かつての勇者はもういない
ゆっくりと息を吐く。
呼吸は元に戻り、動悸も頭痛も収まった。
俺は隣に立つヘレンに告げる。
「やっぱり恨めないな。勇者だった頃の俺は本当は臆病で、自分が消えたくなくて……だけど今は少し違う気持ちなんだ」
「……どんな気持ち?」
「うまく言えないんだが、一度……俺は違う未来でナビと刺し違えてる。その時、あのまま終わってもいいと思った」
「……だけど、ここにいる?」
「そう。だからもう、自分が消えてしまうことを恐れたりしない。ナビと俺がぶつかりあって消えるのも受け入れられる。それでも、別の未来があると信じられたから、俺は戻って来た」
「……ナビとの一騎打ち……記憶のラインは私も観測済み」
「やっぱりな。あそこから戻ってきた俺の事情をわかっているのに、意地悪な問いをしないでくれよ。答えは決まっている。この手の届く限り……救うって」
握った拳をそっと開いてから、今度は自分の意志でぎゅっと握り直した。
ヘレンも同じように自分の手を握って胸元にもっていくと、小さくうつむく。
「……謝罪。貴方はやっぱり勇者だった」
「どうかな? 昔の勇者は運命を押しつけられてやらされてたんだ。今の俺はたくさんの出逢いが後押ししてくれているけど、救いたいと願っているのは誰でも無く、俺自身だ」
「……その気持ちすらも、仕組まれたものかもと思わない?」
「そんなこと悩み出したらきりがないって。まあ、いざ、こうして真実を突きつけられて、俺も平静ではいられなかった。独りだったら、魔が差していたかもしれない。この場所をめちゃくちゃに破壊していたかもって……お前がここに導いてくれたから受け入れられたんだ。ありがとう」
ヘレンはそっと目線を下に外すと「……私は何もしていない」と、恥ずかしそうに呟く。
彼女は覚悟を問うてくれた。
俺は整然と並ぶカプセルをもう一度ぐるりと見回してから声を上げる。
「というわけだから、ちょっくら世界を救ってくるよ。もう少しだけ待っててくれ」
世界を救った後のことも考えておかなきゃな。
俺は人間たちに背を向けて、導いてくれた天使とともに、元来た通路を引き返す。
白亜の塔の外に出ると背後で壁が音も無く埋まり、継ぎ目の無い白壁に早変わりした。
入り口がどこだったかもわからなくなってしまった。
ヘレンの管理者権限によって、一晩と掛からず最果ての街に戻ると、翌朝になって俺たちは錬金術師街へと繰り出した。
街に活気は無く、死んだ目をしたエルフたちが以前よりも多く感じられる。
六枚翼の天使族に、妖艶な黒いドレス姿の淫魔族。それにドワーフでもエルフでもない俺という組み合わせは、エルフばかりのこの街でひときわ異彩を放っていた。
ナビが半歩先を行きつつも、こちらに顔を向ける。
「いったいどこに行くんだい? 錬金術ギルドに用事があるなら、反対方向だよ?」
どちらかといえば、街の外れに向かっている。
首を傾げるナビに俺は答えた。
「格安で仕事を請け負ってくれそうな錬金術師を探してるんだ。ギルドの腐敗はお前も知ってるだろ?」
「うん。まさか教会の司祭と錬金術ギルド長が裏で繋がっていたなんてね」
「町外れで燻っている才能を探すのさ。で、そいつにコレを渡す。まあエルフなんてみんな頭が良いから、すぐにわかるだろ」
俺は帳簿を手に笑う。
