時使い
樹上を飛翔滑空して移動しながら、上空に向けて矢を放つリンドウ。
地上の俺には見当違いながらも、すぐに理解できた。
空中で弧を描いて矢が俺めがけて落ちてくるのだ。
「ホーミングアローッ! ってね」
どうやらリンドウのスキルらしい。矢の落下点からバックステップで距離をとると、地上すれすれで矢の向きが変わって俺めがけて追尾してきた。
リンドウが笑う。
「そいつは兄ちゃんに当たるまで追い回すぜぇ」
「まあ、そういうことなら」
冷静に軌道を読み切り、心臓めがけて飛び込んでくる矢を掴む。
ぐいぐいと俺の胸に食い込もうとする矢の勢いが止まったところで投げ捨てた。
どうやら掴んでしばらくすれば、武器スキルの追尾も解けるらしい。
「ヒュー! けどよぉ兄ちゃん。これならどうだい?」
高い木の枝に立って、リンドウは矢筒から三本の矢を抜くなり天に放った。
同様に、かつ同時に三本の矢が牙を剥き、頭上に降ってくる。
リンドウは勝ち誇った。
「両手で一本ずつ止めても、確実に一発は食らうって寸法だぜ! 詰んだな兄ちゃん!」
「三本同時が限界か?」
両手で一本ずつ掴み、飛んできた最後の一矢を俺は――喰い折った。
口で矢のシャフトに噛みついて止めたのだ。
リンドウの表情が引き締まった。
「マジかよ。兄ちゃん……なにもんだ?」
「俺はただの流れ者さ」
流れ流され幾度となくやり直してここにたどり着いたのだ。
リンドウは矢を五本つがえた。
「いままいったわ。師匠にゃやるなと言われてんだが……どうやら限界までいくっきゃねぇな」
五本の弓を天へと放ちリンドウは叫ぶ。
「アローレインだゴルァッ!」
三本の矢ほど統制はとれておらず、五本の追尾矢がバラバラと五月雨のように降り注いだ。
さらにリンドウは一矢を弓につがえていた。
「スナイピングアローッ!」
俺が二本を左右の手で止めて、一本を噛みついて折り、残り二本の矢を足に受けて動きが完全に止まったところに、リンドウ渾身の一撃が飛んでくる。
獲られた。
そう覚悟した瞬間、世界が色を失った。灰色だ。まるで時間の流れが緩まったような感覚だった。
身体の反応も遅いが意識だけはそのままだ。
両手から掴んだ矢を離し、一直線に俺めがけて飛ぶスナイピングアローが胸先につくかというところで、完全に時間が止まった。
なんだこの感覚は。
深く考えている場合じゃない。が、俺はその矢を掴んで止める。
再び世界が色を取り戻した瞬間――
「うそ……だろ? あのタイミングなら100%兄ちゃんを撃ち抜いていたはずだ!」
リンドウの言葉に俺も概ね合意だ。
避けることも防ぐこともできない、完璧な一撃だった。
俺の手のひらでジュウとシャフトが煙をあげて、超高速の矢は止まった。
見上げて返す。
「悪いがもう一発撃ってくれないか」
もう一度、今の感覚を試してみたい。というのが本音だ。
リンドウは翼を広げると、なぜかゆらりと地上に降りてきた。
地の利を捨ててどうするつもりだ?
「兄ちゃん……いや、ゼロだったな。名前は覚えたぜ」
「お前に勝ったら覚えてくれるんじゃなかったのか?」
リンドウは軽く頬を指で掻くようにして、弓を俺に見せた。
「オレの愛用の弓ならもっと撃てるんだがな。やっぱ借り物じゃ無茶できねぇや」
弦が切れ弓の本体にも亀裂が入っている。
つまり戦闘続行不能ということだ。自称鳥人族の天使族は溜息交じりに苦笑いだ。
「はぁぁ……今年は決勝まで残れると思ったんだけどなぁ。つうかゼロ……今回初参加か?」 矢を手放して俺は頷く。足にヒットした矢のダメージは、オークの超回復力によって早くも動ける程度には治ってきた。
「リンドウの本気はこんなもんじゃないんだな」
「ま、それを言い出したらお互い様ってヤツよ。オレを超えてくんだ。絶対に決勝に残れよ」
ゆったりとした足取りで俺の元にやってくると、リンドウは軽く握った拳を突き出した。
俺も拳を握ってリンドウのそれに軽くコツンと当てる。
「んじゃあな! ハァ……また師匠にドヤされるぜ」
森の出口方面に向かうリンドウの背中を見ながら、俺は思う。
あの時間の流れが緩やかになり、止まる感覚が無ければやられていたのはこちらだ。
時間――
やり直せる再生の力と、なにか関係があるのだろうか?
レパードとリンドウに比べれば、その後に遭遇した連中は数枚落ちるレベルだった。
時間が止まるような感覚も再現されることはなく、ほとんどワンパンKOで済ませていった。
男ばかりで助かったな。男女関係なく平等にぶん殴らねばと思っていたのだが、どうにも俺は女に弱い。
正確な時刻はわからないが、開始から一時間ほどが経過した。
森の中で倒されてノビている連中が散見される中、上半身裸にひん剥かれて全身蚯蚓脹れに打たれた敗者が増えてきた。
森の中にぽっかりあいた泉のそばに、ピッチリと身体を包んだレザースーツ姿の女が鞭を手にして俺に声を掛けてくる。
「あらぁんいい男ね。ちょっと休憩してたんだけど、大歓迎よん♪ どうかしらアタシと遊ばない?」
訂正。声が太い。よくみれば股間のあたりが膨らんでいた。どうやら心は女で身体は男の可能性が高い。
手にした鞭を軽々振るう。その肌には所々鱗がついていた。
口からチロチロと出る舌は爬虫類的だ。
街ではあまり見ない蛇種の獣人族だろう。ここに来るまで引ん剝かれて倒れていた連中をみるに、コイツがやったに違いない。
拳闘士に弓術士に続いて、鞭使いとは対戦者のバリエーションが豊かだな。
俺は軽く開いた手に拳をパアンッ! と、当てて鞭使いの蛇男と対峙した。
「いいぜ。やろうか?」
「そうこなくっちゃぁ♪」
太い声で甘く鳴くと、鞭使いは地面の土をえぐるように鞭をしならせた。