幾万の記憶とともに
灰色の乾いた荒れ地に、紫色の毒沼が点在する――死霊沼地を行く間、襲い来る魔物をドナがすべてビンタで文字通り“張り倒し”ていった。
俺が露払いを代わるといっても「あなたにはやらなきゃならないことがあるんでしょう」と、ドナは言う。
というか……強すぎる。元々クインドナの格闘術は超一流だったが、封印地域スレスレの強力な魔物相手にワンパンKOを量産していた。
これにはナビも「こんなに強いなら常闇街どころか、街の支配もできそうだよ」と驚いていたのだが……。
「うふふ♪ おいたはダメよゾンビちゃんたち」
ドナに群がる生ける屍――およそ三十体が、五秒とたたずにすべてただと屍となり、赤い光となって溶けて消えた。
思わずドナに確認する。
「どうしてそんなに強いんだ?」
「毎日ゼロからたっぷり愛を注いでもらったもの」
両手を自分の頬に添えてドナは艶めかしく腰をくねらせた。
つまり――俺がレベルドレインを受けて、ステータストーンを振り直す行為はドナの成長に直結していたってことかよ。
吸われて良かったレベルドレイン!
ともあれ、ドナはまだ本気を出していない。何かあれば彼女は俺が守ると決めていたのだが、ある程度までなら彼女の自衛力に任せて良さそうだな。
教会の封印地域を示す進入禁止の看板までやってきた。
この先にはピラミッド状の遺跡があり、死者王が、臣下もいない頂点の玉座に鎮座しているはずだ。
ナビが看板を読み上げてから俺に訊く。
「これ以上進むと怒れそうだね」
さっきは怒らせに行ったのだ。たしかニコラスティラ司祭はグリモアルハデスと契約して、階層を自由に行き来する術などを共有している。
契約を司る魔導書は処分しても良し、地上の教皇庁にチクってもよし。
まあ、もはやニコラスティラが何してこようと関係ない。
遠く空から風斬り音が響くと、翼を羽ばたかせるバッサバッサという音が頭上を越えて俺たちの前に少女が着地した。
距離にして三メートル。槍のリーチも考えれば、一歩の踏み込みで相手を貫く距離だ。
「…………」
黒翼の天使はその手に白槍を構え、じっと俺とドナを見据える。
「あら、クール可愛い。きっとすぐに人気者に……いけないわ。つい、素敵な女の子を見つけると、誘ってしまいたくなるの」
死天使――ヘレンは透き通った瞳のまま、表情一つ変えずに白槍の先端を俺に向けた。
再びドナが天使と俺の間に割って入る。
「あなたみたいに可愛い女の子と戦いたくはないのだけれど」
「……これ以上の侵入は不許可」
二人が戦うところも見たくはないし、そもそも長引かせるつもりもない。
ヘレンに関しては簡単だった。俺はそっとドナの肩に手を添える。
「ここは俺に任せて見守っていてくれ」
真剣に訴えると、母性本能が暴走することも多いドナはゆっくりと俺の後ろに下がって告げた。
「ええ。信じるわ。普段のかわいいぼうやのお願いとは違うのでしょう」
やっぱりわざと俺が恥ずかしがるのをわかって、人前で母プレイをしていたのかクインドナ!
困惑する俺にドナは「心のスキンシップはあとにとっておきましょうね」と、耳元で囁いて、ナビをひょいっと抱えるとさらに俺と死天使から距離を取る。
俺は構えることなく自然体――女傑流の猫の構えで天使の少女と相対した。
「……警告。今すぐにこの場を去り二度と近づかないこと」
「自己紹介くらいさせてくれ。俺はゼロ。勇者だ」
「…………」
天使の少女はキョトンとした顔のまま、少しだけ考えこむと槍を頭上で軽く旋回させてから、切っ先を俺に向け直した。
「……最終勧告。今すぐ……」
しょうが無い姉貴だな。律儀で真面目で頑固で困る。もう少し柔軟性が欲しいところだ。
俺は左右の手でそれぞれ別の印を組み上げた。天使の少女が警戒した時にはもう遅い。
世界から色が消失し、時の流れが緩やかになる。その奔流をかき分けて少女の槍の間合いの中に踏み込んだ。
俺は少女の目前に立って……抱きつく。
時間を止めてのダイナミック痴漢行為だ。そして時が動き出すなり、さすがの死天使も突然抱きしめられたことに目を丸くする。
「……どう……して」
「答えが知りたいなら俺から探ってみるんだな」
はたして彼女は――ヘレンは俺の誘いに乗るだろうか?
