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前夜祭の再会(前編)

 翌日の試合はリュート使いの猿種ゴクウが相手だった。


「オイラと奏でる音色に酔いな!」


「昨日の試合で色々溜まってるんだ」


 一睨ひとにらみするだけ金毛の小猿は震え上がった。


 結果は――開始七秒KOである。楽器使いの技がどういったものか気になったのだが、まあ、今度別の機会に見せてもらおう。


 その次の試合は白馬種のソーマという槍使いだ。


 普通に強く、普通に戦い、地味ながらも熱戦を繰り広げた。


 勝つには勝ったが、試合がまともすぎて色物成分が物足りないと、魔が差したように思ってしまった自分がちょっぴり嫌になる。


 三戦全勝。Aグループの代表として決勝の舞台に俺があがると予想したものは、ほとんど皆無だったに違いない。




 財布の中身がすっからかんでも、案外生きていけるのは今が共同体のお祭り期間だからかもしれない。


 一躍有名人となり、共同体にある酒場や飯屋に行けば取材だの酒を酌み交わしてみたいだのと、食うに困る気配は微塵も無い。


 俺のAグループ突破で盛大に掛け金をスッた連中ですら「ゴクウの分までがんばれよ友人!」だの「ソーマ様を倒したんだから負けたらタダじゃおかないわよ!」やら、街を歩くだけで声をかけられた。


 あと、牛種の筋骨隆々な方々に尾行されるようにもなり、大変迷惑……もとい、熱烈なファン層ができてありがたいことである。(棒読み)


 決勝前日の夜――共同体地域にある中央広場に出店が並び、祭りが行われた。


 ナビと並んで歩き、買い食いをしながら祭り見物だ。明日の決戦を控えていることもあってか、俺への配慮らしく囲まれてサイン攻めなんてことも今夜は無さそうだ。


 まあ、視線は感じるが別に気にすることもない。否定的なものではなく、明日の戦いがどうなるか、誰もがわくわくと待ちきれない様子だった。


 祭りの参加者たちが火を囲み、盃を掲げて酒樽を次々と空にする。楽器使いたちは本職の演奏技術を披露した。


 軽やかな弦楽器の音色や小鳥のような笛にいつのまにやら輪になって、踊り出す連中も現れる。


「ねえゼロ! 一緒に踊ろうよ」


「いや、俺は今夜はやめておくよ」


「えー! 楽しそうなのに」


「我慢しなくていいから、お前だけでも踊ってくればいいんじゃないか?」


「うん! じゃあ、はぐれちゃったらやぐらの下で待ち合わせだね」


 あれほど俺にべったりだったのが嘘みたいに、ナビは自由にあちこち飛び回る。


 少しだけ寂しい気もするし、目を離したところで何かやらかさないか心配になることもあった。


 それでも今の方が良い。だんだんと、相手への思いやりや配慮ができるようになってきているようだしな。


 さてと……どうしようか。


 どこからか漂う肉のこんがり香ばしく焼ける匂いに腹が鳴った。


 独り、露店通りを歩いてみる。


 多種多様な獣人族に混じって、客はもちろん出店にも、ドワーフやエルフに天使族の姿まであった。


「お! ゼロじゃんこんなとこでなにしてんのさ?」


「そういうお前こそ、一千万メイズの品物を出店で売るのかガーネットさんや」


 シルフィやヘレンにドナとは距離をとっても、いつのまにかガーネットはそばに現れる。


 彼女は地面にござを敷いて、無造作に作品を並べながら真顔で俺に返した。


「いやいや、アウトレットセールってやつさね。この刀なんて出来が良ければ一千万メイズはお代を戴きたいとこだけど、ちょっと彫金ミスったから半額だよ? マジお得じゃない?」


 赤毛を揺らして彼女は力説する。それでも五百万メイズもするだろ。


「祭りの夜店で売る価格じゃないな」


「アタイだってそう思うけど、なんでもやってみなきゃわからないってね。実は槍と戦斧と大鎚の三本が売れたんだよ。びっくりびっくり。モノ好きもいるもんだねぇ」


「出店者が驚くなって!」


 ガーネットの性格からして、勝算あってのことというより気まぐれな参加だろうな。


 ドワーフの女職人は目を細めた。


「つーわけだから、アンタも一つ買ってかないかい?」


「文無しなんだ。悪いな」


 持ち物を売って夜店で買い食いできるくらいは金策したが、とてもガーネットの武器に手は出ない。


 ガーネットはじっと俺の顔を見る。


「なんだろうね。アンタと話してると懐かしい気持ちになるって……会ってまだ二週間くらいなのに」


「二人きりで話すのは初めてじゃないか?」


「そうそう。だから不思議なのさ。無性にアンタのために武器を作ってやりたいって思うんだけど、理由がさっぱりわからなくて。訊いた話じゃ自分の優勝に全財産つぎ込んだんだろ? 勝ったらそのお金をアタイに預けてみないかい?」


