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野菜スティックの正しい食べ方と活用法

 かくして、錬金ギルド長リチマーンはその日のうちに辞任を表明。


 魔法が使えず嘘もつけなければ、ただのエルフ以下である。


 リチマーンの子飼いの連中などもまとめて追い出され、閑職に追いやられていた厳格にして有能なエルフがギルド長に選出される運びとなった。


 ここら辺は、以前と変わらない流れだ。


 そして俺たちはというと、錬金術師街を離れて鍛冶職人街にやってきた。


 時刻はちょうど昼時。賑わう岩窟亭の一番奥のテーブルにつく。


 朝から海底鉱床で採掘をした早番のドワーフたちが仕事上がりに一杯やる中で、上手い飯を食べた。


 岩窟亭にも世話になってずいぶん馴染んだように思える。といっても、人間の姿で来るのは今回が初めてだが、俺と絆が結ばれているためか、給仕の狐少女までナビに気づいて、ナビのためにミルクを皿に用意してくれた。


「ボクはゼロが食べているお肉も食べてみたいな」


「ちょっと待ってくれ。切り分けるから」


 そんなやりとりを、野菜スティックを両手に持ってシルフィがまじまじと見つめる。


「喋る猫さんなんて初めてッスよ」


 俺と深く関わったことのあるシルフィがナビを認識するのに、時間は必要無かった。


「よろしくねシルフィ。それにしてもゼロの周りには女の子がいっぱいだね」


 ナビの何気ない一言にドナが白葡萄酒のグラスを片手に困り顔だ。


「あたしも女の子に含まれるのかしら」


 ナビがひょいっとテーブルの上にジャンプした。


「ドナはとっても素敵なレディだよ」


「ありがとう。ナビもとってもかわいいわ」


 少しの間、ヘレンと俺が出ているうちにナビのやつ……コミュ力上がっていやがる。ドナと会話するたびに、ナビの人間性レベルが向上しているように思えた。


 こいつと……戦うことになるのか。


 もはや“真理に通じる門”の門番は敵じゃない。扉の先に何が待っているのかも知っている。


 あの絶望を――信じて俺と旅を続けた邪神ナビをどうすれば納得させることができるのだろう。


 戦うなら勝算はある。


 引き分けでは同じだ。


 負ければ世界は終わる。


 その、どれでもない未来か。正直、思いつかない。


 テーブルの上に身を乗り出すようにして、シルフィが俺の顔をのぞき込んだ。


「ずいぶん真剣な顔をしてるッスね」


「あ、ああ。悪い。飯の途中でボーッとして」


「いやいや、責めてるんじゃないッス。心配してるんッスよ」


 初対面のはずなのに、シルフィはずいぶんと優しい。


 もちろん、リチマーン撃退で俺が彼女の“味方”だということはわかってくれたみたいだが、まるでかつてのシルフィのようでもあった。


「ありがとうシルフィ」


 ニンジンのスティックを口元にもっていくと、シルフィはポリポリポリポリと食べる。


「野菜が美味しくてびっくりッス」


 ドナがにっこり笑う。


「このお店で仕入れている野菜は獣人族の共同体ユニオンでも、野菜作りの名人と契約して作った特別なものなんですって。いっぱい食べて早く大きくなってね」


「ちょ、ぼくはもう充分大人ッスから! ふぅ……あの、不思議なんスけど、ドナさんとは初めて会った気がしないっていうか……」


 ドナもチーズをつまんで「そうなの。あたしもシルフィちゃんと、ずっと前にもこうしてお喋りしながら、一緒にご飯を食べた気がするの」と、告げるなりグラスの白葡萄酒を飲み干した。