「……理解不能。脱出……不能!?」
天使族の中でもヘレンは特別な存在だ。
その膂力すらも今の……ステータスが完成した俺は上回る。
背後でドナの「押し倒すなんて大胆すぎるけど、とってもたくましくて素敵よ」と、この交際は母公認ですという太鼓判を押す。
いや、押さないでいいから。それに俺が瞬間移動したように見えたことについては、ドナはまるで意にも介さない。
「……クッ……殺せ」
ヘレンまで何を勘違いしたのか眉間にしわを寄せた。
「勘違いするな。いいからその……こうだろ! さあやれって!」
俺は自分から額をヘレンのおでこにくっつける。
ナビが「頭突きは近接攻撃の奥の手だね」と、久しぶりに見当違いな反応だ。
「さあやれよ!」
「……なぜ……いったい……貴方は……」
心当たりがあるんだよなヘレン。こうして同期することで、お前は俺に白魔法を教えてくれたじゃないか。
そして、俺の過去までも知ることで、代わりに世界の命運を背負って戦おうとしてくれた。
今こそ、お前の力が必要なんだ。
今度こそやり遂げよう。どちらかがじゃなく……一緒に!
「頼む……」
「…………肉体のコントロールを支配。隙を見て脱出を試みる」
やっと通じたというか、ヘレンが観念したというべきか。
同期を行うと対象者の身体の動きを止めることができる。
額を合わせたまま、ヘレンから彼女の思考や感情が俺の中に流れ込んできた。
彼女を拘束した両手から力が抜けてだらりと下がる。
自由の身になったヘレンは動かない。
「……この情報は……私は……」
水晶のような瞳から、色素の薄い肌をすべるようにして、涙の雫が流れて堕ちた。
「……おかえり……なさい……ゼロ」
俺の中の記憶の一部をヘレンは読み取ったようだ。
「……私は失敗したのですね。貴方を守ることができなかった」
ヘレンは白槍を捨てると、彼女の方から包み込むように俺を優しく抱擁する。
「……たくさん死んだのですね。苦しんだのですね。痛かったのですね。辛かったのですね。同期……同期……同期……この溢れる気持ちを……私に分けてください。それで少しでも貴方の心に光が射すなら……」
口も動かすことはできないので、俺は思考する。
(――辛いことばかりじゃなかったさ。楽しいことも嬉しいこともあったんだ)
ヘレンはそっと首を縦に振ってから「この旅の終わりに祝福を」と、祈るように囁いて俺の身体を解放した。
戦闘ではないが、消耗して頭がふらつく。
それは同期したヘレンも同じようだ。
ヘレンの視線はドナに……いや、ドナが抱いている青い猫に向けられる。
「…………」
ナビの正体についてもヘレンは知った。俺は呼吸を整えながら告げる。
「これはあいつのための旅なんだ」
「……承知」
離れて見ていたドナにもナビにも、俺とヘレンの間にどういったやりとりがあったのかは想像もつかないだろう。
俺が経験した死の数々を、ヘレンはほんの一瞬の間に何百何千と追体験した。
ヘレンの力を奪ったのがニコラスティラであることも、司祭が魔物――死者王グリモアルハデスと通じていることも。
俺は改めてヘレンに手を差し伸べる。
「協力してくれないか?」
ヘレンは顔をあげ、俺の手を握り返した。
「……その質問は無意味」
「無意味とは手厳しいな」
「……答えが一つしかない以上、はいかいいえ、二つの選択肢は無意味」
「なるほどお前らしいよ」
「……理由は……貴方が勇者だからではない。貴方が私の……家族だから」
握り替えされた手に力が入る。握手はさらにかたく絆となって結ばれた。
名前:ゼロ
種族:人間族 勇者
レベル:99
力:A(99)
知性:A(99)
信仰心:SR(100) ヘレンとの絆により限界突破
敏捷性:A(99)
魅力:SR(100) クインドナとの絆により限界突破
運:A(99)
無限色彩魔法:
超級回復魔法 細胞の欠片さえ残っていれば肉体を完全復元する
超級治癒魔法 すべての“異常”を修正し“通常”に戻す
支配魔法 知的生物を支配し絶対遵守の命令を与える
超人魔法 肉体を強化しすべての能力を爆発的に向上させる
聖域魔法 虹の光彩による究極の防壁で身を守る
冥王魔法 死者すらも殺すより完全なる“死”を与える
輪廻魔法 自身の死亡後にも発動可能。魔法力の続く限り死をリセットできる
超級炎撃魔法 原初の炎――知力を極め覚醒
超級氷撃魔法 久遠の霜――知力を極め覚醒
超級雷撃魔法 終焉の雷――知力を極め覚醒
混沌魔法 対象の全能力を低下させ精神錯乱状態に陥れる
封印魔法 対象の魔法と技をすべて封印する
流派:天星流免許皆伝
:天星流免許皆伝 最終奥義取得――天流星舞 森羅万象救いし勇者の剣技
特殊能力:魂の願い 人が向かいたいと思い願う未来への導 これまで得たすべての力が“解放”される