カンストを越えて
運の値を99にしてから、大きく変わったのは遭遇する魔物の質と、ドロップだ。
強い個体も多くなるが、得られる経験も増え、なにより高額で売ることができるレア素材ばかりを手に入れられるようになった。
この一週間、狩り場は主に十九階層の世界樹上だ。なにより街から近いのが良い
教会が定めた封印地域への侵入は控えつつ、この先、常闇街で必要になるであろう石化病の治療薬に使う素材も早めに確保した。
あと一歩、封印地域に踏み込めば効率も上がりそうだが、踏み込みすぎれば死天使が出る。
十九階層の中ボス格である迦楼羅を定期的に狩ることで、しばらくは経験を積み続けられそうだ。
活気づく夕暮れ時の常闇街を、ナビを引き連れて歩く。天使の少年だった頃とは違い、客引きがひっきりなしに声をかけてくるのが面倒だ。
宮殿にたどり着くと、入り口の門の前にエプロン姿のドナが待っていた。
正面からみると……裸エプロンに見えてしまうくらいの薄着である。
豊かにたわわに実った胸は、エプロンの脇からいつこぼれてしまうかという緊張感すら漂わせている。
肌の露出がないドレス姿は、ここ最近ではすっかりなりを潜めたのだ。
そんなドナに、門番を務めるオークのグラハムがいささか迷惑そうな顔だ。
守るべき人が半裸で門番よりも前に立つのだから、同情する。が、ドナは本気になればグラハムよりも強い。その事をグラハムも良く知っているのだから、
彼女の舞うような格闘術は、今の俺の戦い方や身のこなしの基礎でもあった。
もしかしたら、かつての勇者より今の俺の方が強いんじゃないか?
「おかえりなさいぼうや。それにナビちゃん」
腰をくねらせてドナは言う。
俺を差し置き「ただいまドナ」と、青い猫が尻尾をフリフリ門を通りすぎた。後に続いて溜息一つ。
「はぁ……結局俺はぼうやなんだな」
「あら、ごめんなさいね。つい愛おしくなってしまって。さあ入ってゼロ。今夜はキッシュを焼いてみたの。きっと気に入ってくれると思うわ」
ドナの焼くキッシュは俺の大好物だ。久しぶり……という言い方には若干正しくない部分もあるのだが、きっと今夜初めて食べる味だとしても、俺は懐かしく感じるに違いない。。
宮殿の中庭でナビが「キッシュってどんな料理なんだい?」と、こちらに首だけ向けてドナに訊く。
「食べてみればわかるわよ」
「楽しみだねゼロ」
俺と二人きりだった時のナビは、食事も摂らない。睡眠だって寝たふりだったのかもしれないと思う。
ドナとの接触以来、ナビは食べるようになったし眠るようにもなった。
“獣人族”のナビに近づいたんだろうか。
俺はドナに告げる。
「その前に、今日はレベルが3上がって一度だけ6が出たんだ」
目を細めるとドナは俺をギュッと抱きしめて、頬に軽くキスをした。
レベルが2下がった。きっかりぴったり狙い通りに。
「ほっぺスリスリはなしね」
「それは勘弁してくださいお願いします」
ドナのレベルドレインは加減を間違えると俺を幼児退行させかねない。
なので、段階を踏んでスキンシップを“手加減”してもらっている。
ハグとキスでおよそレベル二つ分。この先、レベルがさらに上がってドレインに必要なスキンシップ量が増えていくため、俺もドナも工夫の日々だ。
ちなみに、このレベルドレインは状態異常とも違うので、毒も呪いも病気もすべて浄化する超級治癒魔法を用いても、吸い取られたレベルは戻らなかった。
そっと俺を解放して、ドナはその場でくるりと回る。
エプロンの前垂れがふあっと花弁のように開いた。
エプロンをのぞけば、ほとんど下着姿だ。蛇のような黒い尻尾をお尻といっしょに揺らす。 俺の鼻孔を麝香のような香がくすぐった。門番オークのグラハムが若干前屈み気味になる。
さすが淫魔だ。無意識な動きの一つ一つで男を殺しにかかる。
俺はドナに「ほらほら、行くよドナママ」と、彼女が一番喜ぶ呼び方をした。
これはある意味、呪いの言葉だ。
言えばドナは喜んでくれる。俺が彼女に甘えて利用していることも、聡明なドナなら気づいているだろう。
それでも彼女は包み込むように受け入れてくれる。
未だに恥ずかしい。ああ、きっとこうして悶絶しそうな俺をドナは見たいんだ。
ドナは「うふふ。お夕飯が待ちきれないのね」と、幸せそうにスキップで中庭を渡っていった。跳ねるようでキレも良く、妙に滞空時間だけはふわりと長く軽い足取りに、不思議とキューの着ぐるみがうっすら重なって見えた。
俺の隣で、前屈みになったままグラハムが言う。
「最近、青い猫を見かけるのだが……アレは貴方の飼い猫か?」
「ええと……まあ、相棒みたいなもんだ」
「……どこかでもっと以前にあったことはないか?」
「さあ、どうだったかな」
「不思議なことに、お前となら良い戦いができる気がする。いや、かなわないのは重々承知だが……満足のいく戦いというやつだ」
「そのうち手合わせしようか」
「……楽しみにしている」
門番のグラハムには天使の少年時代と、獣人族になった時の闘技大会やその後の修行で世話になった。
これも魂の願いの影響……だろうな。
ある日のこと――
ドナの店で働くマリアの腕が、石のように硬く動かなくなってしまったので即、超級治癒魔法で治療した。
加えて女執事レパードが調べた治療薬の作り方を教えてもらい(知ってるのだが)、たまたま偶然持ち合わせていた材料ですぐに治療薬が完成。
これにて教会の上級天使様による、常闇街への圧力は無効化されたのでした。ちゃんちゃん。
そして――次第にドナのスキンシップのレベルも上がりに上がり、終盤のレベルドレインには一晩を要するようにまでなったのだが、「6」が出るまで繰り返し続けた結果――
名前:ゼロ
種族:人間族 勇者
レベル:99
力:A(99)
知性:A(99)
信仰心:A(99)
敏捷性:A(99)
魅力:SR(100) クインドナとの絆により限界突破
運:A(99)
無限色彩魔法:
超級回復魔法 細胞の欠片さえ残っていれば肉体を完全復元する
超級治癒魔法 すべての“異常”を修正し“通常”に戻す
支配魔法 知的生物を支配し絶対遵守の命令を与える
超人魔法 肉体を強化しすべての能力を爆発的に向上させる
聖域魔法 虹の光彩による究極の防壁で身を守る
冥王魔法 死者すらも殺すより完全なる“死”を与える
輪廻魔法 自身の死亡後にも発動可能。魔法力の続く限り死をリセットできる
超級炎撃魔法 原初の炎――知力を極め覚醒
超級氷撃魔法 久遠の霜――知力を極め覚醒
超級雷撃魔法 終焉の雷――知力を極め覚醒
混沌魔法 対象の全能力を低下させ精神錯乱状態に陥れる
封印魔法 対象の魔法と技をすべて封印する
流派:天星流免許皆伝
:天星流免許皆伝 最終奥義取得――天流星舞 森羅万象救いし勇者の剣技
特殊能力:魂の願い 人が向かいたいと思い願う未来への導 これまで得たすべての力が“解放”される
これで最終ステータスと思ったのだが、かつてガーネットとの関係が極まった時にも出た数値――SR(100)の事を忘れていたな。
とはいえ、ともあれ、この旅を始めてから最強の俺になったことだけは、間違い無い。




