勇者の剣の再誕
ナビが不思議そうに下から俺の顔を見上げた。
「どうしたんだいゼロ?」
「あ、いや……あまりにあっけなかったからな」
俺は炎竜王が消えると、赤い鍵と種火を探した。
消えゆく赤い粒子が集まって、鍵と種火が実体化する。
「わあ、なんだいそれは?」
「一つは種火みたいだ」
「種火って鍛冶職人が使うアイテムだよね?」
頷いて返す。
「もう一つは鍵だな」
「種火より鍵の方が素敵かも。どこかに宝箱があるのかな?」
ナビはキョロキョロと周辺を確認したが、炎竜王撃破によって生まれたのはさらに奥の壁へと続く、新たな道だけだった。
「ねえゼロ! こっちに道ができたよ!」
軽い足取りでナビは新たに浮かび上がった道を行く……ものの、十秒たらずで戻ってきた。
「ひどいんだよゼロ! 行き止まりなんだ! もうっ! 宝箱があるとおもったのに」
「まあ、そうだよな。俺やナビにはきっと価値がわからないものなんだ」
俺も奥の壁に進んでそっと触れる。
いくらエルフの目をこらしてみても、鉱石を感じられない。やはり神鉱石を掘り出すにはガーネットにここまで来てもらう必要がりそうだ。
神代鋼を扱えるのは、彼女だけなのだから。
最果ての街に戻ると、俺たちはガーネットの元を訪れた。
店のショールームは空っぽだ。一度、街を離れる際に売り切ってしまったらしい。
「久しぶりじゃないさ」
「先週会ったばかりだろ」
俺の闘技大会祝勝会にも、もちろん参加していたし、チューラの最終奥義伝授のあとの宴会にもガーネットの姿はあった。
「三日会わなきゃアタイにとっちゃ久しぶりなんだよ」
工房兼店舗のカウンターの内側で、小さな丸椅子に座ったまま退屈そうに店番をするガーネットが苦笑いで俺に返す。
ナビが俺の後ろからひょっこり顔を出してガーネットに訊いた。
「武器も防具も無いけど、ガーネットはなにを売ってるの?」
「油を売ってんのさ。何かやり残したような気がして戻ってはみたんだけどねぇ。どうにも創作意欲が湧かなくてさ」
俺はナビに頼んで炎竜王撃破で手に入れた種火を取り出す。
瞬間――ガーネットの目の色が変わった。
「そ、そいつは虹の種火じゃないさ!? いったいどこで手に入れたんだい!?」
「なあガーネット。お前への仕事の依頼料が高いってのは知ってる。だけど、どうしても剣を打って欲しいんだ。俺もナビも鍛冶はできないから、この種火は持っていても宝の持ち腐れだしな」
ガーネットがゴクリと生唾を呑んだ。
「そ、そりゃあ悪い話じゃないけどさ……種火だけあってもそれに見合う材料がなきゃねぇ。今、アタイが使ってる種火で隕石鋼だろうと、聖白金だろうと加工できるからね。つまり、虹の種火じゃ交渉材料にゃ弱いってことさ」
断られてナビがぺたんと耳を伏せた。
「残念だねゼロ。良い考えだと思ったんだけど」
「いや、まだだ」
俺はそっとナビの頭を撫でてからガーネットに向き直る。
「この種火を手に入れたのは火炎鉱山の最下層……炎竜王を倒して見つけたんだ」
ガーネットの肩眉がピンッと上がった。
「先を越されちまったねぇ。いや、アタイは諦めたから、先を越されるもなにもないんだけどさ。けど……そうかい。アンタら二人なら納得だよ」
「話を最後まで訊いてくれガーネット。炎竜王を倒したあと、その先に新しい道ができたんだが、壁があるだけだった」
「宝の一つも隠してないなんて、炎の竜の王ってわりには案外しょぼいねぇ」
「俺も詳しくはないんだが、その壁は普通の壁と違うように思えてな。何か、鉱石でもあるんじゃないか? って」
いつの間にかガーネットが椅子から腰を上げていた。
「ほ、本当かいゼロ?」
「専門家に一度見てもらおうと思ってな。何か珍しい鉱物かもしれないだろ」
「すぐ行くよ。四十秒で支度しな!」
今、帰ってきたばかりなんだが……ガーネットは止めても無駄と言わんばかりだ。
ナビは「えー! お風呂入りたいよ」と不満をもらす。まあ、気持ちはわかるが、あとでガーネットが作った川沿いの温泉を使わせもらうとしよう。
火炎鉱山の地下深く、ハンマーとノミが壁面から鉱石を削り出す音が響いた。
神鉱石――それは鍛えれば神代鋼という、この世界でも最高の鉱物素材となる石だった。
充分に収集したガーネットは「こりゃあ、こっちがお代を払わなきゃいけないくらいさね」と、笑顔で俺とナビの背中をバンバン叩いた。
火炎鉱山を下った先で、温泉で汗を流す。ナビもガーネットも奔放なため、俺が男だということを気にしない。
まあ、恥じらうようなキャラでもないか。
三人で温泉に浸かっていると、川に棲息するマーマンが襲ってきたりもして、懐かしさすら感じてしまった。
魔法で襲撃者を撃退し、温泉でさっぱり汗を流して街に戻る。
ガーネットが工房に火を入れた。埃をかぶりつつあった鍛冶道具たちが目を覚ます。
「ナビは小柄だしショートソードサイズがいいんじゃないさね?」
「ボクもゼロと同じ剣がいい!」
「あいよ。お客様の望むままに……っと」
ナビは素人なので見学だが、俺にはガーネット直伝の鍛冶の知識がある。
彼女の助手を買って出る。最初は「素人に手伝わせると逆に失敗するんだけど」と、懸念したガーネットだが、いくつか合金の配合比率について知識を披露すると「ま、そこまでいうならねぇ」と承諾してくれた。
虹色の種火が炉を熱し、ガーネットが打つのはずばりそのもの――勇者の剣だ。
ただ一つ、勇者の手にした剣と違うことといえば、同じ剣が二本、生み出されようとしていることだった。