武器種の数だけスキルあり
翌日の朝――
さっそく参加の手続きをしに、俺とナビは受付会場に向かった。
普段は倉庫だが、大会期間中は受付がおかれた石造りの建物が受付の場として開かれていた。
長机の前に、どこかで見たことのある狐種の少女が帳簿を手にして立っている。
俺と目が合うなり、ふんわりとホイップしたクリームのような尻尾が揺れた。
「闘技大会参加の申し込みですかお客様?」
ナビがぷくっとほっぺたを膨らませる。
「何を不満なんだお前は」
「べ、別に不満なんてないよ。ただ、あの狐の女の子がゼロをじっと見てるから、もしかしたらゼロのことを好きになっちゃったんじゃないかって思って」
「なんでそういう帰結になるんだ」
単に仕事熱心なだけだろう。近づいてみれば狐の少女は岩窟亭で給仕の仕事をしている娘だった。
「ではこちらの机で参加の申し込みをお願いします。参加費用は一律10800メイズです」
金を取るのかよ。まあ、それくらいなら別にいいんだが。
用紙に名前と住居と参加経歴などを書いて提出すると、狐少女は目を輝かせた。
「今年初めて参加ですね。でしたらいくつか説明しますねお客様」
「別に客じゃないだろ」
「あ! それもそうですねお客さ……ええと、ゼロさんですね」
どうも接客癖が抜けないらしい。俺が笑うと狐少女も少しだけ恥ずかしそうに笑った。
ナビが「ゼロはすぐ女の子と仲良くなるんだから」と、俺の尻尾を引っ張る。
「地味に痛いからやめてくれ」
「ご、ごめんねゼロ。だけどなんだか、ゼロが他の誰かに取られちゃう気がして」
「俺は誰の所有物でもないぞ」
狐少女は目を細めて「仲がよろしいんですね。恋人同士なんてうらやましいです」と言う。
途端にナビは「この子はとっても良い子だから許してあげるよ」と、上から目線で上機嫌になった。
狐少女に連れられて倉庫の中に通される。
そこには武器がずらりと並んでいた。種類が多い。
「武器庫だなこりゃ」
ナビがラックに並んだ剣を手にとる。
「けど刃引きされてるね」
あくまで大会は試合なので、武器は殺傷力を抑えて威力なども整えている――とは、狐少女の説明だ。
それにしても、武器といったいいのかわからんがリュートや竪琴といった楽器まであるぞ。
「なあ、あの楽器も武器なのか?」
狐少女は尻尾を振った。
「ええ。もちろんですお客様。打撃武器として用いられるロックな方もいますが、特別な音色を奏でることで音響波という技を操る種族もいますから」
ナビに視線を向けると「そういう技の使い手がいるのは訊いたことがあるけど、見たことはないね」と、導く者らしく言う。
エヘンと胸を張ってドヤ顔で。猫の時もきっとこんな顔をしていたのだろう。少し可愛いなと思ってしまった。
他の武器も見せてもらったが、同時に狐少女から解説もされた。
「身体の大きさに合わせて武器のサイズもまちまちですが、大別すると十二種類に分かれます」
まずは剣。直剣曲剣片刃剣に大剣からナイフまで、剣の種類は多種多様にして剣技も千変万化だという。
勇者が邪神を打ち倒したのも剣だったな。
槍はポールウェポン全般といったところだ。斧槍など振り回すものから、刺突に特化したものまで。もちろん刃引きされている。達人に扱わせればその間合いをかいくぐるのは至難だ。
斧は手斧から両手で持って扱う大戦斧まで、一撃の重さは剣や槍に勝る威力を誇る。小柄な女の子が自分の身体より大きな斧を持っているとか萌えますよね。と、狐少女が言った。腕に自信さえあれば、性別年齢身体の大きさは関係なしの大会だ……とも。
鞭まであった。刃をつけたソードウィップなどもあるのだが、変則的な打撃武器だ。柔軟に生き物のような動きをさせることで、見切るのが難しいな。
拳のジャンルはナックルガードや手甲に刃やスパイクのついた爪系などが並んだ。獣人族の中でも、ルーツとなった獣が爪を使うことに長けていると、自然とこの系統の武器がマッチするという。
女傑流格闘術“猫の構え”との相性が良いのはコレだ。現在の俺とナビの戦闘における基礎とも言えた。他の武器に浮気をしないなら、拳を選ぶのが妥当かもしれない。
倉庫の奥の壁際に、巨大な塊がずらりと並ぶ。槌のジャンルだ。金属製のものもあり、ガーネットが使っていたのは鎚だが、片手で扱うグラブ系だけでなく、俺がオークの頃に使っていた巨大戦鎚サイズのものまで揃っていた。
