鳥喰蜂は黄色い柑橘を食べていると寄ってこないということがわかった。


 導く者が言うには蒼穹の森の奥――祭壇よりさらに先の森に進むと、草食性の青月熊という巨大な魔物がいて、そいつらは黄色い柑橘と一緒に鳥喰蜂の巣を食べるらしい。


 その習性もあって鳥喰蜂は黄色い柑橘のそばに近寄らないのだとか。一つはお守りとして黄色い果実を持ち歩くことにした。


 武器も無いためグラウンドスラッグは今回もスルーである。巨体を引きずるようにして森を徘徊するナメクジに、素手で挑むのは愚の骨頂だ。


 森をさらに進んで、俺は足を止めた。


「たしかこの辺りだったよな」


「どうしたんだいゼロ?」


 前回、コンジキブイブイと遭遇して仕留めた辺りだ。


「いや、別になんでもない」


 待っていればレアな魔物が向こうから飛び込んでくるんじゃないかと期待したのだが、突撃の羽音は残念ながら聞こえてこなかった。


 前回の俺は本当に幸運だったんだな。


 モルゲンシュテルンでなくとも、何か武器があれば良いんだが……。


「なあナビ、武器を持っている魔物はわかるか?」


「ボクを頼ってくれて嬉しいよ。だけどごめんね。その情報については力になれそうにないよ」


 しゅんとするナビに「いやいやありがとうな」と返す。


 ついでに武器や装備の入手方法についても、ナビに確認をとった。


 知っている情報だとしても、相棒を安心させるためには必要なやりとりだ。


 それからも地道にマキシビートルと格闘戦を繰り広げて、レベルも上がりスキル「ウォークライ」を習得した。


 使い方や効果をナビに確認してから、続くマキシビートル戦で度々活用して、再びコツコツレベル上げだ。


 序盤はこのレベル上げの制限が緩やかだが、最果ての街が近くなるほど“レベルの壁”が高く立ちはだかる。


 端的に言えば、弱い魔物をいくら倒してもレベルが上がらなくなる。


 前回はゴルドラモルゲンシュテルンの火力込みだったんだが、今回はそれに頼らない攻略が必要そうだな。




 倒せないなら獅子ウサギが眠る新月の夜を待つという手もあった。


 が、レベルの壁を感じつつもマキシビートルだけを狩り続け、レベル8まで成長した俺は祭壇を守る獅子ウサギに挑んだ。


 結果は――完勝である。


 事前にナビから獅子ウサギの特徴を訊いておき、疑念を持たれることもなく実際の立ち回りの方も完璧だ。


 獅子ウサギの蹴りをわざと受けて、跳躍からの杵振り下ろしを誘い、不発させ、地面に杵の先端が埋没したところを殴る。避ける。殴る。避ける。殴る。殴る。殴るの繰り返しだ。


 レベルを上げたおかげもあって武器なしでの撲殺に成功した。うむ。やはり強いぞオークは。混じりっけのない腕力は最高だ。


 森の中の開けた草原で、祭壇を前に倒れる獅子ウサギ。赤い粒子に変わったかと思いきや、それは一点に凝縮して別の形状に変化した。


「やったねゼロ。獅子ウサギがキミに扱える武器になったみたいだよ。装備するかい?」


「どんな武器だろうと素手よりはいいだろうな。分解せずにそのまま残してくれ」


 祭壇の守護者の落とし物なら、きっと良い装備に違いない。


 獅子ウサギだった光は片手持ちサイズの斧に姿を変えた。腰に提げるタイプの革ベルトつきだ。ナビが解説を続ける。


「三日月の斧だね。レア度はEで特殊効果があるみたいだよ。13階層までなら充分な攻撃力だね」


 そう聞くとゴルドラモルゲンシュテルンの“レア度Bの打撃武器”っていうのは、本当に希少だったんだな。


 三日月の斧は刃の部分がその名の通り、三日月のように弧を描いている。


 手にしてみると……ずしっとした手応えながら少し小さい。取り回しは良さげだが、威力に関してはモルゲンシュテルンに軍配が上がる。


 あれが打撃刺突というなら、この斧は打撃切断という感じだろう。


 無いよりマシというのも贅沢な話だが、しばらくはこいつでしのぐしかなさそうだ。



名前:ゼロ

種族:オーク

レベル:8

力:E+(35)

知性:G(0)

信仰心:G(0)

敏捷性:G(0)

魅力:G(0)

運:G(0)

装備:三日月の斧 レア度E 攻撃力27 植物系に+10%のダメージ

スキル:ウォークライ 持続三十秒 再使用まで五分

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