送還されたニコラスティラが俺たちに残してくれたものだ。
多額の寄付に関する裏の帳簿である。表の帳簿と使い分けていたのも、錬金術ギルドを取り仕切るリチマーンの裏切りを警戒していてのことだろう。
不正の証拠としては充分すぎる代物だった。
ドナがざっと内容を調べてくれたが、リチマーンが錬金術ギルドで働かせているエルフたちから搾取した金を、一度寄付という形で教会に預け、ほぼ半分をリチマーン個人に戻している。それが要点だ。
成金エルフはギルドを自分専用の金のなる木に育てた。
その残り半分は教会の取り分である。
もちろん他の寄付金と併せて、冒険者のための街道整備などに充てているのは間違い無いのだが、寄付金が少なからずニコラスティラの蔵書に変わったのも、間違い無い……とドナは教えてくれた。
もう少しで目的地だ。
エルフだった頃の自宅でもある。少しだけ緊張してきた。
運命が引き寄せるのか、ドナの宮殿で世話になった時も彼女の方からやってくることがあった。
獣人族になった時、闘技大会の本戦前夜祭以来だな。
シルフィーネ・カライテン。シルフィ。エルフの錬金術師にして、俺の黒魔法の先生だ。
すでにこの街を離れてしまっただろうかと、心配でもあったが――
ゆったりとした足取りで進む俺たちの横を、多脚馬が引く豪勢な金細工で飾られた馬車が、ものすごい勢いで追い抜いていった。
巻き上がる砂埃にナビが「うわ! びっくりした」と、全身の毛を逆立てる。
「……悪意を感知」
「けふっ……けふっ……何を急いでいるのかしら」
ヘレンは馬車をにらみつけ、ドナは土煙をもろに浴びて咳き込んだ。
相変わらず他者を不快にさせることにかけては、あの蛇のようなエルフの右に出る者はいないらしい。
が、話はサクッと済みそうだ。
馬車の目的地は俺と同じだったのだ。
御者がドアを開いて、中から以前にも増して全身を金銀の宝飾品で武装した、病的に青白い顔のエルフが姿を現した。
手にした錫杖は……ガーネットの作品ではない。
装飾過多だが品質不十分な代物だ。
「居留守は無駄でござんすよ。期限はとっくに過ぎているのに、仕事しないバカにはこの街に住む資格はナッシング」
ガンガンとドアを蹴るリチマーンは、あれで本当にギルドを統べる長なのかという品位の無さだ。以前にも増して拍車がかかったな。
「ドアが壊れるからやめるッスよ」
力無い声とともに、ゆっくりと彼女は家の戸を開く。
リチマーンは勝ち誇った笑みを浮かべた。
「ギルド長様自ら、こうして最後通告に来て差し上げたってぇ意味を、その足りないおつむで理解してちょーだいな。いい加減こっちの靴を舐めるくらいの誠意は見せなきゃいかんでしょーよ」
地面に錫杖をついてシャンっとリチマーンが鳴らしたところで、俺たちがその場に偶然通りがかったかのように到着した。
ナビが「なんだろう。トラブルかな?」と俺に訊く。少しわくわくしてるなコイツ。
さてと、リチマーンをどう料理してやろうか。
支配魔法を使うのが一番てっとり早いだろう。が、それは後にとっておくとしよう。
ヘレンとドナに俺な視線で合図を送った。ここは任せてくれという意思表示だ。
姉は一歩身を引いて、一方母はというと。
「女の子を助けて仲良くなるのは王道だもの。さあ、がんばるのよぼうや」
言わなきゃいいのに! そういうこと言わなきゃいい母君なのに!
