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無間にして無限なる絶望的な数字

 また、あの薄暗く湿った洞穴に戻ってきた。


 ぶよぶよの身体を震わせて、俺は思う。


 最期さいごに放ったあの力――七色の閃光があれば、神兵を倒すことができるのだ。


 この世界の消滅と引き換えにして。


 割に合わない。無意味どころか俺が世界を滅ぼしたようなものだ。


「さてと……どうしたもんかな」


 ガーネットもシルフィも巻き込んで、結果がアレではな。


 今度ばかりは何度やり直しても無理に思えた。


 どんなルートを通れば正解にたどり着けるんだろうか。そもそも正解など無いのかもしれない。


 緩やかな絶望を覚えた。


 もし俺が勇者になれるなら、あの虹の光を使いこなせるのかもしれないが……。


 勇者ってなんだ? 強ければ良いというのなら、エルフの俺はかなり強かったと思う。


 ふと――


 少年天使だった頃に、ドナの口から語られた勇者の冒険譚を思い出した。


 聖剣を手に魔法を操り、たった一人ですべてを背負って邪神と戦い勝利した……だから、今のこの世界がある。


 剣も魔法も運も魅力も、勇者は完璧で弱点というものがない。


 世界を救った勇者はどこに行っちまったんだろう。


 願わくばもう一度世界を救って欲しい。


 なんて……言ってもいられないか。


 いっそ終わってしまえば苦しまずに済むのに、俺はまた、ここから始めようとしている。


 洞穴の出口から射し込む光の中に、青い獣の影が見えた。




 とりあえずエルフの姿になってしまった。


 第十階層の蒼穹の森を行く。襲ってくるはぐれ銀狼を倒すことなく、白魔法の操眠魔法スリプコンで寝かしつけ、レベル1の状態のまま湖畔にたどり着いた。


 足下でナビが声を上げる。


「エルフなのに白魔法が使えるのかい?」


「黒魔法も得意だぞ」


 初級氷撃魔法アイスボルトをアレンジして、湖の水を凍らせて浮島を作ってみせると、ナビはそれにぴょこんと乗っかった。


「さすが選ばれし者だね」


「なあナビ。俺はいったい誰に選ばれたんだ?」


「さあ? だけどボクの存在をきちんと知覚できるんだから、キミが特別なことに間違いは無いよ」


 オークの時もそうだったが、能力の数値や覚えたスキルによって種族名が変化することがあった。


 エルフの場合でも、一度目は信仰心が0の場合は「エルダーエルフ・アレンジャー」で、前回は白魔法を獲得したため信仰心も99まで高めて「大賢者マスターエルフ」だ。


 もし、オークになったらどう変化するのだろうか。


 そういえば、武器による技もすっかり忘れていたな。


 魔法よりも腕力や身体能力の高い種族になると、武器を使った攻撃が強化される。


 全部を極めれば……いや、無理だ。


 力、知性、信仰心、敏捷性、魅力、運。


 これらをすべて99にするには594ポイントを必要とする。つまり、ナビに最初にもらったステータストーンから、レベル99になるまで6を出し続けなければならない。


 今回は幸先良く、5で始めることができたが……この時点全数値カンストは不可能だ。


 そういえば、ガーネットと結ばれた時には99だった力の項目が100になったが……。


 ナビが俺の顔を見上げて訊く。


「どうしたんだいゼロ?」


「まあその……なんだ。とりあえずやってみることにするか」


 独り言のように呟いて、俺は自分の胸に右手を当てると、命を消し去る黒い風を吹かせた。


 苦しまずに死ねるこの即死魔法ブラックウインドが、便利に思えるなんて末期だな。




 あれから千回死んだが、十階層を出ることさえままならなかった。


 最初にステータストーンで6を出す。次のレベルアップで6を出す。さらに6が出た回数が四回ほど。四連続で6を出したのが一回。それが最高到達点だ。


 即死魔法ブラックウインドで自分を殺し続けるうちに、だんだんと笑えてきた。


 やる前に気づけよ。漂っていた絶望はより明確になった。


 エルフにこだわらず、別の道を探す方がいいのだろう。


 最果ての街でも、まだ獣人族のコミュニティーとは深く接触していないし、そちらに活路を見いだすことができるかもしれない。


 千と二回目。ステータストーンの出目は3だ。エルフになって洞穴を出るなり、俺はナビに訊く。


「ナビは計算は得意か?」


「ずいぶんといきなりな質問だね。力になれるかどうかはわからないけど、なんでも相談してよ」


「じゃあ……そうだな。今振ったステータストーンだが、99回連続で6を出す確率を教えてくれ」


 ナビは頷くとスラスラと応える。


「0.000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000055103281だね」


 途方も無い数の0が並んだ。0では無いが限り無く低い。


「ちょっと想像がつかないな」


 溜息交じりの俺にナビは尻尾をゆらりとさせて、目を細める。


「この世界が始まった時から今まで、一秒ごとに99個のステータストーンを振り続けても出ないといえば理解できるかい?」


「ありがとう。よく、わかった」


 不可能だ。無限の時をもっていたとしても、たどり着ける気がしない。


 心がすり減って俺は消えてしまうだろう


 無間なる挑戦に耐えられるほど、強くはない。


 “可能性”がごくわずかに存在しているのが恨めしくすら思えた。


 その場で胸に手を当てて目を閉じ祈ると、安らかな死が訪れた。




 もし、獣人族になって誰かと出会い、そこでまた巻き込んで結局俺に殺される。


 ガーネットやシルフィのように。


 ヘレンは少しだけ事情が違うようにも思えたが、彼女だって俺やシルフィが教会の封印地域に足を踏み入れさえしなければ、俺とシルフィを殺すこともなかったんだ。


 状況を悪くしていないだろうか。


 仮にこのまま俺が目覚めなければ、三年後に世界が終わることもないのかもしれない。


 決意が揺らいだ。


 このまま諦めてしまえば楽になれる。




 ※あきらめますか? (Y/N)




 もし諦めて再生リトライしなかったなら、俺の魂はどこに導かれるのだろう。


 それともこの意識や意志は完全に消えてしまうんだろうか?

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