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勇者を知る者

 祭りの中心となる広場を抜け出して、刈り入れの終わった麦畑のあぜ道を歩く。


 チューラは空を見上げた。


「星の無い夜空にもすっかり慣れてしまったのであります。地下迷宮世界の夜は月の女王のものですな」


「詩人なんだな」


「お恥ずかしいであります」


 本物の夜空は無数に星が瞬き、月の無い夜ほどそれぞれが煌々と燃える。冬の澄んだ空気なら、なおのこと透明で星々の世界に吸い込まれそうになる。


 地下迷宮世界の天上は有限だ。天井はてがある。


「それでチューラは俺にどんな用事があるんだ?」


「警戒なさらずとも大丈夫でありますよ。病気の妹のために大金がいるだのというのなら、自分は自分以外の勝利に賭けてわざと負ければ大もうけでありますし」


「本題に入ってくれ」


 チューラは小さくうなずいた。


「ゼロ殿は剣を本気で学ぶつもりはありませぬか?」


「教えてくれるのか?」


「明日、自分に勝利したらという条件であります。当然、本気で戦うでありますよ」


 そいつは願ったり叶ったりだ。俺は右手を差し出した。


「わかった。全力でぶつかるよ」


 その手をとってチューラは硬く握る。小さい身体から信じられないほどの力強さだ。


「伝えたいことはこれだけであります。拍子抜けでしょう?」


「正直、もっととんでもない要求をされるんじゃないかと思ってた」


 チューラは「ははは」と軽やかに笑う。


「大物でありますなゼロ殿は。自分はこれでも地下迷宮世界一の剣士を自負しているのでありますよ。ご自分が勝つことを前提にお話なさる」


「あ、ああ。そう聞こえたなら謝罪する」


「いえいえ、実際のところ自分はゼロ殿には遠く及ばないのでしょう」


「自負しているわりに控えめだな」


「あくまで剣士としてでありますから。なんでも白魔法の達人と聞き及んでおりますぞ」


 いったい誰から? と、確認してみれば俺とチューラには共通の友人がいた。


 門番オークのグラハムだ。チューラは腕組みして続ける。


「どこからともなく現れ、誰も治すことのできなかった奇病を癒やした獣人族の白魔導士。それが今は、武技闘技に人生を賭けた強者つわものたちを次々倒して、ついには栄光の頂きへと登り詰めようとしているのであります」


「回りくどいのはよしてくれ」


「もう少しだけお付き合いを。ゼロ殿はどちらのご出身で?」


「記憶喪失なんだ」


「白魔法も格闘術も身体が覚えていたと?」


「ああ。そんなところさ」


「天使族以上の白魔法の使い手が、獣人族というのは常識の範疇はんちゅう外であります。格闘術だけにあらず、予選で出逢った者たちから様々な武技をならっているともグラハムより訊きましたぞ」


 チューラが何を言いたいのか、さっぱり要領がつかめない。


「強くなりたいからな」


「数日教わった程度で普通は学べぬもの。なのにグラハムはもう教えることがないと言っているのでありますよ。そこまで強くなる必要があるのでありますか?」


「お前には関係ないだろ」


 チューラの質問攻めについ、語気が強くなった。


「今より関係が始まるやもしれないのであります。自分は……ゼロ殿に出逢うためにここにいるのやもしれないのでありますから」


 何を言い出したかと思えば、こいつ……大丈夫か?


「出逢うためとは大仰おおぎょうだな」


「自分は本気であります。つかぬことをお聞きしますが、ゼロ殿は黒魔法も使えるのでは?」


「…………」


 どうしてそれを知っているんだ? いや、知っているのではなく“確認した”という感じだ。


 つい、こちらが言葉につまると、それがそのままチューラへの返答になってしまった。


「いや、みなまで言わずともよろしいのであります」


 チューラは小さい身体をさらに縮めるようにして、俺の前に片膝をついてこうべを垂れた。


「な、なんだよ急に」


「お待ちしておりました。いえ、よくぞこの世界にお戻りになられました……勇者殿」


「は?」


 顔を上げるとチューラは真剣な眼差しで告げる。


「お姿は変わっても魂の輝きまでは変えられません。我が師のさらに師……そのまた師と延々(えんえん)連綿れんめんと受け継ぎし剣技を、お返しする時がきたのであります」


 貸した覚えはないのだが、チューラの言葉に揺らぎや迷いのようなものは微塵みじんもない。


 こいつは何を勘違いしたのか、俺を勇者と思い込んでしまったらしい。


「人違いだろ。というか、勇者っていうのは何百歳なんだ?」


いにしえの技術は時の流れすらも操ると師より聞き及んでいるのであります」


 俺は軽く額のあたりを手で覆うようにして頭を抱えた。


「証拠が無いだろう?」


「さして重要とは思いませぬ。が、無理強いもできないのであります。明日の試合、楽しみにしているのでありますよ。さて、ゼロ殿、戻りましょうか?」


 スクッと立ち上がると、一礼してチューラは祭りで賑わう広場へと歩き出す。


「俺は……ちょっと考えさせてくれ」


「では、先に戻っているのであります」


 チューラの小さな背中がやけに大きく見える。


 彼は自身の身長ほどもある長剣を背負っていた。


 あの体躯たいくから、いったいどんな技を繰り出すのだろうか。


 勇者に連なる剣術……か。


 別に返してもらうつもりはないが、興味が無いといえば嘘になる。


 もう一度、空を見上げてハッとなった。


「ナビのやつ待ちぼうけしてるかもな」


 来た道を戻るが、先に行ったチューラはすぐにも祭りの雑踏に溶け込むように消えていた。




 やぐらの下で待っていたナビの機嫌を取るのに少々手間取ったものの、残りの時間を二人で祭り見物についやして夜はゆっくりと深まっていくのだった。

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