大地の銀河を泳いで
一発耐えれば勝てる戦い。それを延々繰り返した。
幸い、巨石付近にいる魔物の耐久力そのものは低い。戦う相手さえ間違わなければ、鍛え抜いてきた腕力で押し切ることができた。
ドグーラの色違いである白い陶器のような魔物――ビスクーラは、氷結魔法のアイスボルトを撃ってくる。
が、炎や雷撃ほどの致命傷にはならなかった。もちろん、魔法攻撃なので三発も食らえば命は無いが、分厚い皮下脂肪様々というべきか、一発までなら受けきることができるのだ。
懐に跳び込みウォークライを交えつつ、モルゲンシュテルンを力一杯振るって浮遊する白い陶器の魔物を粉砕する。
雪山での戦闘よりも格段に得られる経験は多く、ウォークライが再び使えるようになるまで待ちながらの戦いでも、十二体倒したところでレベルが上がった。
レベル22になってからは、ウォークライを温存してもビスクーラを一撃で倒せるようになったのだが、それでもどのみち一発は最初にアイスボルトを食らうため、回復に時間を取られて休み休みの戦いが続いた。
また、困ったことに巨石平原には冒険者の支援物資が無く、空腹を満たすため何度も雪山に樹氷林檎を取りに戻る。
これを二日続けてレベルは24になり、巨石付近で遭遇するビスクーラ以外の魔物――炎の魔法を使うファイアフォックスと雷撃魔法を使うサンダーバードを相手にも、タイマンならなんとか撃退できるようになった。
とはいえエレメンタル系には俺の力はまったく通じない。物理攻撃がまったく効かないとは、本当に厄介だ。
ビスクーラやファイアフォックス、サンダーバードを倒すと時折、魔法晶石というアイテムが手に入った。街でそこそこの値段で売れるというので、管理はナビに任せて戦いに集中する。
しばらくしてレベルが上がりづらくなってきた。やはり階層ごとに壁というか、同じ階層でずっと戦い続けると効率が落ちるタイミングがあるようだ。
潮時だな。
次の階層への出発のため、夜を待った。エレメンタル系の魔物と遭遇しないよう、巨石群を通って進むルートを選定する。
戦闘は最低限に抑えたのだが、時々他の魔物が使った魔法にエレメンタルが反応して、戦闘に介入してくることがあった。
そういう時は慌てず冷静に、エレメンタルと魔物が戦うよう仕向けて俺は全力でその場を離れる。
その度、ナビが忠告した。
「トドメを刺さないと経験を得られないよ?」
「命の方が大事だろ!」
途中まで追い詰めた獲物をエレメンタルに横取りされる格好だが、今は次の階層に続く祭壇に向かうのが最優先だ。
深夜の強行軍は、朝が訪れるよりもずっと早く終わった。
この遺跡平原そのものは砂漠や雪山ほど広くはなかったらしい。対岸の壁際までやってくる。そこには通常サイズの二倍ほどはある、巨大なビスクーラ――白亜の女神像が待ち受けていた。
退くわけにはいかない。レベルも上がって俺自身の耐久力も以前よりは向上している。なにより引き返す余力など残されていなかった。
押し通るより他無い。
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
浮遊する巨大風船のような白亜の女神像に向けて、俺はウォークライを仕掛けた。
女神像は一瞬怯む。その間に力溜めの構えをとった。
まっすぐ駆ける俺めがけて、白亜の女神像がアイスボルトを二発放つ。一発は脇腹をかすめ、もう一発は俺の左肩を穿つように射貫いた。と、同時に肩を氷漬けにされて左腕が上がらない。
「知ったことかああああああああああああああああああああ!」
片手持ちにしたモルゲンシュテルンに、ありったけの力を込めて白亜の女神の顔面に叩きつける。
バリングワッシャン! と、白い面は砕け散った。もし凍らされたのが右肩だったら、利き腕ではない分、砕ききれなかったかもしれない。
ウォークライと力溜めによって強化された一撃で、白亜の女神は四散し赤い粒子へと変わる。
結局俺は力のみに頼り、力だけを育ててしまった。
だからこそ、階層の守り手とも言える魔物相手に勝ち続けることができたのかもしれないが……。
