本戦! ガチ(ムチ)バトル
こちらのやることは決まっている。
大振りな武器を相手にするなら、先に攻撃させて隙を生みだし、懐に潜り込んで拳を叩き込むのだ。
倒し切れそうならラッシュで押し切り、手応えが弱ければ再び距離をとるヒット&アウェイが基本戦術となる。
相対距離はおよそ七メートル。
柄の長い大槌はボンゴの丸太のような腕と相まって、二メートル近い射程といったところか。踏み込んでの一撃もこの距離なら届かない。
無論、こちらの攻撃も同様である。
ボンゴが大槌を振り上げ笑う。
「どうしたよアンちゃん。かかってこいや」
大上段に構えて脇腹まで晒し、ボンゴは鼻息を荒げた。
牛男の足下はべたっとかかとまでついている。ここから機敏なステップで距離をつめたりはしてこないな。
実況席では『両者にらみ合いです!』と、実況とはいえ、あまりに見たまんまのコメントが飛び出した。
ボンゴがわざと攻撃しやすいよう、誘い込むつもりで上段に構えていると解説のムサシが補足した。
どよめく会場。どうやら罠とわかっていても、飛び込むしかないか。場内の空気がそれを望んでいた。
軽くかかとをあげて三回ほどその場で跳ねる。身体のキレは上々だ。
俺はフットワークを使い、左右に身体を揺らしてボンゴの後背に回り込むようにしつつ、距離を詰める。
この足捌きは戦いの中でレパードから盗んだものだ。
のちに彼女からの直接指導もあって、より完成度を高めることができた。
目にもとまらぬ速さではなく、要所要所で相手の視界に印象づけつつ、視線と意識を誘導して目測を誤らせる。
ボンゴからしてみれば、後ろに俺が回り込んだはずが、もう目の前にいるというところだ。
「ぬうおおおおお!」
驚きの声を上げる巨体のみぞおちめがけて拳を下からえぐり込む。
が、鎧のような筋肉が俺の拳打を受け止めた。なるほど無防備なわけだ。
密着寸前のクロスレンジではボンゴの大槌は仇となった。柄の端を握ったまま振り下ろしても、ハンマー部分が炸裂するのは俺の背中より後ろだ。
こちらの打撃に有効性は無く、ボンゴも間合いの都合で武器を振るっても俺に直撃を与えられない。
ファーストコンタクトは引き分け――と、思った瞬間、状況が一変した。
「がっはっはっは! アンちゃん今、一瞬だが緩んだな」
俺の心を見透かすように言いながらボンゴは振り上げた手から大槌を離す。
巨体の後ろに大槌がドスンと落ちた。空いた両手で俺の身体を包むように抱きしめる。
やばい。これは想定外だ。
完全に密着状態になった。そのまま倒れ込んで俺の上からのしかかる。
マウントポジションか。背中側には闘技場の石床。上からは巨体がのしかかり逃げ場無し。
馬乗りになられて身体を起こされ、ボンゴに拳を振るわれたら流石にまずい。
こちらからボンゴの後背に腕を回して抱きついた。組み付きやすいオープンフィンガータイプの手甲にして正解だったと思った反面――
オッサンの汗ばんだピチピチな肉体がむあっとにおいたつ。
鼻の利く自分の種族を呪った。
「良い判断だなアンちゃんよぉ。ちょっとでもその手から力を抜いたら終わりだぜ。だがなぁ……ワシのプレスにどこまで耐えられるよ?」
こ、こいつ最初から大槌使う気無かったんじゃないか!?
ボンゴの方から俺の全身を締め付けるようにして密着してきた。
死にたい。やめろ。股間を押しつけてくるんじゃねえええええ!
ボンゴは口を開けて舌をべろんと出した。
「ほうれぇ! 衆人環視の中でワシに陵辱されるのはたまらんだろうに。その腕を離せば楽に殴り倒してやるぞぉ」
ハァハァと呼吸を荒げ、ヨダレを垂れ流してボンゴは恍惚の表情だ。
客席は水を打ったように静かになり、実況が言葉を失う中――
『ゼロは賢明な判断をしたと言えるだろう。互いに胸が密着しあうあの距離では、拳を振るう隙間も生まれない』
『な、なるほど! お互い愛し合って抱き合っているというわけではないのですね! ゼロ選手とボンゴ選手に禁断の感情が生まれたのではないと?』
実況まで鼻息荒いぞ。
『無論だ』
『そのような可能性に発展するやもしれませんが、いかがでしょうムサシさん』
『一つ言えるとすれば、貴方は実況に不向きということだろう』
『し、失礼しました! え、ええと……では現状はゼロ選手が上手くやっていると?』
『安心するのは早い。ボンゴは張り付くゼロの体力をのしかかりで奪い、密着が解けた瞬間に馬乗りからの乱打で決めることができる。一方、ゼロは耐えるよりほか無い』
男同士がステージ真ん中で抱き合うという、客席の期待していた攻防とはほど遠いものだが、静まりどよめく場内に俺の名を呼ぶ声が響いた。
「ゼロしっかりして! 負けたら全財産がなくなって破滅だよ!」
ちらりとそちらに首を向けると、ナビが今にも泣き出しそうな顔をしていた。
泣きたいのはこっちである。
その隣でガーネットは客席販売員から勝った麦酒をあおっては、場外の屋台でしこたま買い込んできたであろう、焼いた肉串にかぶりついている。
いやガーネットだけではない。
俺の応援団(?)の全員が、酒盛りを初めていた。
「オラ負けんじゃねーぞ! せっかく弓教えてやったんだからよぉ! 距離とれ距離!」
