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母と姉

「ぼうやの母のドナよ」


「……ゼロ少年のお姉ちゃんのヘレン」


 灰色の荒れ地で光と闇が俺を挟んで対峙した。まいったな。この状況そのものは俺の積み重ねてきた再生リトライの結果だが、二人はこの世界線ではお互い初めて遭遇するわけだし……。


 どう説明しようか悩んでいると、ヘレンが呟いた。


「……では、貴方は私の母親?」


 ドナは柔和な笑みを浮かべてうなずく。


「ええそうよ。嬉しいわ。息子だけでも幸せなのに、娘までできるなんて」


 二人の視線が俺に向く。


「……心配は無用」


「そんなに驚かなくてもいいじゃない」


 てっきりぶつかり合うんじゃないかと想ったのだが、事情がわからないままでもドナは俺を信頼してくれた。


 ヘレンに至っては、俺のこれまでの体験を追体験したのだ。


 ガーネットとの出逢いやシルフィとのことも……自分の中身を洗いざらい見られた恥ずかしさで死にそうです。


 つまり俺が少年天使だったころ、女性の下着を着用してみたいとか魔が差したこともヘレンは知ってるんだよな。


 弱味全部握られた。きっとヘレンには一生頭が上がらない。


 のんきにナビが「良かったねゼロ。二人ともキミを信じてくれたみたいだ」と、青い尻尾をゆらりとさせて笑った。




 とてつもなく楽になったことが二つある。


 一つは戦闘。


 ヘレンは覚醒する前の段階でも巨大兵器ヘカトンケイルを単独撃破できる力があった。


 ドナも並みの魔物は体術のみでさばける実力者だ。そのうえ彼女には奥の手がある。


 レベルドレイン――


 触れた魔物に打撃を与えるごとに、その魔物のレベルを下げ、吸収した力はそのままドナの攻撃力に上乗せされた。


 現れる魔物が三体までなら、俺とヘレンとドナが各個撃破して一瞬で試合終了ゲームセットだ。


 そしてもう一つ、楽になったことについては戦闘以上に恩恵があった。


 紫の霧が立ちこめる灰色の森を抜けた先に、ピラミッド状の遺跡が見えた。


 そっとヘレンが指差してドナとナビに説明する。


「……この先は教会の封印地域。遺跡の頂上に階層の主級を確認。死者王グリモアルハデスは教会の司祭ニコラスティラと契約し、力を増している。黒い風は死の魔法。近距離戦が有効。外見はドクロに王冠と錫杖とマント姿。本体はドクロではなく……」


 ヘレンが情報をつらつらと並べる。ドナは「あらあら、ドクロなんて怖いわね」と、まったく怖くなさげに相づちを打った。


 ナビはというと、むむっとした顔だ。ヘレンの説明の途中で俺にナビは抗議する。


「どうしようゼロ。ヘレンの情報はボクよりも多いみたいだよ」


「ヘレンはずっと封印地域の監視任務をしていたから知ってるんだろうな。得意な分野はそれぞれだろ?」


「そっか。わかったよゼロ。誰かと自分を比べてしまうなんて、ボクらしくもないよね」


 ふぅ。とりあえずナビは納得してくれたみたいだ。


 ともあれ、ヘレンは俺のすべてを知っている。ナビの正体についても。


 邪神が仕組んだこのゲームのルールに抵触するような、俺が知り得ない情報について説明しなければならない時、ヘレンがその代弁者になってくれる。


 俺のやることが無くなってしまいそうだが、聡明な姉のおかげで余計な手間と時間はかからなくなった。




 ほどなくしてピラミッドの頂上にたどり着いた。


 不死身の化け物。死者王が玉座で俺たちを待つ。


 白槍を構えるヘレン。狙うは錫杖といった感じだな。


 一方ドナはかかと地面から離してつま先に体重を乗せつつ、ふわりふわりとゆったりとした足技に移行した。レパードのような細かく早いステップではないのだが、不規則なリズムで相手に読ませない。


