地中深くの楽園(ビーチリゾート)
空に眩しく輝く天球から、入り江に光が帯状に降り注ぐ。踏みしめた白い砂は熱く焼けていた。
星屑砂漠と違って潮風が吹き抜ける。鼻孔をかすめる香りに生き物の匂いを感じた。
椰子の木が並び、砂浜に打ち寄せる波は潮騒を奏で続ける。
ここが地下とは到底思えない。海が目の前に広がった。
ナビが波を引く波を追いかけて、寄せる波からは逃げるようにしながら俺に言う。
「地底湖島では椰子の実が豊富だよ。未成熟な青い実は食用にも適しているし、中のジュースはのどを潤すのにうってつけだね」
十五階層から続く祭壇の近くにはテントがあった。何か使えるものはないか探すと、刃渡り十五センチほどの鉈と、椰子の木に登るためのロープなどがあった。
湾内にはイカダやボートの類いが係留されていて、オールまで揃っている。
入り江の脇に抜け道のような洞穴があった。白砂の道はその先にも続いているようだ。
「舟を使うか道なりに進むかの二択だな。ナビはどうやって移動したんだ?」
波と戯れるのを止めて、青い毛並みの小動物は俺の足下にやってくると、毛に着いた白い砂を落とすように身体をすねに擦り付けてくる。
俺はお前のブラシじゃないぞ。まったく……。
「ボクはあの洞穴のルートを通ってきたよ。その先は群島地域さ。島と島は橋で繋がっているよ。橋のたもとには強い魔物がいるから気をつけてね」
「わかった。特に気をつける相手はいるか?」
「トゲを持った魔物全般に多いけど、麻痺や毒をもっていることがあるんだ。それから浮遊するクラゲも触手に毒を持っているみたいだね」
俺は安堵の息を吐く。早速オーク・ハイの種族特典が役立ちそうだ。
テントの中から鉈を拝借すると、俺は舟は使わず群島を橋伝いに進むことにした。
椰子の木で組まれた欄干すらない簡素な橋は、浅瀬に沿って次の島へと続いている。
その橋を守るように、巨大な貝殻を背負った椰子蟹がデンと橋桁の前に居座っていた――ランドクラブというヤドカリと椰子蟹を合わせたような魔物だ。シオマネキのように右前腕部だけが異様に大きい。
「渡りたいなら倒していけってか」
毒だの麻痺だの魔法だの罠だのよりも、シンプルでいい。全高五メートはあろう巻き貝は陽光を浴びてオパールのように煌めく。
ランドクラブ本体も硬そうな甲殻に覆われていた。自然とモルゲンシュテルンを握る手に力がこもる。
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
ウォークライを上げながら単身突撃を敢行した。
一撃見舞う。ズシャッっと、予想外に良い手応えだ。ランドクラブの誇る巨大な右爪にモルゲンシュテルンはめり込んだ。甲殻を貫通し、爪を潰し体液が飛びちる。
行ける。
確信とともに、俺は力を溜めた。ランドクラブは潰れた右の爪で俺の首を挟もうとするが、モルゲンシュテルンで弾いて防ぐ。
反撃は覚えたばかりのあのスキルだ。
「食らええええええええッ!!」
鈍重な身体が嘘のように俺はモルゲンシュテルンでランドクラブの頭部を殴打した。
右から一発。撃ち抜くようなスイングのあと、返す刀で左からもう一発。
ズサンとランドクラブの身体が沈み、赤い光の粒子へと変換される。
完勝だった。飛び跳ねるようにナビが椰子の木の木陰からやってくる。
「おめでとうゼロ。どうやらゼロに使える装備みたいだよ」
これまでも戦いで何度かアイテムはゲットしたが、弓矢だの魔法の杖だの、オークでは使えないものが予想外に多かった。
時折鈍器の類いも出ることはあったが、ゴルドラモルゲンシュテルンより上質なものは手に入らない。すべて素材化してナビに預けたのだが、そのナビの喜びようからして、またレアを引いたのかもしれない。
一度拡散しかけたランドクラブの光は、丸い盾へと姿を変えた。使わない時は背負えるよう、モルゲンシュテルンと同じくマウント用の革ベルト付きだ。
ナビが言う。
「これは真珠岩の盾だね。装備すれば防御力が上がるよ。時々魔法を跳ね返すことがあるみたい。装備するかい? それとも分解して素材にするかい?」
盾の表面はランドクラブが背負っていた巻き貝のような、日の当たる角度によって色が変わる神秘的な輝きをしていた。持ち手がついていて手で保持しなければならなさそうだ。
武器の両手持ちができなくなるのはネックだが、魔法に弱い俺にはありがたい代物だな。
「こいつは分解しないでそのまま使うとしよう」
左手に真珠岩の盾を構えた。右手にモルゲンシュテルンを握り締める。
なんとなくだが、ようやく一人前の戦士になれた気分だ。これまで俺は武器だけ持った、いわば牙のみで戦う野獣の如くだったが、盾を手にしたことで文明の恩恵にあずかる存在にステップアップした気がする。
