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壮行会

 予選突破から二週間――


 すべての予選が終わり、本戦出場者が確定した。


 なぜか俺の元には、森で倒した面々が代わる代わるやってくるようになった。


 目的は指導である。場所は借家からすぐのひらけた丘の上だ。


 ナビも一緒についてきたのだが、弓には興味がない……というか、魔法があるので武技スキルには興味がないという感じだ。


 弓使いのリンドウは「オレに勝ったやつが優勝すりゃあ、事実上オレは二位だろ?」と、前向きかつ自分勝手な言い分で弓術を教えてくれた。


 俺を少しでも強くしたいというのである。


 即席指導の弓術など付け焼き刃で実戦に使えるレベルにはほど遠い……と思いきや、リンドウ曰く俺の目は彼の師匠エルフ並みだとか。


 エルフの目を使っているというのは秘密だ。


 弓を引く膂力りょりょくも充分で、移動する標的の軌道を先読みして、狙いを定める筋が良いと褒められてしまった。


 蛇種の鞭使い――ヴァイスがやってきたのは意外だが、彼女もとい彼もまた、リンドウと同じように俺を強くしたいらしい。


「あらん器用じゃない。両手に鞭なんてねぇ」


 不思議と左右で鞭を振るうのが俺にはできてしまった。ある意味、一本で勝負する師匠ヴァイス越えの器用さだ。


 ただ、ヴァイスのように鞭を変幻自在に操るとまではいかず、左右の動きに関しては鏡映しの対象という感じになった。


 それでも弓と同じく、素人とは思えない鞭さばきとはヴァイスの評価である。


 不思議なことに鞭ながらも二刀流がしっくりきたのは、左右の手で魔法を使える特異体質が関係するからだろうか。


 一通り教え終わると――


「教えてあげたお礼に、さっそくそのテクニックでアタシをお仕置きしてちょーだいな」


 と、鞭使いは腰をくねらせ俺に迫った。


 途端にナビが中級炎撃魔法ファイアストームを撃ちそうになり、俺がその魔法を魔法障壁マジルシドで防いでヴァイスに「逃げろ! 焼き殺されるぞ!」と叫んだのは、良い思い出だ。


