神兵リベンジ
俺はまた、この場所に“帰って“きた――
見上げれば空に巨大な扉が蓋をしている。
新月の夜、最果ての街の鍛冶職人街にある海底鉱床行きの祭壇を使うことで、このどことも知れない大空洞に出る。
遺跡平原のような巨石が六つ。一つはすでに解放されていた。
赤い鍵を手にして、ガーネットが利き目のレティクルを指で軽く跳ね上げると笑う。
「どうしたんだい。この先にあるんだろ? っていうか、もう上に見えてるけどさ。アンタの探す“門”ってやつだよな、アレ」
ひょいっと赤毛の女名工は人差し指で天を射す。
「本当にいいのか? ガーネットは夢を叶えたわけだし、この先きっと恐ろしいモノと遭遇する。そいつとの戦いは、これまでみたいにはいかないんだ」
「なら、なおさらアタイの力が必要だろ? アンタ独りでシルフィやヘレンを守れるのかい?」
六枚の翼をふわっと広げてヘレンがそっと俺とガーネットの間に割って入る。
「……ガーネットは後衛担当」
「はいはい、わかってるって。守るっていうか援護だろ? つーか疑問なんだけどさ、ゼロもヘレンもこのあと戦うみたいなのが、なんでわかるんだい?」
「…………」
ヘレンは黙り込んでしまった。俺が代わりに説明する。
「閉ざされた門には門番がつきものだろ。それに、用心するに越したこと無いって話だ」
ガーネットは「あはは」と陽気に笑って告げた。
「なーんだ。じゃあ魔物がいないかもしれないんだね。なら、なおのこと置いてけぼりはよしとくれよ。アタイをのけ者にしようなんて百年早いっての」
巻き込むことへの罪悪感を俺が覚えたところで、それすらただの自己満足だ。
それでもガーネットの笑顔を見ていると、胸が痛む。
「えーと、あの柱に鍵を挿入してぐりぐりっとすればいいんだよね?」
円を描くようにガーネットは腰をくいっとくねらせた。
「緊張感が吹き飛ぶな」
「いつだってユーモアは必要だよゼロ」
自信たっぷりに胸を張り、赤毛を炎のように揺らめかせてガーネットは石柱に向かう。
ええい、弱気でどうする。以前の俺とは違うんだ。
オークだった頃と物理火力も遜色ない。最大強化した杭打式杖で、ほぼ同等だ。加えて今度は魔法がある。
恐らくこの世界でも最強火力を用意してきたんだ。
鍵はシルフィが握っていた。
「う、うう……うまく出来るか緊張するッス」
先程から口数が少ないのも、このエルフの少女を攻撃魔法の中心に据えたからである。
「お前ならできるさシルフィ」
「が、ががががんばるッスよ! ゼロさんと……みんなと世界の果てまで突き進むッス!」
まだ見ぬ最強魔法を求めて。
エルフの少女は駆け出すと、氷神を倒して得た青い鍵を、昇降機となる石柱の鍵穴に通す。
ヘレンが小さく頷いた。
「……ゼロ青年」
「なんだよその呼び方は」
「……では、ゼロ君」
まあ、青年よりはいくらか自然か。超級天使の力を取り戻した彼女は、じっと俺を見つめる。
「……かつて勇者と呼ばれた存在は、分かたれた相反する二つを一つにする力を持っていた」
急に勇者の話なんて、どうしたんだろうか。このタイミングで。
「二つを一つにか。ちょっとよくわからないな」
「……貴方はドワーフとエルフの間に絆を芽生えさせ、教会と常闇街の反目に終止符を打った。そう解釈も可能」
「俺が勇者だって言いたいのか?」
「……わからない。ただ、貴方にはそれに近いもう一つの力がある」
「もったいつけずに教えてくれよ」
「……回答不能」
意地悪だな。と、思ったところで足下に青い小動物が巻き付くようにすり寄ってきた。
キラキラとした赤い瞳で空の扉と俺の顔を交互に見上げてナビは言う。
「ああ、もうすぐあの扉の向こうに行けるんだねゼロ。ボクは後から追いかけるよ」
そうだ。以前もそうだったが、こいつは一緒に上がってこない。
そしてヘレンが回答不能と言った理由も、恐らくはナビの存在をおぼろげながら知覚しているためだ。
黒い鍵を手にしてヘレンも配置についた。
俺は自然と、ナビに呟いていた。
「45ぶりだな」
「なんだいその数字は?」
不思議そうにナビが尻尾をゆらりとさせた。そういえば……なんで俺は数字なんて言ったんだ?