狐少女曰く――平均勝率が高いとのことだ。刃引きされても基本、槌も鎚も戦い方は変わらない。他の武器よりも使い勝手に変化が無い分、闘技大会では有利なのだとか。
続けて弓。遠距離攻撃武器だ。閉所で斧槍を振り回せないように、いくつかの武器については大会のルール上、不利を被るらしい。持ち込める矢の数に制限はないが、あまり多く持っても動きにくくなる。そのうえ、闘技大会は街の北にあるという遺跡のコロシアムで行うという。平坦なステージで隠れる場所もないのだとか。隠れて樹上から撃ち抜くといった弓の隠密性や遠距離攻撃性能を発揮できないが、一方的に相手の攻撃範囲外から矢を浴びせ続ける使い手もいるのだとか。
倉庫内には杖もあったが、どれも魔法の杖という感じではない。刃のない長い棒で、相手の攻撃を受けてカウンターで打撃を与える防御に秀でた武器だとか。中にはチェーンで繋いだ三節棍やト型のトンファーという変わった形状のものもあった。
投の武器というものもある。手に持って戦うこともできるが、場合によっては投げて攻撃も可能な小型武器全般だ。クナイというナイフや円月輪といったリング状の武器など、使い手の応用次第で遠近どちらにも力を発揮するという。
楽器については先ほど狐少女が説明した通り、衝撃波を発するというのだが扱いは難しそうだな。
最後に書棚の前に立って狐少女が言う。
「この棚が最後ですね」
「本だな」
ナビが俺を肘で小さく小突いた。
「本棚と本だながかかってるんだねゼロ。ボクは面白いとおもうよ」
「いやかかってないし。恥ずかしくなるからそういうのやめてくれ」
気づいて拾い上げるなよ。狐少女は「あ、ええと説明しますね」と、さらりとスルーしてくれた。
本も武器のジャンルらしい。かつては様々な武技があったらしいのだが、現在では角で殴るのが主流だそうな。
というか、本は読むものであって武器じゃないだろうに。
狐少女はちょこんとお辞儀をした。
「以上となります。大会中は武器の変更はできません。今日、どの武器を使うか申請しますか?」
俺は試しに少し大きめの戦鎚を手にしてみた。
「ちょっと振ってみていいか?」
「はい。試せるように倉庫の中央は空けてありますから」
狐少女の許可を得て、俺は倉庫の中央に歩み出る。
オークの俺ならこいつを一瞬で六発たたき込めた。シックスラッシュを思い出すようにして槌を振るう。
が、空を斬るのは一度きりだ。再生で知識や魔法、それに種族の特性なんかは持ち越せたが、武技はその限りじゃないらしい。
ナビが耳をピンっと立てる。
「すごい風圧だね。だけど、普段のゼロの動きじゃないよ。キレが無いし」
「だよな。俺も振るってみてしっくりこなかった」
「槌系の武器が平均勝率が高くても、ゼロなら普段通りがいいんじゃないかな?」
そう言うとナビは俺にオープンフィンガータイプの手甲を持ってくる。前腕に刃を弾く軽銀鋼のプレートが装着されていた。ナックルパートにも金属片が取り付けられており、拳打の威力を増しつつ拳を保護できる。手を開くと手のひら側にも金属片がつけられており、ある程度までなら刃を受けられる仕様だ。
ナビから手渡されて装備してみると、実によく馴染んだ。
ドナから教わった猫の構えは体裁きが主体で、攻撃技は武技と言えるレベルにまで昇華されていなかった。
この先は自分で見つけて技に発展させていくしかなさそうだ。
「では、手甲にて参加申請しますね。闘技大会用の武器なので、こちらの武器はあずからせてもらいます。予選は一週間後です。ご来店ありがとうございました~」
狐少女はちょこんとお辞儀をした。
倉庫を出るなりナビが言う。
「ゼロは優勝を狙うのかい?」
「やるからには頂点を目指す! と、言いたいところだが、武技について学ぶのが一番だな。闘技大会には武技に覚えのある連中が参加するだろうし」
「なるほど情報収集だね」
再生で持ち越せない理由を探るためにも、武器を使ったスキルについて身をもって学ぶのが良いという判断だ。
そのためにも、まずは拳闘士スタイルで最低レベル50までは仕上げていかないとな。
久しぶりにナビと二人、他の階層に修行に出るとしよう。
教会の封印地域にうっかり踏み込まないよう、くれぐれも気をつけつつ。