「といってもやることは変わらないんだけどな」
橋を渡って次の島に向かった。ナビが告げる。
「満月の夜になると満潮で橋が海綿の下に沈むらしいから、気をつけてね」
「満月まであとどれくらいだ?」
「この階層の満月までは三日だよ」
そんな話をしながら、長い橋を十分ほどで渡りきった。次の島の浜辺には、くりぬいて飾りに使うようなオレンジカボチャサイズの黒いトゲの塊が、ゴロゴロ転がっている。
どうやら魔物らしく、俺が上陸するなり一斉に襲いかかってきた。
ナビが告げる。
「痺れウニだね。麻痺の効果がある針を飛ばしてくるよ」
忠告が終わるよりも早く、ゴロゴロと転がってきた四体の痺れウニから、黒いトゲ針が俺めがけて放たれる。小さな矢ほどの針だった。まともに食らってやる義理はない。
顔を中心に盾を構えて防いだが、手足に針が突き刺さった。ただの刺突ではない。オーク・ハイの強靱な表皮を貫通した針の先端から、違和感が体内に流れ込む。
恐らく麻痺毒だ。かすかに身体の動きが鈍り、肉体が意識の指令にコンマ数秒遅れるような感触はあったのだが――
オーク・ハイの強靱な回復力は麻痺毒のそれを上回った。
近づき、黒い塊めがけてモルゲンシュテルンを振り下ろす。
ぐしゃり、ぐしゃり、ぐしゃり、ぐしゃり。
あっけない幕切れにこちらの方が拍子抜けだ。四体の痺れウニは赤い光の粒子となった。
俺の身体に刺さっていた針も同じく光となって消え、それらをナビは満足げに平らげるのだった。
巨石平原で魔物との相性に苦しんだのが嘘のように、地底湖島の群島で俺の快進撃は続いた。
滑空するエイのような魔物――フライマンターは長い尻尾の先に毒を持っているのだが、刺されたところでどうということはない。動きは速いが直線的に飛んでくるため、迎え撃って叩きつぶす。
少々厄介なのは、空中をふわふわ浮かぶクラゲの魔物――ヒドロヒドラくらいなものである。軟体なので打撃が通りづらいのだ。とはいえ、傘の骨のように放射状に伸びた触手に触れても、オーク・ハイの肉体に傷は付かない。
本来なら触手の麻痺毒で動きを止められてしまうのだろうが、雄々しきオークの超回復力の前では、糸の切れた風船のようなものだった。
とはいえ、戦い続ければ消耗する。もちろんただのオークだった頃とは比較にならない連戦が可能になったが、敵度に休憩した方が効率は上がるようだった。
椰子の木を揺らして実を落とすと、借りた鉈でその実の頭を切り飛ばし、中の汁を飲み干した。白い実の部分も食べて腹を満たすと、再び進軍する。
橋の手前には毎回ランドクラブが陣取っているのだが、攻略方は最初に一体を倒した時と同様である。
「こんなに楽勝でいいんだろうか?」
三体目のランドクラブを倒した時に、つい言葉が口からこぼれた。
俺の太ましい足下にすり寄ってナビが言う。
「ランドクラブは魔法で攻撃すると殻にこもってしまうんだ。あの巻き貝の殻には魔法耐性があるみたいで、非力な黒魔法使いにとっては天敵だね」
なるほど。俺にとってのエレメンタル系と同じような相手ってわけだ。
苦あれば楽あり。その反対もまたしかりといったところだな。
レベルも快調に上がっていき、七つの群島を抜けた先に待ち受けていた巨大イカ――クラーケンもなんとか倒して(軟体系なのでやたら時間がかかった)、冒険者テントに借りたアイテムを返却すると、俺とナビは次の階層へと進んだ。
名前:ゼロ
種族:オーク・ハイ
レベル:29
力:B+(91)
知性:G(0)
信仰心:G(0)
敏捷性:G(0)
魅力:G(0)
運:G(0)
装備:ゴルドラモルゲンシュテルン レア度B 攻撃力80
真珠岩の盾。レア度D 防御力13 時々魔法を反射する
スキル:ウォークライ 持続三十秒 再使用まで五分
力溜め 相手の行動が一度終わるまで力を溜める 持続十秒 再使用まで三十秒
ラッシュ 次の攻撃が連続攻撃になる 即時発動 再使用まで四十五秒
種族特典:雄々しきオークの超回復力 休憩中の回復力がアップし、通常の毒と麻痺を無効化。猛毒など治療が必要な状態異常も自然回復するようになる。ただし、そのたくましさが災いして、一部の種族の異性から激しく嫌悪される。
そろそろ力の項目が99になりそうだ。オーク・ハイになったおかげで、毒や麻痺などの状態異常にも強くなったし、余ったステータスポイントはどう割り振ろうか。
この肉体なら回復魔法入らずで信仰心を上げるメリットは薄そうだ。まあ、強敵相手に即時回復できる白魔法は魅力だが、相手が強すぎれば初級レベルの回復魔法など焼け石に水である。
敏捷性も同様だった。半端なスピードでは敵に先んじるのは難しい。
街が近づいてきているのなら、いっそ魅力に振るのがいいかもしれない。オークの強面がいくらかマシになるなら御の字だ。