 とはいえ、ドナの技はどれも対人的な駆け引きに長けるものなので、魔物は彼女のフェイントに翻弄されにくいのだが……。


 立ち上がる骸骨の王様に、俺は告げる。


「悪いが時間が無いんだ」


 ついでに言えば、せっかく戦闘態勢に入ってくれた二人にも、同じことを言いたい。


 両手に印を結んで切ると、俺は小さく呟いた。


冥王魔法タナトス


 即死魔法を越えた死の魔法が黒い槍となって死者王の頭蓋骨を打ち砕いた。


 ヘレンが珍しく焦ったような声を出す。


「……不死者に死の魔法?」


 俺はさらに冥王魔法を重ねがける。本来なら最初の一撃でほとんどの魔物は絶命し、消滅するのだが、槍は二本三本と増え、不死者の王を地面に串刺しにした。


 倒れる死者王。王冠が床に転がり為す術もない。


 手足を槍で打ち付けられ、死ぬこともできず再生と同時に再生部分が“死”ぬのを繰り返す。


 以前戦った時のような、魔導書を展開するひまを与えなかった。


 俺は王冠を拾い上げると、足下でミミズのようにのたうつ王に告げる。


「ヘレンから奪ったものは、きっちり返してもらうぞ」


 王冠を天高く放り上げると、冥王魔法の黒い魔法力の槍が冠の玉を撃ち抜いた。


 ドナが拍子抜けという顔をする。ヘレンもほんの一瞬だが、その集中が緩んだ。


 この瞬間が危険なのだ。俺は二人の背後側に聖域魔法サンクチュアリを展開した。


 間一髪――漆黒の風が母と姉に死を運ぶ。異変に気づいたニコラスティラがやってくるのを俺は知っていた。


 不意打ちの即死魔法は俺が生み出した虹の防壁に阻まれ消える。


 男の震える声が響いた。


「そんな……ばかな。魔法障壁マジルシドで防げる類いの魔法では……」


 ヘレンとドナが声の主に振り返る。ドナは驚いたような顔だ。


「あら、どうしてこんな場所に司祭様がいるのかしら?」


 ヘレンがじっとニコラスティラを見据える。


「……こちらへの攻撃行動の理由は?」


 ピラミッドの頂上に姿を現した司祭は、取りつくろうように言う。


「いえ、あの……貴方が心配になってついてきたのですよシスターヘレン」


「……これまでそのようなことは一度も無い」


 かすかに怒気混じりのヘレン。その身体に光が宿る。


 不死王によってもぎ取られた翼が元に戻り、彼女は六枚の白い翼を持つ超級天使セラフの姿を取り戻した。


 ニコラスティラの肩眉がビクンと脈打つ。


「おや、その姿はまさに超級天使セラフですね。知りませんでした。先ほどは貴方を狙ったのではなく、不死王を……」


「……不死王に死の魔法を撃つなんて独りで充分」


 司祭の表情が凍り付く。普段のどことなく漂わせている強者の余裕も、聖職者の仮面ごと剥がれおちそうだ。


「これまでのご無礼をお許しくださいシスターヘレン」


 天使の階位で言えばニコラスティラは上級天使ヴァーチェにあたる。


 完全に主従が逆転した所で、ヘレンが白槍の切っ先をニコラスティラに向けた。


「……許さない」


 淡々とした口振りだが、沸々と怒りがわいている。そんな雰囲気だ。


「ええ、そうでしょうね。手違いとはいえわたくしは貴方を殺そうとしたのですから。間違いを認めましょう」


「……その口を閉じよ。これは命令。訊かれたことのみ発言を許す」


 ドナが「お姉ちゃん怖いわね。怒らせちゃだめよぼうや」と、俺に寄り添うようにして言う。本気で恐れているというより、ちょっと面白がってますね母者。


 しかし、このままだとヘレンは断罪といって、この男を殺しかねない。


 死ねばいいようなやつだ。錬金術ギルドと手を組んで、最果ての街から活力を奪いヘレンの弱味に漬け込み、教会の威光が届かない常闇街で呪いをばらまいた。


