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ファイナリストたち

 客席は立ち見席まで埋まる盛況ぶりで、会場に入りきれない観客たちが外まで溢れていた。


 俺の応援団はナビにガーネットと予選を戦ったレパード、リンドウ、ヴァイスにグラハムだ。


 加えて上半身裸の牛種の集団が横断幕を掲げていた。


 音頭を取るのは大槌使いのボンゴだ。


「がんばれよおおおゼロおおおお!」


 ナビと同じくらい熱心に応援してくれるものの、オイルを塗ったようにテカテカな筋肉ダルマさんたちの太い声援に、少しだけ頭を抱えたくなった。


 実況と解説もグループリーグの時と同じく、アルパカ少女に狼風の武芸者ムサシである。


『さて、一ヶ月にわたる闘技大会も本日が最終日となりました。これまで数々の名勝負がありましたが、決勝は意外といっては失礼ながら、誰もが予想しなかった組み合わせではないでしょうかムサシさん!?』


『知人が数人、破算していたな』


『おや? ムサシさんもその雰囲気だと大損した口のようですね?』


『栄光を手に入れたければ、相応のリスクは負うものだ』


『かっこよくまとめていただいたところで、決勝戦をどうみますか?』


『新人が優勝しないとは言わない。実際、昨年の覇者であるチューラは地下迷宮世界にやってきたばかりだった……まさか、その三連覇を阻むのが無名の……いや、無名だった新人とはな』


『そうです。予選会を勝ち抜き本戦Aグループを怒濤どとうの三戦全勝。最も苦戦したのが初戦のボンゴ選手との試合でしたが、ゼロ選手のその後の戦いぶりは終始優勢でしたね』


