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殺し合いと試合じゃ勝手が違う

 長いほど扱い難いだろうに、それを易々と振り回して自身の周囲に無造作に叩きつける。


 試しに地面に転がっていた小石を投げてみたが、鞭使いは鼻で笑いながら投石を鞭で打ち返した。


 狙って打ち落としたというのなら、まさに手足のごとく得物を扱っているということだな。


 なるほど――


「ということなら与しやすい」


 独り言のように呟く俺に鞭使いは「あらん? あまりの恐怖におかしくなっちゃったの? キャンキャン吼えさせてあげるわよぉん」と、上機嫌だ。


 剃刀かみそりのような切れ味で空を斬り、肉をこそぎ落とすような勢いで地面を穿つ鞭の嵐に俺は自ら飛び込んだ。


 一本の鞭とは思えない。無数に枝分かれして一本一本が意志を持ち、俺に噛みつく多頭大蛇オロチのようだ。


 再び視界は灰色に染まり、世界の時はその流れを緩やかなものに変えた。


 肉体が意識の命令についてこない。まるで水中で動くような感覚は、時の水圧の桶に頭の先まで浸けられたようだ。


 だが、泳ぎ切る。時間の流れに抵抗せず、圧力を受け流すイメージで。


 どうして時間を水のように感じたかは自分でもわからない。


 だが、自然と身体が動くのだ。


 鞭を避ける。いや、避けるという意識よりも、鞭による攻撃が成功する時間の流れから外れるという方が正しいかもしれない。


 俺は鞭使いの“攻撃が成功する”という、可能性を摘み取りながら間合いを詰める。


 ゆっくりと鞭使いの目が開いていった。口も唖然と開いたままだ。


 その顔面めがけて俺は握った拳を叩きつけた。




 ズガンッ!




