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魂の願い

お休みの予定でしたが突然時間ができてしまったので更新しちゃいます(どいひー)

 獣人族の共同体ユニオンを後にすると、俺たちは常闇街へと向かった。


「そっちは常闇街に通じているよ。さっきの共同体が獣人族のコミュニティなら、そっちは闇の種族の集まった地域さ」


「なんだナビ怖いのか?」


「少し心配なだけだよ」


「まあガラの悪そうなのもいるだろうな」


 俺の強さを知っているからか、ナビもそれ以上反対はしなかった。


 街の入り口付近までやってくると、ピンクの毛玉着ぐるみが看板を手に直立不動だった。


 ピンッと背筋はまっすぐで姿勢が良い。


 同じ着ぐるみながら、凜とした空気すら感じられた。ナビがピンクの毛玉の足下まで歩いて行って、顔を上げる。


「どうやら中に誰かが入っているみたいだね」


 ナビの声は俺にしか届かない。そのため、着ぐるみの中身は気づくことなく立ったままだ。


 たぶんだが、中身はドナではなくその執事――レパードなのだろう。女傑流格闘術の姉弟子とは、小さな頃から拳を交えてきた仲だ。


「何をしてるんだ? 呼び込みをするならもう少しやる気をみせないと」


 ピンクの毛玉はこちらに顔だけ向けた。


「おや、どうして私が呼び込みをしているとお思いになられたのですか?」


「看板に安心会計! 一晩いくらからと書いてあるうえにたすきまでかけてるじゃないか。セクシー親善大使って」


「そうでした。ではお客様。まずはどのような女性をお望みになられますか? 男性のご用意も各種族幅広く取り揃えておりますが」


 よく通る声で彼女は言う。


「それじゃあお言葉に甘えて……この常闇街で一番包容力がある女性を頼む。地位は高い方がいい。髪は長くて少しウェーブがかっているとたまらないな。種族は闇の種族だ」


 セクシー親善大使は黙り込んだ。一歩踏み込んでに圧力でもかけるように迫りながら言う。


「お客様。そちらの条件ですと大変な金額になりますが」


「そうなのか。まあ、会せてくれるだけでいいんだが」


 俺はそっと右手で印を結んで軽く切るような動作を加える。


 もはや魔法を使うのに言葉すら必要としない。それも勇者のちからのうちだ。


 支配魔法インペラトル――効果は微弱に抑えている。敵を寝返らせるどころか、もし強力な暗示をかけて「死ね」と命じれば相手が自ら命を絶つ凶悪な魔法だ。


 魅力ランクBも影響するだろう。


 相手をコントロールするのは忍びないが、あまり時間もかけたくなかった。


 キューはゆっくりと首を縦に振る。


「では、まずは宮殿までご案内しましょう。会うだけでしたらお代はいただきません。なお、チェンジは三回までとさせていただきますのでご了承ください」


 スタスタと姿勢良く歩くキューに連れられて、まだ明るいうちに俺とナビは常闇街の最奥にある、かつてのわが家に戻った。




 石化病が発症することで、治癒術師の募集が始まりドナへの接点が生まれるのも、今思えば仕組まれていたようにすら感じられる。


 宮殿の中庭にテーブルと紅茶のセットが用意された。


「あたしみたいなおばさんでよかったのかしら? 他にも少し条件を変えれば、うちにはいっぱいかわいい娘がいるのに」


 紅茶には手をつけず、俺はじっとドナの顔を見つめる。


 ドナは不思議そうに小さく首をかしげた。


「普通は胸に視線がいくのに、そんなに熱心に見られるとなんだか恥ずかしいわね」


 俺の足下でナビが丸くなっていた。交渉事は俺に一任って感じだな。


 まあ、狸寝入りの可能性が高いんだが。不用意すぎる発言には注意しておこう。


 俺はドナに告げる。


「頼みがあるんだ」


「ええ、あたしの出来ることならなんなりと。お客様の幸せがあたしの幸せだもの……ただ、先に言わせてちょうだい」


 眉尻を下げて少しだけ悲しそうな顔でドナは言う。


「あたしに触れるとみんな力を奪われてしまうのよ」


 全身肌を見せないドレス姿で、手袋も外さない。それは不用意な接触を避けるためのクインドナの自衛策だ。


「そうなのか」


「ええ。闇の種族の中でも珍しい淫魔サキュバスなの。小さな男の子なら影響も少ないのだけれど、貴方くらいの年齢になると、手を握っただけであたしに精力を吸い取られてしまうわ」


