伝授伝承
闘技大会優勝により武神の名誉を手に入れ、賭けの結果三千万メイズの大金も手にした。
闘技大会の熱狂は引き潮のように去って、共同体はまた平和でゆったりとしたもとの牧歌的な空気に戻る。
高額な配当でしばらく働かなくてもよくなったのだが、俺とナビの家にチューラがやってくるなり、お茶を出す間もなく彼は言った。
「なにをだらけているのでありますか! すぐに支度をするであります!」
ナビも俺も目が点になったまま硬直していたが、チューラだけでなく闘技大会の参加者たちが、わが家の玄関前に集結していた。
闘技大会の優勝者をたたえる……という雰囲気ではない。
全員が闘志に瞳を燃やしていた。
玄関先まで出てナビがキョロキョロと全員の顔を見回す。
「どうしようゼロ。こんなにたくさんお客さんが来ちゃったけど、お茶を出そうにもカップもコップも足りないよ」
俺は溜息交じりに「どうやら茶を飲みにきたんじゃなさそうだから、心配しなくていいぞ」と返しつつ、チューラに改めて確認した。
「支度もなにも、これはいったいどういうつもりだ? 優勝者を集団でボコす風習でもあるのか?」
チューラはエヘンと胸を張った。
「ある意味、そうとも言えるでありますな。これより我ら全員で、ゼロ殿に技を教えると決めたのであります」
本戦参加者で同じグループを戦ったボンゴにゴクウにソーマ。
予選を争い、すでに手ほどきをしてくれたレパード、グラハム、ヴァイスにリンドウ。
別グループだった龍種の銃使いドウジマに、棒術使いのウサギ種アカメと、投擲円月輪を操る犬種のジャッカル。
加えてリザーバーだった本使いの羊種ヨーマ。
そして、俺と決勝を戦った剣士チューラ。
全員が好き勝手喋りだすと収集がつかなくなる濃いメンツだ。
代表してチューラが説明を続けた。
「ゼロ殿とナビ殿には成すべき事があるとお見受けしたのであります。お二人は恐らく旅の途中なのでありましょう。ともに行くことはできないでありますが、旅の成功を祈願し餞別として、それぞれ持てる力を少しでも伝えたいと思ったのであります」
横でリンドウが「ま、チューラを倒したゼロに挑戦したいってのもいるけどな。つーか負けっぱなしじゃ格好つかねぇし」と笑う。
どうやら休んではいられないようだ。
ナビが俺の前に出て両手をばっと広げた。
「ゼロと戦いたいなら、まずはボクを倒してからだよ」
お前は四天王の最弱ポジションか。
チューラがうんと頷いた。
「ナビ殿にももちろん技を教えるでありますから、安心するであります」
どうやらしばらくゆっくり……とはいかなさそうだな。
三ヶ月が経過した。
特訓と称して試合が連日組まれ、俺もナビも各種武器への対応法を身体で覚えさせられた。と、同時に戦いのあとは武器ごとの技の指導も受けた。
武技に関しては、やはり種族適性のようなものがあるのか使えるようにはならなかったが、どの武器であれ並以上には使えるように、各エキスパートから技術を叩き込まれた。
驚いたのは俺自身、それらの技術習得が早いことに加えてナビの学習速度も同等だったことだ。そういえば、ナビと二人旅をして街に着くまでに、ナビは俺の使う魔法や女傑流の格闘術を、ぐんぐん吸収したっけ。
二ヶ月で各種武器の修行を終えて、最後の一ヶ月はチューラがみっちりと天星流の剣技を伝授してくれた。
特訓場所は刈り入れの終わった麦畑だ。そこで毎日剣を振るう。
チューラの指導は丁寧でわかりやすかった。
上段、中段、下段と構えから、それぞれの始動技に派生など……驚いたのは、長剣が他のどの武器よりもよく手に馴染んだことだ。
それらの技を、俺は……いや、俺もナビも武器スキルとして体得した。
意識すれば身体が自然と動き、炸裂する剣技の感触はオークだった頃、戦鎚を手に放った技の感覚と同じである。
チューラとナビと三人並んで、上段からのから竹割り素振り千回の途中で、チューラが小さく頷いた。
「様々な武器を使っても武技まで昇華しきれなかったでありますが、どうやらゼロ殿もナビ殿も剣にこそ適性があったようでありますな」
「チューラの指導のおかげだ」
「ボクもそう思うよ」
手を止めると、俺とナビに言われて少し恥ずかしそうに頭を後ろ手で掻きつつ、チューラは告げる。
「素振りはもう充分でありましょう。技も各種教えたでありますが、正直こんなにも早く体得するとは思わなかったであります。自分は幼少の頃より十年修行してやっとでありますから」
チューラの口振りには嫉妬のような感情がまるでなく、カラッとしたものだった。
俺も手を止め、ナビが剣を下ろすと笑う。
「やったねゼロ。褒められたよ」
「あ、ああ。そうだな」
チューラは一度、長剣を背中の鞘に納めた。
「おそらくゼロ殿は思い出されているのでしょう。それに追従できるナビ殿の才能が、正直なところうらやましいであります」
「……?」
ナビは首を傾げた。俺に顔を向けて青い尻尾を振りながら訊く。