 重い轟音とともに、蛇使いの身体は吹き飛んで後方の泉に着水した。


 浅瀬で仰向けにひっくり返ったまま、蛇使いは白目を剥く。近づいて呼吸があると確認すると、俺はゆっくりと息を吐いた。


 間違い無い。魔法とも違う何かが俺の中で目覚めつつある。


 ただ、意識して発動させることはできないようだ。


「次の相手を探すか」


 俺は再び森の奥へと分け入った。




 再び森がひらける。


 そこら中、切り株だらけだった。刃の丸められた鈍器のような大戦斧を担いだ、二メートル越えの巨漢が俺と対峙する。


 オークだ。全身傷だらけで獣の毛皮をかぶったオークには見覚えがあった。


 ドナの宮殿の門を守る男だ。


 レパードといい、常闇街のドナの警護は大丈夫なのだろうかと思ったが、考えてみればドナの強さはレパードを片手でひねるレベルだったな。


 オークの門番は牙を剥いて身構える。


「参加者も絞られてきたな。ここまで残った事を後悔させてやろう」


「あんた仕事はいいのか? レパードもいないんじゃ宮殿の守りが心配だろうに」


「ドナ様の許しがなくばここにはおらぬよ、白魔導士殿」


 獣人族になってからは一度すれちがったくらいだが、俺のことは覚えていたらしい。


 こちらも身構えた。


 門番オークは身体をぐっとひねって力を溜めると、間合いも詰めずに全力で振るう。


 いかに柄の長い大戦斧だろうと、その間合いの外にいれば届きはしないのだが――


 衝撃波が風の刃となって周囲の木々の幹を伐採しながら、俺の目前に迫った。


 見えない一撃を、身をかがめてやりすごす。


 背中を風圧がぶわりと撫でて通り過ぎ、俺の背後の大樹が崩れるように倒れた。


 すでに無数にできあがった切り株の高さは、ほぼ一メートルほどで揃っている。


 しゃがめば当たらないということだ。


 当たってどうなるかは木々の惨状からして知るべし。


 とはいえ、ひとまず抗議だけはしておこう。


「当たったら死ぬんじゃないか?」


「では去ることだな」


 確かに切り株だらけではあるが、オークの周囲には血の一滴も落ちていない。


 俺は鼻を利かせた。


 オークからも血の匂いは微塵みじんも無く、どうやら誰も倒していないようだ。


 時間いっぱいまで生き残るのが予選の第一目標と考えれば、固定砲台化してその威力を見せつけ、戦わずして勝つというのも立派な戦術だな。


 俺は立ち上がると両手を軽く前に出すようにして構え直した。


 本来なら女傑クインドナ流の猫の構えは、自然体こそがどんな状況変化にも対応できる“最良”という考え方だが、相手が何をしてくるのかわかっている場合は、例に漏れる。


「もう一度撃ってこいよ」


「怪我では済まないと警告はした。こちらが失格を恐れると考えるのであれば、駆け引きは無意味だ。白魔導士殿には悪いが、この手はすでにどす黒く染まっている」


「そんな男が闘技大会に参加するってのは不思議だな」


「この顔も身体の傷も見ればほとんどの者が恐怖する……が、それだけでは足りなくなってきたのでな」


 錬金術ギルドからちょっかいを出されているのは変わらずか。黙らせるためにも武力を示すのに、闘技大会は絶好の機会ということらしい。


 優勝すれば武力を示すことができる。


 一人殺して失格でも、その噂がドナを守る盾となる。


 俺はゆっくりと息を吐いた。


「あんたみたいな男とやり合うのは気が引けるが、今はその強さが俺には必要なんだ」


「退く気は無い……か。マリアの事もあるが残念だ」


「いいや。あんたには悪いが残念なことにはならないし、これ以上あんたが誰かを殺すこともなくなるよ」


「まるで救ってくれるとでも言いたげだな。ならば示せ……おのが力を」


 再び全身を竜巻のようにひねって力を溜め、大戦斧を振るい真空刃を解き放つ。


 その刃の軌道と高さを確認し、軽く手を開いて腰を落とした。


 瞬間――


 烈風が刃となって水平に俺の胴体を薙ぎにかかる。


 再び世界から色が消えた。時は極限まで緩やかに、まるで流れをせき止められたように流れず淀む。


 空気の歪みに目をこらした。門番オークの大戦斧から放たれたのは、薄い三日月状の空圧の刃だ。


 薄氷のようなそれを、両手で上下から挟むようにして叩き……割るッ!




 パアアアアアアアンッ!




 風船が割れたような衝撃波が広がり、草木の枝葉を揺らした。


 大戦斧の一撃を放った門番オークは唖然としている。


 俺の胴体が二つに分かたれていないことに驚いたらしい。


「どうやって……」


「音速の衝撃波をぶつけてやったのさ。降参するかい?」


 オークは戦斧を肩に担いで笑う。


「ふは……ふはははははっ! 白魔導士殿と呼ぶのはやめよう。戦士よ……久しぶりに血が沸騰しそうだ」


 その場から動こうとしなかった門番オークが、俺に向けて一歩を踏み出した。次の一歩がテンポを速め、三歩四歩と近づいて五歩目にして俺を大戦斧の射程に捉える。


 こちらも戦斧の大振りながらもはやい一撃をかわして懐に飛び込み、厚いオークの胸板に拳打を浴びせた。


 よろけるオーク。だが、ふんばり耐えて再び戦斧がひらめく。


 フェイントなど無しの最短コースで俺の首を刈り刎ねる一撃だ。


 活き活きとした、喜びに溢れた門番オークにしばらく付き合うことにした。


 俺の拳打を受けてますますオークは喜び、殺気をみなぎらせて次の斧の一撃が一層鋭くなった。


「そんな顔で笑えるんだな」


「自分よりも強い相手と戦うなどドナ様以来だ」


 二手、三手と互いに致命傷への布石を置き、最後の一撃ははからずもカウンターとなった。


 オークの渾身の幹竹割りを紙一重で避けつつ、俺の掌底が相手のあごをかち上げる。


 上から下へと振り下ろしたオークの勢いは、そのまま彼自身に牙を剥いた。




 ズガンッ!




 巨体が浮き上がりオークはその手から得物を離すと、そのまま背中側から地面に倒れる。


 衝撃で脳を揺らしたので、しばらくは意識が戻らないだろうな。


 俺は冷や汗に濡れた額を腕で拭うと、仰向けのオークの顔を確認した。


 倒されたというのに、出し切ってすがすがしい……そんな顔に見えた。


 そして――


 ほどなくして森の上空に制限時間終了を告げる花火が打ち上がった。


 何人がこの森で生き残ったかと思いながら入り口まで戻ると、ナビが駆け寄ってくる。


「おめでとうゼロ! キミが予選の優勝者みたいだよ!」


 俺以外にも時間いっぱいまで生き残った連中はいたのだが、レパードにリンドウ。蛇種の鞭使いに門番オークと、強豪を撃破した俺と決勝行きをかけて試合をしようという者は、一人もいなかったようだ。


 ナビとハイタッチをかわして、俺は次のラウンドにコマを進めた。

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