 青いサヤのまま茹でた豆を食べて、シルフィは目を閉じる。


「この味も初めてなハズなのに……誰とだろう。あの、もう一人いるような気がするんスよ」


 それは恐らくガーネットだ。


 シルフィはそのまま「へ、変なこと言ってごめんなさいッス」と声をフェードアウトさせた。


 ヘレンは頼んだ豆のスープに手もつけず、じっとシルフィを見据える。


「ちょ、ちょっと怖いッス」


 まあシルフィにとってヘレンは天敵と言えなくもない。なにせ、エルフだった俺ともども、街で死天使の襲撃に遭い殺されているのだ。


「……怖がらせたのなら謝罪」


 天使の少女は伏し目がちになった。


「あ! いや、怖くないッスよ! 怖がってないッスよ! び、びびってねーし!」


 虚勢と一緒に平らな胸を張るシルフィは、同じテーブルについた俺たちを見回してから首を傾げる。


 耳の短いエルフに淫魔に天使に青い猫。どういう集まりなのかさっぱりわからないだろう。


「ゼロさんたちはどういう仲間なんですか?」


「母です」


「……姉です」


「ボクは導く者だよ!」


 三人それぞれ回答されて、エルフの少女はますます困惑しながら俺に訊く。


「いや、全然わかんないッスよ。ゼロさん、わかるように教えて欲しいッス」


「俺は元勇者だ」


「冗談キツイッスよ。あっはっはっは!」


 突然、シルフィはケタケタと笑いだした。時折ツボに入ると笑い袋になってしまうのも変わらない。


 少し落ち着くまで待つ。


「ひっ……ひぃっ!」


 引き笑いするほどか。よっぽどだな。まあ、それでも嘘じゃないんだから、真面目に説明しよう。


「本当なんだ。ええと……このナビと一緒に“真理に通じる門”を探しているところだ。門の先には新しい世界があるかもしれない」


「お、お~~! 新世界ッスね」


「まだ誰も見たことが無い二十一階層を目指す……ってところだな」


 シルフィは背筋をブルッと震えさせた。


「それ超カッコイイじゃないッスか。ああ、いいなぁ……けど自分はダメダメッスね。リチマーンのせいにするのも卑怯ッスけど、この街にたどり着いてすっかり冒険者としての牙をもがれちゃって」


 小さな肩を落とすエルフの少女に、ヘレンが野菜スティックを追加注文しながら告げる。


「……食べれば元気になる」


「あ、ありがとうッス」


「……牙は研げばいい」


「は、はい?」


「……野菜スティックゲームの開催を提案。第一試合は私と……シルフィ」


 お、おいまさか……ヘレンのやつ“アレ”をやるつもりか!?


 すぐに注文された野菜スティックのセロリの端をヘレンが口にくわえる。


 視線でジッとヘレンはシルフィに圧をかけた。


 自分とは反対側を口にしろというのだ。


 さっそく母者が悪乗りする。


「女の子同士で唇と唇が触れあっちゃうかもしれない危険なゲーム。ときめくわ」


 ナビが残りの野菜スティックを前足でちょんちょんとつつく。


「ボクはゼロとやってみたいな。けどニンジンは苦手だからソーセージがいいかも」


 ドナは「男の子のソーセージの扱いなら詳しいけど、知りたいナビちゃん?」と、微笑みかけた。


 もうやだ、このお母様。


 シルフィはぷるぷるぷると首を左右に振った。


「え、えっとそれどういうゲームなんッスか? だって、スティックを端っこから食べていったら最後には……」


 カアアアアアッ! と、尖った耳の先まで赤くなると、シルフィは俺に助けを求めた。


「そ、そうだゼロさんにやって欲しいッス!」


「いやその、ヘレンは姉だから姉弟でそういうことはちょっと」


「どう見ても姉弟に見えないッスよ! ゼロさん天使族じゃないし」


「実際、ドナもヘレンも血縁じゃないけど、魂の絆で結ばれてるから」


 ヘレンがキス顔のままシルフィに迫る。


「あ、ああっ! ボクは女の子に興味は……はう!」


 まるで啄木鳥キツツキのように、加えたセロリのスティックが弁明するシルフィの口にインすると、ヘレンはあっという間に間合いを詰めた。


「モガモガガアアア!」


 初めてのキスが。と、勝手に脳内翻訳してしまった。大丈夫だシルフィ。女の子同士はノーカンだぞ。


 少女と少女の唇が重なり合った。


 シルフィは顔をさらに赤くしたまま、頭から今にも湯気が上りそうな勢いで発熱している。


 俺が止めなかったのも、ヘレンがシルフィの求めるものを与えられるからだ。


 超級雷撃魔法インドラ――現存する魔法の概念を越えた攻撃魔法である。


 その知識をヘレンはシルフィに流し込んだに違いない。


 上級が上限という常識さえ壊すことができれば、シルフィのセンスなら雷撃だけでなく、超級炎撃魔法カグツチ超級氷撃魔法ユミルも手本さえ見せればすぐに使えるようになるだろう。


 ぷはっ……と、少し湿った音とともに、ヘレンはシルフィから離れると軽く握った拳を天へと突き上げた。


「……勝利」


 いやいやいや、勝ち誇るなって。ヘレンのやつ、案外はっちゃけるところがあるよな。


 そしてキスを奪われ魔法を注ぎ込まれたシルフィはといえば。


「あ、ああああ、あわわわわあばばばっばばばばばっばっば!」


 脳に直接叩き込まれた情報に困惑しているようだった。


 少しそっとしておこう。と、思った所でドナが野菜スティック(ニンジン)を口にくわえて俺に迫った。


「ふぁふぁとにふぁふぃふぇん」


 しないから! ったく。独りで食べてくださいまったく。

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