「ねえゼロ。思い出すって?」
「あ、ああいやその……チューラは俺を勇者の生まれ変わりかなにかみたいに言うんだ」
「そうなのかい?」
「さあ、俺がどんな状態だったかはナビの方がよく知ってるだろ」
unknownだった俺を思い出したのか、ナビは「すっごくぷるぷるしてたよね」と目を細める。
チューラが「ぷるぷるでありますか?」と、こちらはこちらで不思議そうな顔をした。
ナビがその場で小さく跳ねながら頷く。
「そうだよ。とってもぷるっぷるだったんだ」
「さっぱり想像もつかないでありますが……ともあれ、次に教えることが最後であります。この技を習得した者は、天星流免許皆伝であります」
チューラの表情が引き締まった。
俺もつい、肩に力が入る。
「免許皆伝……ってことは、あの技か」
「そうであります。決勝の檜舞台で、自分が放った一撃。それにはまず、時間の檻を認識する必要があるのでありますが……ゼロ殿はすでにその領域に入りつつあるのであります。ちなみに自分が維持できるのは半径十メートルほどの“世界”でありますな」
そう言うと、チューラを中心に世界から色が消失した。空を飛ぶ燕が空中でゆったりと速度を落とし、ついには空中で停止する。
「うわああ、なんで色が消えちゃったのかな?」
ナビがあたりをキョロキョロ見回した。一瞬で世界に彩りが戻り、燕が遠くへと飛んでいく。
「驚いたでありますな。ナビ殿も時間の檻を認識できているのでありますか」
正直、チューラと同意見だ。むしろ俺よりも適性があるようにさえ感じられた。
ナビは時の流れの圧力をまるで感じていないようだったのだ。
「どうしたんだい二人とも?」
つい、俺とチューラがまるで示し合わせていたようにナビの顔を見たので、ナビも半分驚いたような顔だ。
チューラは一度、小さく咳払いを挟んだ。
「えー、オホン。どうやらお二人とも第一段階はクリアでありますな。時間の檻は認識できない者にはまったく認識不能でありますから」
「いったいどういう原理なんだ?」
「それはわからないであります。ただ、この檻の中でなければ天星流最終奥義を使うことは禁じられているのであります」
「禁じられているって……もし、普通に使うとどうなるんだ?」
「世界が滅ぶと言われているでありますよ。世界が有り続けているので、誰も使ったことはないのでありましょうが。この技は世界を隔てる壁を打ち破る威力がありますゆえ」
すみません。知らずに使って滅ぼしました。というか、もし俺が闘技大会の決勝でチューラの一撃を食らっていたらどうなっていたんだ。
「なあ、俺が決勝であの技を食らってたら……」
「死んでいたでありましょうな。殺しは御法度。自分も共同体から追放は免れないでありましょう。正直なところ、肝を冷やしたでありますよ。それ以上にゼロ殿を信じてはいたでありますが」
地下迷宮世界で出逢った誰よりもまともそうに見えて、チューラはもしかしたらかなりヤバイやつなのかもしれない。
俺が死なないと信じて殺そうとするなんて……。
「どうしてそこまでして俺に技を教えるんだ? 俺はたぶん勇者なんて立派なもんじゃないんだ」
「そうおっしゃらずに。もし仮に勇者でなくとも、ゼロ殿はなんというか……信頼に足ると思ったのであります。剣と拳を交えれば、わかることも多いでありますし」
そう言ってもらえると、いくらか気持ちが楽になった。
俺とチューラの顔を交互に見てからナビが訊く。
「ボクも教わっていいのかな?」
「ナビ殿も勇者の才能があるのやもしれないであります」
「ねえゼロ、ボクも勇者かもしれないって」
耳をピーンと立ててナビは嬉しそうに笑う。
「ずいぶん喜んでるな」
「だって勇者だよ。みんなを守ってみんなと友達になれるかもしれないんだ」
「友達?」
「うん。友達はいっぱいほしいんだ。みんなと一緒なら寂しくないでしょ。ボクは……とっても寂しがり屋みたいなんだ。闘技大会の前夜祭は賑やかで、踊ったり歌ったりして楽しかったなぁ」
懐かしむようにナビは目を細めた。まだナビが猫だった頃、俺と離れるのを極端に恐れていたんだが、あれも寂しさからだったのだろうか。
チューラは腕を組んで深く頷いた。
「その心意気は大変よいでありますナビ殿。天星流の剣は森羅万象救いし勇者の剣。大切なものを守るために力を使うのでありますよ」
ナビは大きく首を縦に振った。
「うん! ボクも強くなって……ゼロを守るんだ」
「まずは一番近くからでありますな。では……ゼロ殿も心の準備は良いでありますか?」
俺はそっと目を閉じてから、三回ゆっくり息を吐く。
顔を上げ目を開きチューラに伝えた。
「ああ、教えてくれ。天星流の最終奥義を」
チューラは再び納めた剣を抜く。
「使命を背負い決意を抱いたお二人には、決して難しいことなどないでありましょう。天流星舞……今こそお返しするであります」
俺やナビ以上に自信をもってチューラは宣言した。