第一に弓を持ち込んでいない。第二に見ればわかるでしょ? 距離とれるわけないでしょ? リンドウはあとでシメよう。
「男同士が汗だくになって抱き合うなどとは、眼福にございます。もっと腰をお使いください。そこです! もっと激しく!」
レパードもすでにガーネットのペースに巻き込まれて酔っ払っているようだった。ドナに苦情を出さなければ。
「いいわぁうらやましいわぁ絡み合う二人がたまらないわぁ。もうパンツ脱いじゃいなさいよ! というか脱がせて! 早く! ゼロの身体も見たいわ!」
鞭使いの蛇――ヴァイスの反応はまあ、平常通りとも言えるので逆に腹も立たない。が、やっぱりあとで殺す。死なない程度に。
「…………」
何か言って! 門番オークグラハムさんや! あんただけがまともなんだ。熱い視線を向けて、どことなくうらやましそうな顔とかしないで。ガチっぽいでしょ。
だめだ……まともに応援してくれるのはナビだけで、ウワバミと鳥頭バカと腐れ猫科とオカマ蛇とガチオークは役立たずどころの騒ぎじゃない。
そうこうしている間にも、ますますボンゴの身体はヌルヌルと汗やらなんやらでウェッティさが増しつつあった。
ボンゴが呼吸をますます荒くする。
「ハァ……ハァ……なんかワシ……目覚めそう!」
瞳がキラリと輝いた。
眠っててくれ頼むから。
クソッ! この窮地からどうやって脱すればいいんだ。
俺は意識した。あの“世界から色が消えて時の潮流が極限まで緩やかになる”感覚を思い出す。
世界がグレースケールで統一された。
ボンゴの息づかいがゆっくりとしたものになる。時は……限り無く遅く流れ始めた。
こ、これはッ!?
単に辛く苦しい時間が延びただけだ。
解除! はい解除即解除!
現状維持こそ地獄だ。
いっそこちらから腕を離して殴られる方がマシか。しがみつくのを俺がやめたのに――
「な、なあアンちゃん。この試合が終わったら、またワシと……あ、会ってくれんか!?」
「嫌です」
つい敬語で返してしまった。
「そんなこと言わずになぁ! なんかアンちゃんに抱きつかれてるうちに、独り身の寂しさとか将来への漠然とした不安とか、故郷に帰る場所も居場所もないこととか、大槌を極められるのかとか、ワシの中のありとあらゆる負の感情が消えていったんだわコレが。じつは不眠症でな。アンちゃんを抱きながらなら安眠熟睡できると思うんで一晩いくらなら会ってくれる!?」
「度数の強い酒を記憶が無くなるまで浴びるほど呑んで寝てくれ」
「ワシにはアンちゃんが……ゼロの方が強い酒よりストロングに効くから!」
それ以上やめろマジで危ないから。誰がストロングなゼロだバカ。
今まで美女美少女に囲まれ続けた反動なのか、男にまで求められるなんてこんな状況は間違っている。
掴んでいた手を離しても、ボンゴののしかかりプレスは解除されない。
両手が自由になったものの、ボンゴの脇腹に拳を叩きつけても筋肉鎧はビクともせず――
「おうッ! おうッ! もっと! もっと激しく突かねばワシはイかんぞ!」
もうやだ助けて。
ああ、だんだんと意識がもうろうとしてきた。息苦しい。暑苦しい。むさ苦しいの三重苦だ。
拳を握る握力もなくなり、このまま無抵抗に蒸し殺されるのを待つしかないのだろうか。
なんとか引き剥がそうと開いた手でボンゴの身体を押し返そうとしたが、ヤツの汗で手がすべって指先がボンゴの脇腹をかすめるように撫でた。
「ふはっ! ひゃっ! やめ! ちょ、ま、待て若人よ!」
ん? 今なんか妙な反応をしたな。
もしかしてこいつ……くすぐりに弱いんじゃないか?
俺は魔法を改編する時のように、指先を踊らせて楽器をつま弾くがごとく、ボンゴの脇腹をくすぐった。
「――ッ!?」
俺を固める両腕の力が緩む。間違い無い。こいつ……(脇が)弱いぞ!
思いっきり笑わせて力を弱め、引き離したところで過呼吸に陥っているボンゴに蹴りを食らわせる。あご先を横軸方向にズラすような蹴りは、ボンゴの脳幹を揺らして肉体と意識を一瞬だけ断ち切った。
ガクりと膝から崩れて意識を失ったボンゴが、すぐに担架で運ばれていく。
対戦中、ストップをかけなかった審判の虎男が俺の腕をとり掲げた。
「勝者……ゼロッ!」
地獄のような初陣だったが、なんとか勝利で飾ることができたようだ。
さてと……とりあえず勝って一安心だが、まずは応援席の応援できてないブラザーズ&シスターズに説教だな。
翌日の試合はリュート使いの猿種ゴクウが相手だった。
「オイラと奏でる音色に酔いな!」
「昨日の試合で色々溜まってるんだ」
一睨みするだけ金毛の小猿は震え上がった。
結果は――開始七秒KOである。楽器使いの技がどういったものか気になったのだが、まあ、今度別の機会に見せてもらおう。
その次の試合は白馬種のソーマという槍使いだ。
普通に強く、普通に戦い、地味ながらも熱戦を繰り広げた。
勝つには勝ったが、試合がまともすぎて色物成分が物足りないと、魔が差したように思ってしまった自分がちょっぴり嫌になる。
三戦全勝。Aグループの代表として決勝の舞台に俺があがると予想したものは、ほとんど皆無だったに違いない。
お昼にやるネタではなかったと思っている(でもやる)




