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トライ・リ・トライ

 祭壇は小高い丘の上にあった。朝陽のように新鮮な光が天球から降り注ぎ、眼下に広がる穀倉地帯を黄金色に染め上げる。


 キラキラと清らかな川が流れ、その先は広い広い水面へと続いていた。視線を上げると水平線が見えた。


 風が運ぶ潮の香りに、この巨大な水たまりが海なのだと感じた。


 海を抱く三日月状の湾には港が作られ、漁船が何十隻と並ぶ。浜辺に魚を獲る網が干されて次の漁を待ちわびているようだった。


 視線を海から戻す。穀倉地帯の先には豊かな緑の森が広がり、その先には遠く山々が連なっていた。


 暮らしを営むために必要なものが揃っている。そう感じた。


 そんな階層世界の中心に最果ての街はあったのだ。


 放射状にいくつも通りが延び、建物は街の中心部に近くなるほど密集し、高くなる。かなりの規模だ。数千……いや、数万人は住めるんじゃないだろうか。


 中心には聖堂らしき巨大な建築物が見えた。


 鐘楼からカーン……カーン……と、街を目覚めさせる甲高い音色が響く。


 全身にブルッと震えが走った。ここにたどり着くまで、自分以外の誰かの痕跡はいくつもあったが……いるのだ。この階層には冒険者たちが。


 廃虚でも雪山でも砂漠でもない。生きている街があることに感動すら覚えた。


「たどり着いたんだな。最果ての街に……」


 足下でナビが首をコクリと縦に振った。


「キミはすごいよゼロ。普通の冒険者なら何ヶ月もかけて来る場所なのに、二週間で成し遂げるなんて。ボクの存在を認識できるのも、きっとキミが特別な存在だからに違いないよ」


「それって褒めてくれてるのか?」


「もちろんさ。キミを導くなんて言ったけど、ボクの方がキミに導かれたような気持ちだよ。さあ、街に行こう。ここまでたどり着いた冒険者なら、何も臆することはないさ」


 丘の上から街へと降りるなだらかな街道を、ナビは意気揚々と尻尾を振りながら歩き出す。その姿はどことなく誇らしげに見えた。




 外敵にさらされることもなく、平和な街なのだろう。城壁や城門といった外部からの攻撃を防ぐ類いの施設はなかった。


 治安維持のための衛兵すら見当たらない。犯罪は起こらないのだろうか?


 幅の広い道の中央を荷馬車が往来していた。荷車を牽引するのは足が八本ある馬の魔物だ。魔物を使役するなんて驚きだな。


 石畳の目抜き通りで、歩道を先に進むナビに訊く。


「この街には統治者はいないのか?」


「王様みたいな支配者はいないね。様々な種族の長たちによる議会と、その議会が運営する各種の冒険者ギルド。それに光の神を信奉する聖天教会あたりが勢力としては大きいだろうね。ただ、何よりも尊重されるのは個人個人の自由意志さ」


「管理するヤツは一応いるのか。しかし好き勝手やっていいって割には、平和な雰囲気だな」


「一つには衣食住が足りているからね。争い事は起こすだけ損なのさ。まあ、まったく無いわけじゃないんだけどね。


 種族ごとに合う合わないというのはあるから、相互不干渉という暗黙の了解があるんだ。商店で売買するなら友好的な種族の店がいいよ。種族によっては売ってくれない場合もあるからね」


 通りを抜けて円形広場に出る。色とりどりの天幕が並ぶ市場だった。


 空の天球が明るさを増して、市場は様々な種族であっという間にごった返す。


 俺が訊くよりも早く、ナビが説明を始めた。


「鉱石商のテント前にいる筋肉質なのはドワーフだね。薬草商をしている耳の長いのがエルフだよ。干し魚を売っているのは猫の獣人みたいだ。獣人族はひとくくりにされているけど、猫だったり犬だったり様々なんだ。それから焼き菓子を売っているのは天使族になるよ。背中に翼があるのがわかるかい?」