『彼がチューラを相手にどこまで戦えるのか楽しみだ』


 どうも俺を評価はしているが、チューラほどではないという評価だ。


 実際、チューラの試合を見たのだが……実力差があってかあまり参考にならなかった。


 飛び道具は石火矢の弾だろうと剣技で防いでみせる。


 近接戦闘では剣の間合いで巧みに相手の得意な距離レンジで戦わせない。


 自身と同じ長さの剣を、自在に振り回すチューラだが、まだまだ底が見えないな。


 俺は石造りのステージに上がった。


 チューラの実力を見極めるには、自分で手合わせするしかない。


 ヒュンッ!? と、風を切って前転宙返りをしながらチューラもステージにあがり、剣を抜く。


 チューラを推す声が響く中。客席から俺に声援が届いた。


「がんばれゼロおおおおお!」


 両手を万歳させてナビが力一杯声を上げる。軽く手を振って応えると、俺はチューラと正対した。


 虎種の審判が「双方前へ!」と促す。


 チューラは剣を左手に持ち替えて、スッと右手を差し伸べた。


「昨晩の事はひとまずおいて、今日はお互い悔いを残さぬよう、良い戦いをするのであります」


 俺はチューラの小さな手を握り返す。


「ああ。これだけの大舞台に恥じない戦いをすると誓うよ」


 再び審判に促されてステージ中央から下がる。


 距離にして七メートルほど。チューラほどの達人なら、瞬きする間に踏み込んでくるだろう。


 俺はやや斜めに構えて、左手を前に出すような構えをとる。かかとは軽くあげてつま先に体重を乗せつつ、膝や足首といった関節を柔軟に使ってリズムをとった。


 チューラは正眼の構えだ。両手持ちの長剣の切っ先は、まっすぐ俺へと向けられている。


 審判が腕を振り上げた。


 賑やかな会場が水を打ったように静まり返る。


「闘技大会決勝戦……始めッ!」


 普段は相手の出方を待つ戦い方が多い俺だが、どっしりと構えるチューラに向けて跳ぶ。


 跳び蹴りの奇襲にチューラの剣が舞う。俺の蹴り足を剣の腹で受け流した。


 着地と同時に後ろ回し蹴りを放つ。チューラの身長では上段を蹴り抜けると彼の頭の上をかすめてしまうため、中段回し蹴りだ。


 蹴りを放つさいに、軸足を反転させて足の分だけ距離を詰める。この、ほんの二十数センチが達人相手には重要だ。


「流石にはやいでありますなッ!」


 俺の蹴り足は空を斬った。かすかにかかとがチューラの胸元をかすめたのは、剣士が目算を誤ったからだろう。思いのほか俺の蹴りは“伸びた”のだ。


 戦い慣れしている。たしかに本戦グループAで戦ったボンゴやゴクウ、ソーマよりも格上だ。


「では、こちらも行くであります!」


 両手持ちで構えていた長剣を右手一本で支えたかと思うと、チューラの手首が独楽こまのように滑らかに回転しだした。


 剣が舞う。旋風する刃は弧を描きながら俺に迫る。


 俺は両手を前に出して剣檄を手甲で弾いた。が、弾かれた方向にチューラ自身が回転して、すぐに体勢を崩さない。


 右手持ちしていた剣が滑るように左手に移動し、回転軌道で再び俺に牙を剥く。


 弾けば再び∞の軌道を描いてチューラの剣は右手に移動した。


 つい、口元が緩む。なんて技だ。


「俺が弾く力まで利用するってのか」


 チューラは攻撃を続けながらうなずいた。


「これぞ勇者殿より受け継ぎし天星流無限刃。自分が使いやすいよう、多少はアレンジしているのでありますが。ちなみに、この構えは一時間ほど維持できるのであります」


 持久戦はむしろジリ貧か。こちらは半歩一歩と後退を余儀なくされている。


 場外に押し出されるのも時間の問題だ。


 俺は意識を集中した。世界が灰色に染まり時間の流れが緩やかになる。


 いかに激しく回転しようとも、弱点はあるのだ。


 それは――


「ここだッ!」


 回転を生み出す軸となっている、チューラの手首を掴んで止める。


「な、なんとッ!?」


 驚くネズミ種の剣士の手を俺はギュッと握った。このままチューラの手を握り潰すのも手だ。


 チューラも回転の軸を止められるという弱点は、恐らく気づいていたのだろう。


 それがほとんど不可能なほど、チューラは軸を常に動かして狙いを絞らせないようにしていた。


 見切られたのは初めてという顔だ。


 俺はチューラの腕を引っ張り込む。このまま投げて寝技に持ち込めば、チューラの敏捷性も技量も殺すことができた。


「さすがでありますなゼロ殿ッ!」


 俺が腕を引こうとした瞬間、自分からチューラは前に出て俺の膝を蹴りで射貫こうとする。


 まずい。と、手を離して後ろに跳んだ。


 チューラの蹴りは不発に終わったが、小柄な外見と慇懃いんぎんな物腰に、騙されるところだった。


 剣士の目は闘争心に燃えている。相手を殺さない限り、その肉体を破壊しても魔法で治せるのだから問題無しという顔だ。


 容赦無しはお互い様か。躊躇ちゅうちょ無く膝の皿をブチ割りに来るなんて、魔物よりもたちが悪いぜ。


 俺は再び構え直してチューラに告げる。


「危なっかしいヤツだな。身体の急所を問答無用かよ?」


「ゼロ殿こそ、ただ投げようという顔ではなかったでありますぞ? 地面に“打ち”つけ、関節を“極め”る。試合中に腕を壊されては、技が披露できないでありますからな」


 今度は剣を突きの構えにして、チューラはじっと俺の呼吸をはかる。


 こちらも呼吸を一定にして、体重を前気味からニュートラルに戻しカウンター狙いだ。


 会場内は、チューラの剣舞に沸き立ち、今はまた静かに次の攻防を、固唾を呑んで待っていた。


「なあチューラ。天星流って言ったな? それが勇者の剣術なのか?」


「ええそうでありますとも。覚えがないと?」


「憶えているならとっくに剣を握ってるさ」


「そうでありますな。そもそも邪神葬りし剣を、邪神無き後世に伝え残す必要もないのでありますし」


 チューラの言葉が妙に引っかかる。


 邪神無き後世――今の平和なこの世界のことだ。勇者が己の剣の技を託した理由はなんだろうか。


 三年後の世界崩壊と、何か関係があるのだとすれば……。


「ぼーっとしていると倒してしまうのでありますよ?」


 チューラがスッと腰を落とした。水平突きのため、膝を緩やかに曲げてバネを溜めるように身を低くする。


 考えるのは後回しだ。今は天星流の技という技に全力でぶつかろう。

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