相性最悪
巨石平原は足の長い芝生程度しか生えておらず、砂漠ほどではないが見晴らしは悪くない。うねうねと波打つ丘陵地帯がどこまでも広がっていた。
そんな緑の大地のそこかしこに、巨石が環状に配置された遺跡のようなものが点在している。
どこからこの巨石の群がやってきたのかは想像もつかないが、意図的に配置しない限り自然とこうはならないだろう。誰かは知らないが、目的があって並べたとみるのが妥当だ。
足下のナビが遠くを見据えながら俺に告げる。
「あの環状列石には魔法文字が記されていて、近くにいれば魔法力の回復が早まるんだよ」
それもナビが街で仕入れた貴重な情報だが、活かす術無しと俺は後頭部をぼりぼり掻いた。
「残念ながら恩恵にはあずかれそうにないな」
「余計な情報だったかい?」
「いや、教えてくれてありがとう。ところでつかぬ事を訊くが、その魔法力の回復が早まるっていうのは、魔物にも効果を及ぼすんだろうか?」
俺の疑問にナビは「もちろんだよ。巨石付近にはその効果を求める魔物が集まるのさ」と返す。
「じゃあ巨石をできるだけ迂回しながら、次の階層に続く祭壇を目指すとしよう」
基本方針が固まったところで、俺たちは進み始めた。
そして死にかけた――
どうやらナビへの質問が足りなかったようだ。もう少しつっこんで訊くべきだった。
巨石を避けて道を外れるように丘陵地帯を進んだのだが、天敵は突然、俺の目の前に現れたのである。
黄色い巨大な水晶柱のような魔法生物だ。
そいつは発光したかと思うと、雷撃魔法――サンダーボルトを俺めがけて撃ち込んできた。防ぎようもなく雷撃に射貫かれ身体を内側から焼かれた。
衝撃に片膝を地面につきそうになる。
「逃げようゼロ。サンダーエレメンタルに物理攻撃は通じないんだ」
ナビの言葉に危うく途切れかけた意識を引き戻されて、俺は足に力を込めて懸命に走る。ドスドスと重たい身体が憎らしい。
それでも走る。走る。走る。
命からがらスタート地点の祭壇に戻ると、呼吸も絶え絶えで立っていられずその場に尻餅をついた。
「ハァ……ハァ……ハァ……ナビ……着いてきてるか?」
「ボクはいつでもずっとキミのそばにいるよ」
涼しげな顔でナビは俺の目の前にちょこんと座る。
「ハァ……ふぅ……ええとだな……一度落ち着こう。で、さっきの魔物についてなんだが、お前とんでもないことを言わなかったか?」
「エレメンタル系の魔物は魔法にとても弱いんだ。同じ系統の魔法は吸収してしまうけど、別系統の魔法を受けると爆発するんだってさ」
ナビは地火風水の四元素について解説した。サンダーエレメンタルは風に嘱するらしい。他の属性にも、それぞれエレメンタルがいるのかよ。
って、そういうことじゃない。もっと肝心な部分があるだろうに。
「俺が魔法を使えないのはわかっていただろ。それに物理攻撃が通用しない魔物がいるなんて初耳だ。もう少しこう……ちゃんと俺の力を把握した上で忠告してくださいお願いします」
なぜか言葉使いが丁寧になる。昔の自分の癖だろうか。ともあれ追い詰められると本性が出るものだ。
ナビが耳をぺたんとさせた。
「街の酒場でエルフの魔法使いたちが話していたのを盗み聞きしたから、エレメンタル系はてっきり弱い魔物かと思ってたよ。エルフは魔法によって隠れた魔物の姿を看破する力を持っているみたいだし、様々な属性の魔法に精通しているからね」
魔法が得意なエルフが少しだけ憎い。そして大いにうらやましい。エルフにしてみれば、エレメンタルは狩りやすい魔物なのだ。
「なあナビ。この平原にはエレメンタル系の魔物が活動しなくなる時間帯や時期はないのか?」
ナビは小さく首を傾げると、思い出したように赤い瞳をまん丸くさせる。
「そういえば夜になると、エレメンタルはうっすら光って見えるってドワーフ族が言ってたよ。彼らは信仰心も高いから、夜間に物理攻撃の通じないエレメンタルを避けつつ、巨石を利用して得意の回復魔法や強化魔法をたっぷり使って進むらしいね」
脳筋殺しの巨石平原。
初級でいいから回復魔法を覚えていればこんなことにはならなかった。後悔先に立たずってやつだな。
一芸に特化した方が最果ての街での求人に有利といっても、たどり着けなければ意味が無い。
俺は重い腰をよっこらせと持ち上げた。
「一旦、雪山に戻って修行するぞ」
「そうだね。それがいいかもしれないね」
ナビを引き連れて大深雪山のある十三階層に戻ると、樹氷林檎を囓りながら三日ほど籠もってレベルを上げた。
雪山の魔物は倒しても倒してもなかなかレベルが上がらなくなり、加えて魔物たちが逃げてしまって取り逃す回数も増えていった。徒労感が半端じゃない。
できることなら一度ゼロからやり直したいという気持ちだ。
せめてどの程度の信仰心があれば回復魔法を使えるようになるのだろう。
ポイントをつぎ込んでなにも得られなければ、それこそ最悪の展開である。
そして、逆に考えればこの窮地さえ乗り越えることができたなら、以降はまた楽になるんじゃないかとも思えた。
レベルアップで手に入れたステータストーンはすぐに使わず、一度巨石平原に戻って夜を待つ。
日が落ちて夜の闇が世界を包むと、神秘的な光景が目の前に広がった。
まず、巨石群が薄ぼんやりと光り始めたのだ。青白い不思議な光だった。
そして巨石の無い平原のあちこちにも、かがり火のような光がぽつぽつと広がっていく。次々と灯って、闇を彩る景色は圧巻の一言に尽きた。
赤、青、黄色、緑にオレンジと、様々なエレメンタルたちの発する輝きが踊り出す。
まるで天地がひっくり返ったみたいだ。この星の無い地下世界の大地に銀河が産まれたのだから。
一晩、その光がどう動くかを観察する。どういうわけか、エレメンタルは巨石には近づかないようだ。
闇の中に輝く巨石の光を追えば、夜の行軍でも迷子にはならなさそうだ。
巨石群を避けずにあえてその中を進み、周囲にいる魔物を倒してレベルを上げることができれば、物理攻撃無効のエレメントと戦わずに済む。
脳筋な冒険者にとっては、それが巨石平原での“正解”なのかもしれない。
巨石付近に出没する魔物について、物理攻撃無効持ちがいないかナビに確認をとった上で、俺はステータストーンを三つまとめて振った。
名前:ゼロ
種族:オーク
レベル:21
力:C+(69)
知性:G(0)
信仰心:G(0)
敏捷性:G(0)
魅力:G(0)
運:G(0)
装備:ゴルドラモルゲンシュテルン レア度B 攻撃力80
スキル:ウォークライ 持続三十秒 再使用まで五分
力溜め 相手の行動が一度終わるまで力を溜める 持続十秒 再使用まで三十秒




