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まだ通っていない道を探して

 最果ての街を目前にして、俺は立ち止まった。


 三歩先を尻尾を揺らして楽しげに歩くナビが、気づいて振り返る。


「どうしたんだいゼロ? 早く街に行こうよ」


「あ、ああ、いやその……街についてからどうしようかと思ってな」


 俺の手元にあるのは“解けない”パズルだ。


 時間制限は三年。その間に“真理に通じる門”を超えなければならない。


 門番の神兵撃破の筋道が立たないままなのは、相変わらずだ。


 ナビは得意げに胸を張った。その身体の大きさに比しては大きな、それでも片手に収まるくらいの胸をぷるんと揺らしながら。


「この先が街の目抜き通りになるよ。とても賑やかな場所だね」


 知っている。そして、そのまま歩いていけばガーネットとシルフィがぶつかる場面に出くわすのだ。


 どちらと接点を持っても、それぞれの抱える問題――ガーネットなら神代鋼オリハルコンの武器作り、シルフィなら錬金術ギルドの圧政と孤独に立ち向かうことになる。


 その過程で、ドワーフとエルフの仲介役をすることで二人と俺は出会ってしまう。


 変わるのはどちらと結ばれるかだ。


 俺はナビに告げた。


「人混みは避けよう」


「じゃあどうしようか? あ、そうだね。あの建物はどうかな?」


 ナビが空を指差すと、その先には街の中心となる大聖堂の鐘楼しょうろうが建っていた。


 信者になってシスターヘレンと出会う運命だ。


 ニコラスティラ司祭が魔物と契約し、その力を得て街を裏から支配している。陰謀をあば運命ルートだ。


 街の解放を願うならニコラスティラを野放しにはできないが……。


 だめだ。結局、ニコラスティラを糾弾きゅうだんすれば、芋づる式で錬金術ギルド長のリチマーンの犯罪まで掘り起こすことになる。


 そうなる過程でシルフィを巻き込みかねない。


 なにより、ヘレンに協力を求めた時点で今の記憶を彼女に導入インストールすることになる。


 世界の滅びを止めるために、ヘレンは俺を殺すかもしれない。いや、それはないか。


 何度だって俺は再生リトライするのだ。


 聡明なヘレンなら俺に協力して、世界の滅びを止めようとするだろう。


 そのために、シルフィやガーネットを巻き込むのをきっと超級天使セラフはためらわない。


 俺はナビにそっと首を左右に振って返す。


「見たところ大聖堂って感じだな。宗教は苦手なんだ」


 ナビは赤い瞳をまん丸くさせた。


「へー。キミは白魔法を使えるのに意外だね」


「そういうナビだって、初級の白魔法をあっさり使えるようになったじゃないか」


「それもそうだね。じゃあ、どうしようか? あとめぼしい場所っていうと、常闇街くらいかな」


 ドナの焼くキッシュの味を思い出した。


 あそこにいられたのは、俺が子供だったからだ。


 ただ俺が関与しなければ、マリアたちが石化病で死ぬことになる。


「常闇街っていうだけあって、危険な匂いがするな」


「犬の嗅覚は優れているらしいね」


 森なんかで食べ物を探すのにはずいぶんと役に立った。多少、匂いに敏感にはなったが、普通に生活するのに支障を来すほどでもない。


「いやいやナビ。危険察知という意味での“匂い”だから」


「そうなのかい? ボクはてっきり、危険に特有の匂いがあるのかと思ったよ」


 相変わらず少しズレてるな。まあ、小動物だった頃よりはだいぶマシだが。


 さて、どうしたものか。


 ドナの元に行けば、宮殿の入り口を守っていた傷だらけのオークのように、警護の仕事なんかはもらえるかもしれない。


 腕っ節を見せるなら女執事レパードと軽く組み手でもすればいいだろう。


 ドナも保護が必要な子供ならともかく、今の俺を養子にするなんて言い出さないだろうしな。


 俺はゆったりとした足取りで歩き出した。


「とりあえず、常闇街がどれだけ危険か見に行こうか」


「わかったよゼロ。それにしてもキミが自分から危険に飛び込むなんて珍しいね」


「そうか? ここにくるまで、魔物との戦いはけっこうギリギリのところを攻めてたつもりなんだけどな」


「ゼロの戦い方には余裕と勝算をたっぷり感じるよ。行動に無意味さや曖昧さが一つもないんだ。そんなキミがどうして常闇街に行くのか、ボクは気になるんだ」


「いやまあ、わかった正直に言おう。そういう所にはだな……女の子がいっぱいいるんだよ」


 ナビは耳をピンっと立てた。


「女の子がいっぱい?」


「で、俺は男だ。男は女の子が大好きなんだ」


「じゃあボクのことも好きなんだね?」


「あ、いや……」


「違うのかい?」


 説明が面倒なので、俺はナビに耳打ちした。ナビの尻尾が大きくブンブンと左右に揺れる。


「キミはつまり性行の欲求を満たしたいんだね」