 投資しませんかとか、お金を預けてなんて言い出すヤツ。しかも二~三回しか会ったことがないようならいかがわしいことこの上ない。


 が――


 彼女ガーネットに限って詐欺を働こうなんて気はさらさら無いのは、良く知っている。


「そうするよ」


 ガーネットへ目をぱちくりさせた。


「アンタお人好しだね。詐欺かもしれないって少しは警戒しなよ。あのお嬢ちゃんの保護者なんだろ? あ、恋人かい?」


「見る目はある方なんだ。これだけ素晴らしい武器を作れるガーネットだったら、大金を払う価値がある。誰彼かまわず信用してるわけじゃないんだ」


 言うとガーネットは「あっはっは!」と陽気に笑った。


「嬉しい事言ってくれるね。ますます気に入ったよ! 店の場所は岩窟亭で訊けばわかるから、次に会う時はアタイの工房さね」


 ご来店お待ちしてます。と、ガーネットは珍しく敬語を使って俺を送り出した。




 接触は最低限と思っていたのだが、独りで“真理に通じる門”の門番に挑むなら武器は必要だ。


「魔法薬いかがッスか~~!」


 聞き覚えのある懐かしい声に視線を向け直すと、エルフの少女が露店を開いていた。


 ショートボブの金髪から長い耳がピンと伸びる。


「シルフィ……なのか?」


 つい足を止めた。小さな持ち運びできる簡易テーブルに、宝石のような色とりどりの錬金薬や魔法薬が並んでいる。


 まだ彼女は俺に気づいていない。


 いや、気づくはずもないのだ。接点が無いのだから。


 常闇街のドナの元に駆け込んでから、お抱え錬金術師となった彼女の、元気な姿を見られただけでもなぜか……涙がこぼれた。


「おや? そこ行くお兄さん。なんで泣いてるんッスか?」


「え、いや……ちょっと埃が目に入ったみたいでな」


「だったらこの点眼薬がオススメっすよ。視力10.0間違い無し!」


 どういう基準の数値かはわからないが、とてつもなくよく見えるようになりそうな雰囲気だ。


 しかし売り込みまでするようになるなんて、あのシルフィがずいぶん精神的にたくましくなったな。


「悪いが持ち合わせが無いんだ」


「それは残念ッスね」


「ところで俺の事知らないようだが」


「有名な方なんスか?」


「一応、明日の決勝戦進出者だからな」


「へー。ぼくは今夜お祭りがあるっていうんで、自分の名前と薬を売り込むつもりで来たんスよ。闘技大会にはあんまり興味なくて。あっ! 薬瓶のタグに名前と連絡先をつけてあるんで、気に入ったら是非リピート購入お願いするッス」


「買わない相手にお願いするのはどうかと思うぞ」


「それもそうッスね」


 はにかんだようにシルフィは笑う。


「ところで錬金術師みたいだが、ギルドの許可はとってるのか?」


「ぼくは珍しいフリーの錬金術師なんスよ。まあ、後ろ盾あってのことなんスけどね。悪名高き常闇街が今は愛しきわが家ッス」


 満足そうな彼女に干渉するのは……よくないな。


「いかがわしいな」


「そういう薬ももちろん作るッスよ。エロエロな気分になるのとか。もちろん、売る相手はちゃーんと見極めてるッスけど。それでお客さんはどんな薬が欲しいんスかね。あ! ぼく可愛いけど売り物じゃないんで」


 ちゃっかり自分可愛いアピールまでしてから、香水瓶を取り出して言う。


「これからは男も香りで誘惑する時代ッス。クールな薄荷ペパーミントと香り高いカカオをブレンドした、チョコミントコロンがオススメ!」


 甘いのかスースーするのか、よくわからない組み合わせだ。


「犬種は鼻が利きすぎるんで、コロンは苦手なんだ」


「おっと、これは失礼したッスね。じゃあ今日はタグだけ持ってってほしいッス」


 シルフィは「錬金術ギルドは中間マージンがひどいから、ぼくなら格安でお仕事引き受けるッスよ」と、商売ッ気を丸出しで俺にタグを押しつけた。


 一瞬触れた手の感触と温度に、かすかに鼓動が早まる。悟られないよう俺はそそくさと彼女の出店の前から退却した。

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