 ヘレンの透き通った瞳がニコラスティラの罪を曝く。


「……なぜ最果ての街を弱体化したのか?」


「はい?」


 唐突な質問にニコラスティラは間抜けな声を出す。


「……錬金術ギルドと共謀し、リチマーンに錬金術師を飼い殺しにさせた。死者王と契約し、封印地域を階層各所に設置。冒険者の行動を制限した理由は?」


 全てを見透かすヘレンにニコラスティラの顔から偽りの仮面が剥ぎ取られる。


 口を緩ませ司祭は笑った。感情を抑制することが善とされる天使族とは思えない、歪んだ表情を浮かべて。


「はははは……恐れ入りました。貴方が内偵を進めていたなんて気づきもしませんでしたよ」


 当然だ。今日、俺と出会うまでヘレンは司祭の手駒に過ぎなかったのだから。


 チャキッ――と、白槍が音を立てて、司祭の鼻先にヘレンは切っ先を突きつける。


「……簡潔に」


「いいでしょう。教皇庁も隠している事実を知ってしまったのです。この世界のどこかには、我ら天使族を生み出した存在があると……人間です。邪神の脅威から逃れるため、彼らはこの地下迷宮世界のどこかに身を隠している」


「…………」


 白槍を向けたままヘレンは表情一つ変えない。司祭は続けた。


「我々天使族は人間をまもるために存在します。ですから、この地下迷宮世界の探索が進むことは避けねばならない」


 私利私欲まみれのリチマーンを利用し、目的のために最果ての街を表裏両面から支配したニコラスティラの、恐らくこれは本心だろう。


 確認したければ支配魔法インペラトルで嘘をつかせなければいいのだが、その必要も今回は無さそうだ。


 ヘレンは槍を引く。だが、狙いは外さず天使族の男に定め続けた。


「わたくしを殺しますか?」


 皮肉っぽく笑う司祭に、ヘレンが一歩踏み込んで槍を放てば終わりだ。


 俺はその瞬間がこないことを祈りながら、ヘレンとニコラスティラの間に聖域魔法の壁を即時展開できるよう、魔法を構築した。


 確かに死んでもいいようなヤツだ。だが――


 ヘレンは槍を石床に突き立てると、拳を握って司祭の左頬を……殴り抜けた。


「――ッ!?」


 続けて左の拳を司祭の右頬に叩きつける。


「……貴方には弁護人をつける権利がある。教皇庁の大法廷が裁き、その罪をあがなわせるでしょう」


 殴りながらヘレンはニコラスティラに冷淡に告げた。


 三発目の拳打の時点で司祭の意識は飛んでいる。


 ともあれ、俺の代わりにヘレンが司祭を張り倒してくれたわけだ。


 少し胸がスッとした。


 ドナとナビが顔を見合わせて言う。


「ヘレンお姉ちゃんったら怖いわねぇ」


「まさかの鉄拳制裁だったねドナ」


 こいつら本当にマイペースだな。というか、ドナとナビは馬が合うのかもしれない。


 ニコラスティラの襟首を掴んで片手で持ち上げながら、ヘレンが首だけこちらに振り返った。


「……殺しはしない」


 いや待って冷たい表情でそのセリフは普通に怖いからッ!




 かくして、大聖堂のニコラスティラの部屋から死者王との契約書グリモアが発見され、さらに錬金ギルドとの金の流れが記載された帳簿など、司祭の立場を使って行われた数々の工作の証拠が発見されることとなった。


 ニコラスティラは階位を剥奪され、その身を本国に護送される。連行していったのは、前回と同じく教皇庁の方々だ。


 ヘレンは大聖堂の最高責任者の椅子には着かず、代理の上級天使が教皇庁から派遣されることになったのも付け加えておこう。

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