 言うなよバカ。早朝の街の入り口付近に人影が無いから良かったのだが、こいつの空気の読めなさには、しばらく悩まされそうだな。


 と、不意にナビは自分の胸元をみた。


「やり方さえ教えてもらえれば、ボクがキミを満足させてみせるよ」


「そういうことはだな……俺は教えられないんだ」


 ナビは「それは残念」と、耳を伏せた。




 目抜き通りに入る手前で、所持品をエルフの露店に売り払って換金する。


 さらにナビも俺もみすぼらしい服装なのを整えて、街の住人風の服を揃えた。


 賑わう目抜き通りから裏道を進み、常闇街までやってくる。


 ピンクの着ぐるみが常闇街の入り口で楽しげに客引きをしていた。


「やあ! キューはこの夢の楽園の案内人だよ! ハハッ」


 ドナは今朝からセクシー大使の仕事をしているみたいだな。


 お世話になったころ、よく宮殿を空けていたが、常闇街の会合や、こういった呼び込みの仕事などで忙しかったんだと思う。


 ナビがキューの前にタッタッタっと走っていった。


「すごいや。ピンクの毛玉だね」


 そういうナビはといえば青い毛のモフモフ獣人族だ。まあ、キューは着ぐるみなので比べるべくもないのだが。


「キューはキューだよ。獣人族のカップルさんが常闇街でどんなプレイをしたいのかな? 愛する人の前で他の誰かにイタズラされちゃうなんて、普通じゃできない体験コースもキューにお任せだよ」


 とんでもない提案をしてくるな。これが本来のキューの仕事ぶりなのか。


 ナビは「うーん、よくわからないや」と首をかしげた。


 キューは腕組みをすると「わかったよ! ハハッ! 二人きりでラブラブあまあまな時間を過ごせるお部屋がほしいんだね! それじゃあ二名様ごあんな~い!」


 ナビの手をとってキューは「ランランラーン♪ ルンルンルーン♪」とスキップするように常闇街に連れ込んだ。


 というか、追いかけないとまずいな、こりゃ。




 広いふかふかのベッドの上で、ナビはゴロゴロ転がりながら俺に言う。


「良かったねゼロ。今夜はここで一泊できそうだよ」


「おかげで十万メイズが吹き飛んだけどな」


 常闇街にある宿の中でも、高級な一室を用意されてしまった。


 キューの商才にあらがえず、豪華な食事までついて一泊十万メイズだ。


 ナビは真っ白なシーツの上に手足をノビノビと広げて笑う。


「いいじゃないかゼロ。最果ての街に無事到着した記念だよ。それにしても、料理っていうのは本当に美味しいものなんだね。ボクは胸が打ち震えるような感覚をおぼえたんだ」


「感動したってことか」


 青い尻尾をピンっとたてて、ナビは腰の辺りをブルッと震わせた。


「そうだよ。感動だ。それにキューはボクの手を握ってくれたし、この部屋に案内してくれたメイドさんともお話ができたんだ。ボクはてっきりゼロにしか認識されないんじゃないかと思ってたけど、魔物に襲われるようにもなったし……けど、それさえも嬉しいんだ」


 言われてみればそうだった。


 かつてのナビは俺にしか認識できない存在だったのだが、今のナビは魔物の標的にされるのはもちろん、街の住人たちにもきちんと存在を認識されている。


 ずっと孤独に選ばれし者を探し続けてきたというなら、ナビにとってこの変化は革命的だ。


 俺はベッドの縁に腰掛ける。


「良かったな」


「全部キミのおかげさゼロ。ボク独りじゃ、自分にステータストーンを使うことも思いつかなかったし、もし使ったとしても、なにもできなかったと思うんだ。戦い方も魔法もキミが教えてくれて、だから今、こうして街に戻ってこられたんだし」


 俺の膝の上に頭をごろんとのせてナビは目を細める。さて、どうしたもんか。


 ドナの元に向かうつもりだったが……ええい、とりあえず拠点となる地域を決めよう。


 裁縫ギルドがあるあたりは、獣人族も多かった。


 まずは獣人族のコミュニティーに参加しつつ、石化病の発生については鍛冶職人街にある岩窟亭でドナの求人依頼をチェックだな。


 治癒できる白魔導士の募集があれば、石化病のネタは上がっているのだから治癒しよう。


 万能薬の素材集めの依頼を受ける頃には、錬金術ギルドから放逐されたシルフィが常闇街に流れ着いているはずだ。


 誤差はあれども、リチマーンをギルド長の椅子から引きずり下ろさない限り、流れは変わらない。


 で、俺たち自身の今後についてだが――


 素材の換金で130万メイズほどあるが、馬小屋生活は勘弁だ。


 拠点を見つけて仕事を見つけなきゃならん。


「明日から忙しくなり……ああ、なんだよ寝ちまったのか」


 ナビは俺の膝を枕にして、心地よさそうにすやすやと寝息を立て始めた。


 次にこいつに教えるべきは、戦い方ではなく街での生き方になりそうだ。

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