 見れば一様に種族ごとの特徴というか、違いのようなものはわかる。


 ドワーフはオークほどではないが筋肉質だ。背の高さもまちまちだが、比較的女性の方が長身で男性の方が背が低い。肌の色は薄い褐色系が多かった。


 エルフは男女とも細身で耳が尖って長かった。涼しげな顔をしているが、どことなく冷たい印象を受ける。全体的に色素が薄く、美しい容姿である。


 獣人は様々だが、獣耳と尻尾が生えているという点において統一感があった。


 背中に鳥のような翼を持つ天使族は、獣人とは別なのだろうか。翼の大きさは開いた手のひら程度から、畳んでいても背中を覆い尽くすものまで様々だった。


 大きさこそ違えど、純白の猛禽類のような翼という部分は共通している。どことなくだが神々しく感じた。


 オークはいないのかと訊こうとした矢先の事だ。


 人混みの中、分厚い本を十冊も重ねて両手に抱えながら、よろよろ歩く少女の姿が目に入った。


 白地に青い差し色が入ったローブ姿で、背中には長い杖をベルトに下げている。


 ナビは少女に気づかず種族についてあれこれ話し続けていた。が、おぼつかない少女の姿が気になって、話の内容が頭の中に入ってこない。


 少女の細い腕では支えきれない重さなのだろう。新雪のような真っ白い指先は、本を保持するために力が入ってうっすらピンク色に染まっていた。


「キャッ!」


 道行くドワーフらしき背の高い女性とぶつかって、細身の少女は抱えていた本を道にばらまいてしまった。


 本のタワーに隠れていた少女の顔が露わになる。何より特徴的なのは、その尖った長い耳だった。


 髪は短くショートボブで、例に漏れず整った顔立ちだ。やや幼い印象に見えるのは、サファイア色の青い瞳が大きいからかもしれない。


「気をつけな。ったく、これだからエルフってのはヤワで嫌いなんだよ。今度からは自分で持てるだけにするんだね」


 外ハネ気味の赤い髪と、大ぶりな胸をゆっさゆっさと揺らしながら、ドワーフ女は人混みの中に消えてしまった。


 ぶつかってしまったのはエルフの少女がいけないのだが、あんな言い方はないんじゃないか?


 エルフの少女はうずくまる。道行く誰もが避けて通り、誰も彼女に手を差し伸べない。


 少女の金髪が「うっ……ううっ」という小さな嗚咽とともに揺れる。


 青い瞳に涙をため込み、今にも涙のせきが決壊してしまいそうだ。


「なんだよこの街の連中は薄情だな」


 俺はエルフ少女の元に歩み寄る。散らばった本を拾い集めながら声をかけた。


「大丈夫か? 災難だったな」


 瞬間――エルフの少女の顔が歪む。恐怖と憎悪と敵意と怒り。そういったものが混ざり合ったような顔だ。


「お、おお、お……オークッ!?」


「どうしたんだ? オークがそんなに珍しいのか?」


 立ち上がるとサッと後方に飛び退き、彼女は背中の杖を両手に構えて吠える。


上級雷撃魔法サンダーフレアッ!!」


「おい冗談……だろ……? エルフってのは挨拶代わりに魔法をぶっぱ……」


 言葉はそこで途切れた。


 杖の先端から閃光がほとばしり、雷鳴の轟音が響き渡ると俺の全身をこれまで感じたことのない熾烈にして強烈な衝撃が駆け抜けた。


 身体が黒焦げだ。両手の先がぼろっと崩れる。そのまま支えきれず前のめりに倒れ込んだ。


 わけがわからない。わけがわからない。わけがわからないッ!?


 倒れ伏した俺の耳元でナビが言う。


「いけないよゼロ。エルフ族はオークを嫌悪しているんだ。オーク・ハイのキミが不用意にエルフに話しかけるなんて……ああ、なんてことだ……しっかりしてゼロ。目を開けて。ボクを独りにしないでよ。お願いだよ。誰かゼロを助けて。行かないで。頼むから……ああ……もうだめだ……ゼロ……ゼロ……ゼロ……」


 ナビの声は誰にも届かず、俺の意識は遠のき深い闇の底へと落ちていく。


 ははは……ここまでなんとか無事に来られたっていうのに、まさか魔物相手じゃなく街の住人に殺されるなんてな。


 もう少しナビに話をきちんと訊いておくべきだった。


 やり直せれば……こんなことには……。






――トライ・リ・トライ――






 目を開くとそこはジメッとした洞窟の中だった。薄暗い。顔を上げると入り口付近から光が射し込んでいるのが見える。


 光の中に小動物がちょこんと座っていた。猫だろうか。逆光で影を纏った猫の額には大きな赤い宝石が埋め込まれており、同じく赤い瞳はじっとこちらを見つめている。


 そいつは俺が目覚めたのを確認して、小さな四肢を早く速く動かして俺の元までやってきた。


「やあ、目を覚ましたようだね」


 開口一番そう告げて猫は目を細める。洞窟の入り口から射し込む外の光に照らされた体毛は美しい青だ。その青い猫に俺は見覚えがあった。


「ナビ……なのか?」


 手を伸ばすつもりが、半透明な触手がスッと伸びるだけだった。青い猫は目を見開くと驚いたように俺に告げる。


「あれ? キミはどうしてボクの名前を知っているんだい?」


 混乱した。頭がおかしくなりそうだ。一緒に旅をしてきた相棒は、まるで初対面とでも言わんばかりで首を傾げる。


 俺の身体は半透明のゼリーの出来損ないに……戻っていた。


 力を鍛え抜き上位種族オーク・ハイになったはずなのに。


「ボクらは初対面のはずなのに不思議だね。そうだ、せっかくだからキミの名前を教えてくれるかな?」


 どことなく困ったような口振りで、導く者――ナビは小さく尻尾を揺らすのだった。




名前:ゼロ

種族:unknown

レベル:0

力:????

知性:????

信仰心:????

敏捷性:????

魅力:????

運:????

タグ:ループ が解放されました

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