白亜の女神像の経験値を回収したナビが俺を見上げる。
「おめでとうゼロ。今のでレベルが上がったよ」
この階層が脳筋殺しだとすれば、このあとしばらくは魔法に悩ませる展開は無いかもしれない。願望混じりの楽観論だな。
俺はナビからステータストーンを受け取ると、月明かりの元、星無き夜空に投げ放った。
異変が起こったのは、その直後の事である――
名前:ゼロ
種族:オーク・ハイ
レベル:25
力:B+(81)
知性:G(0)
信仰心:G(0)
敏捷性:G(0)
魅力:G(0)
運:G(0)
装備:ゴルドラモルゲンシュテルン レア度B 攻撃力80
スキル:ウォークライ 持続三十秒 再使用まで五分
力溜め 相手の行動が一度終わるまで力を溜める 持続十秒 再使用まで三十秒
ラッシュ 次の攻撃が連続攻撃になる 即時発動 再使用まで四十五秒
種族特典:雄々しきオークの超回復力 通常の毒と麻痺を無効化。休憩中の回復力がアップし、猛毒など治療が必要な状態異常も自然回復するようになる。
ただし、そのたくましさが災いして、一部の種族の異性から激しく嫌悪される。
身体がさらに一回り肥大化した。緑の肌は青みがかり、牙はさらに雄々しく大きく反る。
首回りから胸にかけて白い体毛が獅子のたてがみのように広がった。
そういえば前にナビが言ってたな。種族が変化するってこういうことなのか。
種族変化のおかげか、凍結した左肩も癒えて元通り……いや、それ以上の筋肉の鎧を纏ってサイズアップを遂げた。
ナビは額の宝石から地面に光を照射して、俺のステータスをずらりと並べる。
表示される姿もただのオークから、より強く雄々しくたくましくなった姿――オーク・ハイに書き換わっている。小動物は目を丸くした。
「十四階層で上位種族になるなんて驚いたよ。一つの事を極めることで、こうなるとキミは知っていたのかいゼロ?」
俺はそっと首を左右に振る。
「種族が変わるって言ったのはナビだろう?」
「まさか上位変化するとは思わなかったよ」
「じゃあ何になると思っていたんだ?」
「それはわからないけど、ともかくすごいよゼロ」
こうなるとは俺自身も想定外だが、一途に力だけを上げてきたのが報われた気がした。
さらにスキルまで増えている。ラッシュか……ようやく力溜めが有効になりそうだな。
「溜めた状態でラッシュを使うとどうなるだろうな?」
俺の言葉にナビは「保証はできないけど」と前置きをしてから続けた。
「きっと力溜めをした威力で二回打撃を与えられるんじゃないかな?」
「俺も同じ意見だ。落ち着いたら試してみようぜ」
ナビは小さくうんうんと二回頷いた。
さらにステータスを読み進めて、俺は訊く。
「なあナビ。最後に追加された種族特典ってのはなんだ?」
「書かれているとおりだよ」
懸念していた毒や麻痺対策が不要になるのは嬉しい。ただ、猛毒なんてものがあるのは想定外だが。
それでも即時回復しないとはいえ、その猛毒すらも休めば治るというのだから、ただのオークとは訳が違う。
問題は、一番最後の文章だった。
「一部の種族の異性から激しく嫌悪される……ってのは、ちょっとひっかかるな」
ナビは首を傾げると「最果ての街には様々な種族がいるから、その一部に嫌われるくらいは問題無いと思うよ」と、ケロッとした口振りで言うのだった。
続く第十五階層は本当になにもなかった。
継ぎ目無い大理石のような白い床に、壁と天井。広さは先ほどの平原はおろか、砂漠や雪山とは比べるまでもなく、入り口の祭壇から遠目に次の階層に続く祭壇が見えた。
せっかくオーク・ハイになったのだが、力試しは持ち越しだな。薄ぼんやりと階層を照らす天球を見上げながら、溜息交じりに俺は呟く。
「それにしても殺風景なところだな」
足下でナビが鳴いた。
「ここは夜も昼も区別がない。なにもないが“ある”階層さ。冒険者たちが一息つくための場所かもしれないね」
当然、クリアのための冒険者支援施設などはなかったため、ナビに導かれるまでもなく俺は先に進んだ。次の第十六階層は地底湖島だ。