 俺が天使の少年だった頃、ドナがスキンシップをしてしまったのも淫魔の力が及びにくい少年だったからというのが一つ。


 もう一つは、家族になったから抑えというか歯止めが利かなくなったのだろう。


 ドナは精神まで子供になった俺を、最後まで愛し命をとしてまで守ろうとしてくれた。


 あの頃には戻れない。なのに……俺の口から言葉が漏れる。


「ドナママ……」


 うん、これは自分でもかなりやばいと思う。


「今、なんて言ったの?」


 ドナは驚いたように目を丸くした。


「あ、いやその……あなたみたいな人が母親だったらなぁ……って思って」


「もう一度、同じように呼んでもらえないかしら?」


 冗談ではなく彼女は真剣だ。


「ど……ドナママ……」


 自分から墓穴に飛び込んだ気分だが、ドナは目を細めるとその目尻に涙の粒が浮かんだ。


「ああ、やっぱり……あんまり大きくなったから驚いたのよ。あたしのかわいいぼうや」


 ――ッ!?


「姿は変わっても、あなたはあなただものね」


「ちょ、ちょっと待ってくれ。どうなってるんだ?」


 ドナは涙目になりながら嬉しそうに笑う。


「わからないわ。あなたとこうして対面してから、急にそんな気がしてきたのよ。記憶にはないのに、この胸の中の魂にあなたという存在が刻まれている……ずっとずっと、この出逢いを待っていたと感じるわ」


 今回の再生リトライは何かが違う。


 俺はドナに支配魔法インペラトルなど使っていない。


「お、俺は……」


 足下で丸くなっていたナビが、ひょいっとテーブルの上にジャンプした。


 ドナが驚いて「あら!」と、素っ頓狂な声をあげる。


「青い猫ちゃんなんて初めて見るわね」


「あれ? キミにはボクが見えるのかい?」


 ドナとナビが……邂逅した。


 最果ての街についてからも、俺のそばにくっついて歩くナビを誰も気にも留めなかったのだし、ドナもつい今し方まで、その存在に気づいていなかったのに。


「ええ、しかもお喋りできるのね。あたしはクインドナ。この宮殿の主なのよ」


「ボクはナビ。選ばれし者を……ううん、勇者を導くものさ。何を隠そうここにいるゼロは、世界を救った勇者なんだ」


 まるで自分のことでも誇るように、得意げにナビは言う。


 いきなり言われて信じるわけないだろう。


「そうだったのね。ええ、とってもよくわかるわ」


 いきなり信じたぞ。わけがわからない。


 ドナはナビの頭を手袋越しに優しく撫でる。


「素敵な毛並みね。うちのお店で働いてみる? ペロペロするだけでいっぱいお金が稼げるわよ」


「え? お金が稼げるのかい?」


 いやいやいや勧誘するな乗り気になるな。


 ドナは立ち上がると俺に微笑みかける。


「なんて呼べばいいかしら。勇者様? それとも、あたしのかわいいぼうや?」


 俺も椅子から立った。


「俺のことはゼロと名前で呼んでくれ」


「わかったわゼロ。初めて会ったという気もしないし、ずっとずっと貴方を遠くから見ていて……いいえ、貴方の活躍を人づてに耳にしていたような気もするの。なのに、とってもあなたを身近に感じていたわ。何年も……」


 確証はないが、俺が勇者だと自覚した影響で変化したものがあった。




 特殊能力:魂の願い




 魂の記憶によって経験した種族の能力をいくつか“持ち越す”ことができたが、それが今は、他の誰かにも影響を与え始めているのかもしれない。


 そして、その影響を受けることで……俺の魂と密接に通じているナビの存在も、認識できるようになっているんだ。


 歪みが消えて、曇りが晴れて、ドナは俺を“知った”状態に戻りつつある。


 そっとドナの手が差し出された。


「初対面なのにこういうのはおかしいけれど、なんでも相談してちょうだいね」


 俺はその手を握り返した。


「頼らせて……もらいます」


 軽く握り返してくるドナの、手袋越しの手の柔らかさと温かさに思う。


 エルフの頃に御用聞きをしていたことも、天使族の少年の時に彼女の息子になったことも、すべて無駄ではなかったのだ……と。


 俺は本題に入った。


 俺に足りない大きなもの。それはステータスの完全さだ。


 レベル99は絶望の数字だったのだが、ドナの力を借りることができれば、あの膨大に並ぶ「0」の羅列を越えられるかもしれないのだから。

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