最後の旅の始まり
薄暗い洞穴で目覚めると、俺はまたいつものゼリー状の姿に戻っていた。
幾度となく繰り返してきた始まりの朝だ。今度こそ上手くいく。上手くやれる。
そう信じて俺はジメッとした身体を震えさせながら、洞穴の入り口から射し込む光を目指す。
小さな影がひょいっと入り口に姿を現した。
小さな四肢を早く速く動かして俺の元までやってくるなり、青い猫は言う。
「やあ、目を覚ましたようだね」
「ああ、おはよう」
そっと返すと、ルビーのような赤い瞳を丸く見開いて猫は続ける。
「自己紹介をさせてもらうよ。ボクはナビ。キミを導く者さ」
「俺はゼロ。こう見えて元勇者だ」
ナビは赤い瞳を丸くした。
「勇者って世界を救ったあの勇者なのかい?」
「ああ、ちょっと事情があって、今はこんな姿なんだ」
「すごいや。ボクは勇者を導くことができるんだ。キミなら……キミならきっと、ボクを救ってくれるかもしれないね」
ナビはまだ自分が何者なのか気づいていない。勇者であると告げてみたが、コード66――俺と邪神が交わしたゲームの“ルール違反”にもあたらないようだ。
諸々の説明を終えると、ナビは額の紅玉から俺にステータストーンを取り出した。
目を細めて俺に微笑みかける。
「それじゃあ契約成立だ。キミにこのステータストーンをあげるよ」
「こいつを振るんだよな」
「うん。やってみて。キミならきっとできるはずさ」
液体と固体の中間のような透明な手を伸ばし、ステータストーンを振る。
出目は――6だ。
幸先が良いな。まあ、1でもやることは一緒なんだが。
どんな種族だろうと、どんな姿になろうとも……とりあえず、前回と同じにしておくか。
俺は数値を均等に割り振った。
光がゼリーの身体を包み込み、四肢が伸びて頭と胴体の区別がつけられた。
ナビが俺の足下で瞳を輝かせる。
「わあ、これがキミの本当の姿なんだね」
自分の開いた両手にそっと視線を落とすと、獣毛が無い。
割り振り方は前回と同じだ。
なのに俺の腕はつるっとしていた。エルフのようだが、それにしては肉付きがしっかりしている。
耳に触れてみると、尖って長いはずのそれは短かった。
ナビは目をぱちくりさせて「どうしたのさゼロ?」と首を傾げっぱなしだ。
「俺は……どうなっちまったんだ?」
ドワーフならもっと背は低いはずだ。オークのような肌色でもない。
「そうだね。自分を知るためにもステータスを確認してみようよ」
ナビは額から赤い光を洞穴の壁に照射して、俺に関する情報を映した。
名前:ゼロ
種族:人間族 勇者
レベル:1
力:G(1)
知性:G(1)
信仰心:G(1)
敏捷性:G(1)
魅力:G(1)
運:G(1)
無限色彩魔法:
超級回復魔法 細胞の欠片さえ残っていれば肉体を完全復元する
超級治癒魔法 すべての“異常”を修正し“通常”に戻す
支配魔法 知的生物を支配し絶対遵守の命令を与える
超人魔法 肉体を強化しすべての能力を爆発的に向上させる
聖域魔法 虹の光彩による究極の防壁で身を守る
冥王魔法 死者すらも殺すより完全なる“死”を与える
輪廻魔法 自身の死亡後にも発動可能。魔法力の続く限り死をリセットできる
超級炎撃魔法
超級氷撃魔法
超級雷撃魔法
混沌魔法 対象の全能力を低下させ精神錯乱状態に陥れる
封印魔法 対象の魔法と技をすべて封印する
流派:天星流免許皆伝
:天星流免許皆伝 最終奥義取得――天流星舞 森羅万象救いし勇者の剣技
特殊能力:魂の願い 人が向かいたいと思い願う未来への導 これまで得たすべての力が“解放”される
ナビはブルッと身を震わせて毛を逆立てた。
「すごいや。キミは勇者だよ」
「だろ? まあ、こんなことになるとは思わなかったんだが……」
魔法の白と黒の境目がなくなり、いくつかの魔法は統合されていた。
ナビが首を上げて俺に告げる。
「これだけの力があれば世界を征服できてしまうね」
「そんなことのためにある力じゃないんだ。いくら強くても、これだけの力を自分のためだけに使えば、みんな俺を恐れるだろ。嫌われるのは寂しいしな」
強すぎる力を与えられたが故に孤独。それがかつての勇者だった。
孤独という点じゃ邪神と共通点がある。
ナビは耳を伏せて困り顔だ。
「じゃあどうするんだい? これだけの力を使わないなんてもったいないよ」
「誰かのために使うんだよ。救うために振るうんだよ。必要な分だけな」
「それがキミの望み?」
「ああ。俺の望みだ。誰かに押しつけられたものじゃない。俺の心からの願いだ」
望みと願い。
叶える力はこの胸の中にある。
「さあ、行くぞナビ。お前の願いも俺が叶えてやるさ」
「心強いよゼロ。それじゃあまずは蒼穹の森の中にある、幻影湖を目指そう」
懐かしいな。目指すは湖畔にあるロッジ。最初のキャンプ地だ。
今の俺ならそのまま次の階層まで行けるんだが、今夜はあそこで一泊しよう。
ナビと身を寄せ合って眠ったあの夜を思い出すように。