ドナの一言は、耳の長いエルフ二人にも聞こえたらしい。
リチマーンがこちらに向きなおった。
「おんや~どこの馬の骨でござんしょ……ん? あー、失脚したニコラスティラの子飼いがいるじゃあござんせんか」
背中の翼が変わったことにも気づかず、リチマーンは挑発的にヘレンに吐き捨てるよう言った。
「…………」
いいぞヘレン。挑発に乗るなよ。天使族は感情をコントロールすることに長けてるんだもんな。だからやめて白槍を構えようとしないでお願いだから。
俺はヘレンとリチマーンを結ぶ直線上の中間地点に割り込んで、ヘレンの怒りを制止しつつ訊いた。
「ずいぶん派手な格好だな。どこかの王様か?」
「おんやぁ目の付け所がちゃーんとしてるじゃござんせんか。ふっふっふ♪ 何を隠そうこのリチマーン様こそ、この最果ての街の王となる存在!」
自分で王を僭称して首が飛ぶヤツは多いのに、自分だけは「そんな連中とは違う」と自惚れられる。
きっと人生が楽しいのだろう。羨ましい性格だよ。まったく。
まあ、あんまり皮肉を並べていても仕方あるまい。俺はリチマーンに確認した。
「王になるってどういうことだ?」
「文字通り国を作るんざんすよ。ここを第二のエルフの王国にするのに、司祭とかいう邪魔者はいなくなったわけだし。そこの天使のお嬢さんも、教会を追い出されたクチってやつかしらーね?」
背後で殺気をむき出すなヘレン。倒すのは簡単だから。
機嫌が良いのかリチマーンは陽気に笑って続けた。
「本国に捕まるようなあんな間抜けとは思わなかったけども、まあこっちも利用させてもらって感謝感謝ってねぇ。新任の司祭は間抜けそうだし、ドワーフどもは相変わらず海底鉱床さえあれば幸せっていう単純バカばっかり。常闇街じゃ顔役が消えたっていうし、獣人族なんて農奴にぴったりとくれば、王様にでもなったようなものって……あんたらいったいどちらさん?」
どうやらリチマーンはリチマーンで司祭を警戒していたようで、目の上のたんこぶが消えた途端にすっかりタガが外れてしまったようだ。
自分から野望を公表するなんて、もはや誰も自分を止められないと思っている三下悪党のすることである。
ずっと黙っていたシルフィが、うつむいて小さな肩を震えさせた。
「わ、わかったッスよ。出ていくッス」
「負け犬は尻尾を巻いて逃げるか、それが嫌なら尻尾を振ってごらんなさいな」
「そんなの嫌ッスよ」
「名門カライテンの面汚し涙の緊急凱旋……ププゥ! サイキョー魔法は見つからなかったみたいでご愁傷様」
まだ俺と出会っていないし、ヘレンとも遭遇していない。
だけどなシルフィ。お前はこの世界の守護者と同等か、それ以上の黒魔法を使える逸材なんだぜ。
エルフ少女の大きな瞳が涙で潤む。そのままシルフィは俺をにらみつけた。
「なに見てるッスか見世物じゃないッスよ!」
悲しみと絶望に揺らぐシルフィを、俺はじっと見つめて返す。
「威勢が良いな。気に入った」
「は、ハアアアアッ!?」
初対面の同じエルフでもない男の言葉に、シルフィは絶叫混じりだ。
うんうん、なんだか彼女らしくて懐かしい。
それじゃあもう一度、出逢い直すとしようじゃないか。
名前:ゼロ
種族:人間族 勇者(?)
レベル:99
力:A(99)
知性:A(99)
信仰心:SR(100) ヘレンとの絆により限界突破
敏捷性:SR(100) 過去の自分を越えたことにより限界突破
魅力:SR(100) クインドナとの絆により限界突破
運:A(99)
無限色彩魔法:
超級回復魔法 細胞の欠片さえ残っていれば肉体を完全復元する
超級治癒魔法 すべての“異常”を修正し“通常”に戻す
支配魔法 知的生物を支配し絶対遵守の命令を与える
超人魔法 肉体を強化しすべての能力を爆発的に向上させる
聖域魔法 虹の光彩による究極の防壁で身を守る
冥王魔法 死者すらも殺すより完全なる“死”を与える
輪廻魔法 自身の死亡後にも発動可能。魔法力の続く限り死をリセットできる
超級炎撃魔法 原初の炎――知力を極め覚醒
超級氷撃魔法 久遠の霜――知力を極め覚醒
超級雷撃魔法 終焉の雷――知力を極め覚醒
混沌魔法 対象の全能力を低下させ精神錯乱状態に陥れる
封印魔法 対象の魔法と技をすべて封印する
流派:天星流免許皆伝
:天星流免許皆伝 最終奥義取得――天流星舞 森羅万象救いし勇者の剣技
特殊能力:魂の願い 人が向かいたいと思い願う未来への導 これまで得たすべての力が“解放”される