 斧使いの門番オーク――グラハムとは飲み友達になった。


 戦斧の扱いを教えてくれるのはありがたいのだが、どの攻撃も一撃で致命傷を与える処刑技という印象だ。


 というわけで、オーク流誰でも簡単首のね方を伝授された。まだ武技スキルとしての手応えはないのだが、魔物相手に酷使していこう。


 一番長く俺に技を教えてくれたのは、かつての兄弟子レパードだ。


 本戦の総当たり戦が始まる前日まで、残る日数を彼女との組み手に費やした。


 実戦と比べるとゆっくりとした応酬で、スローモーションがかってみえる。


 ナビは俺とレパードのやりとりにあくび混じりだ。


「ふああぁ。なんでそんなにゆっくりなんだい? パンチにハエが止まっちゃうよ?」


 レパードが苦笑する。


「本気で打ち合っては私に太刀打ちできませんから」


 あくまで“相手の動きにどう対処するか?”を、一つ一つ丁寧に確認していくような作業である。


 レパードの拳打を手のひらでいなしつつ俺は返した。


「助かるよ。生身の相手がいると間合いも呼吸もとりやすいし」


 黒豹は目を細めた。


「ではベッドでもお相手いたしましょうか?」


 途端にナビが中級炎撃魔法ファイアストームの発射態勢に入ったのは言わずもがな。


 レパードが「大人のジョークですよ」と説明しても、ナビは終始彼女を警戒しっぱなしだ。


「なあナビ。いきなり炎撃魔法はだめだぞ」


「雷撃魔法ならいいのかい?」


 目をキラキラさせるナビに溜息が漏れた。


 獣人族の姿になってからしばらく、猫だった頃より落ちつきはしたのだが、どうにも俺に迫る者には異性同性限らずナビは牙を剥きがちだ。


「ナビは俺をどうしたいんだ?」


「ボクはキミとずっと一緒にいたいよ。だから、誰かにキミがとられちゃうかもって思うと……つい力が入ってしまうのさ」


「俺がいなくなるとでも思ってるのか?」


「そうならないことをいつも心の中で祈ってるよ」


 尻尾を揺らすナビを見てレパードが「今さらではありますが、お二人は恋人同士なのですか?」と、首をかしげた。


 それだけでナビは上機嫌に尻尾をピンっと立ててブルリと震える。


「ち、違うよ。そういう関係じゃないからね」


「左様ですか。初々しいですね。良いものを見せていただきました」


 なにやらレパードが勝手に“察して”しまったが、ナビとこれ以上の衝突は無さそうで一安心だ。




 本戦前日――


 門番オークのグラハムが音頭を取って、俺とナビは鍛冶職人街にある岩窟亭に招待された。


 明日からの戦いの英気を養う壮行会だそうだ。


 同席したレパードにリンドウとヴァイスとともに、酒を酌み交わした。


 と、そこに赤毛のドワーフがやってくる。


「おっ! なんだか不思議なメンツだねぇ。楽しそうじゃないさ。どういう集まりだい?」


 ガーネットだった。女鍛冶職人は独り飲みをしていたらしく、麦酒のピッチャー片手に勝手に合流してしまった。


 柑橘果汁のグラスを両手で持って、ナビがガーネットをじっと見つめる。


「もしかしてゼロを狙ってるのかい?」


「ん? ゼロってのはアンタのいい人みたいだね。乙女の顔になってるよお嬢ちゃん」


「はうぅ」


 ナビも酒を手にしたガーネット相手には形無しだな。


 俺はさらりと同席するメンツを紹介した。が、レパードはガーネットの事を知っているらしい。常闇街にも赤毛の名工の噂は響いているようだ。


 弓使いのリンドウはといえば、彼の師匠がガーネットの顧客だった。


「マジであのガーネットさんなのか! オレにも弓作ってくださいよ!」


「いいけど高いよ? 一流の職人の仕事には、それに見合う対価が必要なのさ」


 試しにガーネットからされた額に「0が多い!? 二つ減らしてくださいよ!」と、リンドウは泣き言を返した。


 まあ、ガーネットへの依頼料としては妥当な額だ。と、思ってしまう俺の金銭感覚も、けっこう麻痺しているな。


 ヴァイスは度数の高い蒸留酒をチロチロ舐めつつ「キャラかぶってるわね失礼しちゃうわ」と不機嫌そうだ。


 大丈夫。お前中身はオッサンだからな。差別か区別かできてるぞ。


 最後に俺自身をガーネットに紹介した。


「俺はゼロ。明日からの闘技大会の本戦出場者だ」


「へー。そういやうちのお得意さんも、毎年楽しみにしてたっけね。これも何かの縁だし、応援するよ」


「ところでつかぬことを訊くが……長く地下迷宮世界にいて故郷が恋しくなったりしないのか?」


「実は一回帰ったんだけどさ。なんか妙に引っかかってね。まだ、ここで何かやれるんじゃないか……って。やり残したことがあるような……うまく言えないんだけどねぇ」


 運命が……変わっているのだろうか?


 ガーネットが残る流れになっていた。


 赤毛を揺らして彼女はピッチャーで麦酒を二つ頼むと、本日の幹事にして門番オークのグラハムに片方を渡す。


「一度オークと勝負してみたかったんだよ。アンタも男ならもちろん受けてくれるだろうね?」


「ぐっ……ぬう。明日のゼロの戦いを前にしての前哨戦か。受けて立つ」


 酒宴の主役をすっかり奪われ、俺は傷だらけのオークと赤毛褐色の美女の勝負を傍観した。


 三十分でグラハムが潰れてしまい、ガーネットは上機嫌だ。


「あっはっは! なんだい図体デカいくせに情けないねぇ」


 今のガーネットは俺を意識していない。楽しげな集まりを見つけて混ざってきただけだ。


 ふと、金色の瞳が俺に向いた。空になったピッチャーを片手に女ドワーフは言う。


「ホントはアンタとも飲み比べしたいけど、明日は大切な試合だしね。勝ったらいっぱいおごらせておくれよ。さぁてと、ちょっと火照ってきちまったんで、夜風にでも当たってくるかねぇ」


 ドンっとテーブルにピッチャーを置き、自分が呑んだ分の倍の酒代を残してガーネットはゆったりとした足取りで岩窟亭を後にした。


 気前が良いのも相変わらずだ。


 ナビが去りゆく赤毛の背中を見つめてから俺に訊く。


「ゼロはあんな感じのカッコイイ女の人が好きなのかい?」


「好きだな。ああいう生き方も含めて」


「よーし。じゃあボクもかっこよくなるね」


 無理だろお前じゃ。


 そのやる気が空回りして大事にならないことを、切に祈るばかりだ。


 まあ、本当に何かやらかしそうになった時には、きちっと俺が止めてやらないとな。


 導く者の保護者として。

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