「ん? いや、なんだろうな。自分でもよくわからない」
「きっと緊張してるんだね」
「まあ、何事もないことを祈るよ」
以前とは状況もここにたどり着く時間も変わっている。あの門を素通りできる可能性だって、微少ながらも存在するだろう。
全員配置についたところで、俺も最初から解放されている石柱の昇降機に乗る。
瞬間――
光の渦に吸い込まれるように俺の身体はふわりと浮かび上がった。
続けてガーネット、シルフィ、ヘレンも同じく光の渦に呑まれて天に昇る。
あと二つ、石柱には空きがあるのだが……。
すべてを埋めなければ勝てないのではないかという不安が、一瞬脳裏によぎった。
天地の境目を過ぎると雲のような足場の上に立って、俺たちは天井にあった扉の“正面”に立っていた。
見上げると首を痛めそうになるほど、恐らくこの世界のどこを探してもこれほど巨大な扉など無いだろう。
ガーネットが「しっかし、どうやってあの扉を開けばいいんだろうねぇ」と苦笑交じりに言ったところで――
巨大な影がゆっくりと体躯を起こした。
巨人である。門を守る神の兵だ。
全身は白い陶器のように美しく、命を与えられた彫像のようでもあった。
「……戦闘準備」
「あいよ! っと、こいつをぶっ倒せば開くってんなら、物事が単純でいいね」
ガーネットは下がって狙撃用のレティクルを下ろす。俺の隣にヘレンは立って白槍を構えた。
そして、ナビのいない今……俺の耳元で彼女は言う。
「……この先もどうか絶望しないでください」
それじゃあまるで、この戦いの敗北が決まっているみたいじゃないか。
勝つぞ。
そのつもりで今日まで準備を進めてきたんだ。装備はガーネットによるカスタムメイドの至強にして最高峰。
すでに神兵の第一段階は問題にならない。俺はシルフィとガーネットに告げる。
「こいつの見た目はまるでビスクーラだ! 魔法の効き目は薄いからシルフィは回避と援護!」
「わ、わかったッス!」
「じゃあ、いつものセットでいくかねぇ」
ガーネットが狙撃型石火矢の弾倉を隕石鋼弾に取り替える。シルフィは鈍重魔法を神兵に仕掛けた。
巨体の動きは大きく重く遅いが、さらに神兵の動きがゆったりになる。
「……攻撃開始」
ヘレンが飛び立った。
六枚の翼をはためかせる。彼女は飛翔すると神兵の肩や腕の関節を、白槍で穿っていった。
俺は両手に魔法を展開する。火力支援と肉体硬化を同時に発動した。
以前ほど力の項目に数値を割けなかったこともあって、杭打式杖を自在に振り回すには自己強化魔法が必要なのだ。
俺の攻撃準備が整う頃には、神兵は地に膝を屈していた。
絶え間なくガーネットの石火矢が銃声を放つ。それは的確にヘレンの攻撃した場所を狙って追撃し、シルフィは脱力魔法によって、神兵の攻撃力と物理防御力そのものを削り取る。
俺はオークの魂を奮い立たせ、突撃すると跳ぶ。巨人の膝の上から肩に駆け上がり、頭部を捉えるとこめかみめがけて杭打式杖の連打を食らわせた。
ズガガガガガガガガガガガガガガガがガガッ!!
身体の各部関節を肉体硬化で固定し直すことで、連打はブレることなく八連撃で神兵の頭部を粉砕する。
ズシン――
と、その巨体が地に伏した。
俺は飛び退き、今度は距離を取る。ガーネットが悦びの声を上げた。
「やったのかいッ!」
これで終わってくれるなら、オークの頃に突破できていたさ。
純白の彫像のような神兵の姿が、フッと金色にも近い水晶状に変化した。
砕いた頭部も元通り。
問題はここからだ。ナビもいないのだから、知りうる情報は先出しで問題無い。
どんな状況変化にも対応できるよう、事前にガーネットともシルフィとも打ち合わせ済みだ。
「ガーネットは氷結弾に弾倉交換! 足下狙いで頼む」
「あいよッ!」
「シルフィは上級氷撃魔法で牽制」
「上級魔法を囮に使うなんて、贅沢ッスね!」
「……ヘレンはシルフィとタイミング合わせだ。ヤツの変化を見逃すなよ」
「……了解」
俺は空になった杭打式杖の弾倉を交換しながら、シルフィとヘレンに魔法障壁を展開しつつ、肉体をエレメンタル化した神兵と対峙する。
ここから先は、完全に未知の領域だった。




