82.5 RE:DO
月明かりの無い夜だった。
気づけば新月だったらしい。岩窟亭の前で見上げた地下世界の天井は、薄ぼんやりとした光すらなく真っ暗だ。
魔力灯の街路灯がじんわりと導くように、街のあちこちに灯っていた。
すっかりできあがったガーネットが、俺とシルフィに背中を向けて手を振る。
「んじゃあ明日な! 待ってるぜ!」
「おう! おやすみガーネット!」
「おやすみなさいッス! げぷ……」
小さなゲップを出してシルフィは苦しげだ。
「ちょっと無理して食べ過ぎたみたいだな」
「お、おっぱい大きくなるっていうからぁ……がんばって乳製品も食べたんスよ」
「シルフィはシルフィのままでいいんだって。辛いようなら背負っていこうか?」
装備はガーネットの家に預けっぱなしで、背中はまるっと空いている。彼女一人背負っていくくらい、すっかり慣れっこだ。
「うぷ……ちょっと腹ごなしに歩くッス」
シルフィはそっと俺の左手をとった。手を繋いで夜道を並んで歩く。
こんな時間だけあって、当然人通りなど皆無だった。
街は眠りについていた。息を潜めるように風さえも通らず、まるで大深雪山の雪が積もった平原のような静けさだ。
ほんのりと上気した顔のシルフィの、小さな手はかすかに汗ばんでいた。
「明日、装備を受け取ったらどうするッスか?」
「そうだな……ガーネットも三人で探そうって言ってくれてるし……手伝ってもらうお願いをしよう」
「それはいいッスね。姐御と三人で冒険できるのは、ぼくも楽しいッス。守ってもらってばっかりだけど……ああ、探し物が見つかったら、今度はぼくが姐御を守るッスよ!」
しばらく夜の街を行くと――
「あれ? 魔力灯が消えちゃったッス」
魔法力を切らしたのか、道を照らす街路灯がパッと消えた。
どこからか羽音がバサリと降り立つ。
薄暗さに目が慣れると、俺とシルフィの前に銀髪の少女が降りたった。
背中の翼は暗闇に溶けて消えてしまっている。
赤い瞳に魔法力が灯っているのか、ほのかに“ぼうっ”っと光って見えた。
「あっ! あなたはボクらを助けてくれた……」
シルフィが驚きの声を上げた。
「ずっとお礼が言いたかったんスよ! 今日はラッキーッスねゼロさん」
天使族の少女の手には白い槍が握られていた。
今日に限って武器が……杭打式杖パイルバンカースタッフ改も魔導式手甲ガントレット無い。
いや、無いからこそこのタイミングで現れたのだ。
シルフィは首を傾げる。
「えっと、お名前はなんて言うんスか? ぼくはシルフィーネ・カライテン。こっちのイケメンはカレシのゼロさんッス。こう見えても、ぼくらけっこう有名なんスよ」
「…………命令により排除」
槍の切っ先がまっすぐにシルフィの喉元に向かった。とっさに魔法を左手でぶっ放す。
「中級氷撃魔法氷柱壁ッ!!」
氷壁を二人の間合いの中点に展開した。道全体を埋め尽くすように氷壁が生まれる。
突き出した槍が当たる寸前のところで、切っ先ごと氷壁に取り込まれて固まった。
シルフィはその勢いに気圧されて、ぺたんと尻餅をつく。
「へッ? な、なんで? ぼくらのこと……助けてくれたのに……」
「逃げるぞシルフィ!」
シルフィの腕を引き上げて俺は走る。
「は、早すぎるッス!」
相手は空を飛ぶことができた。氷壁を飛び越えて俺たちの前に回り込むと、今度は退路が無い。
槍は手にしていない……か。
「それなら条件は同じだな……。いったい誰の差し金だ?」
「……秘密漏洩を避けるため解答不能」
やはりニコラスティラ司祭が命じたのだろう。
「シルフィ……下がってろ」
「そ、そうはいかないッスよ! いきなり攻撃してくるなんて良い度胸ッスね。この街での掟は一つ。自分の身は自分で守る……あ、あれ!?」
杖が無いことに今になって気づいたらしい。シルフィは俺と違って魔法を改編アレンジできない。杖が無ければただの女の子だ。
俺は左右の手に魔法力を込める。シロガネは強力な攻撃魔法の使い手でもあった。右手はシルフィに照準を合わせて、魔法障壁を用意する。
左手は反撃の魔法だ。
街への被害も考えると、自然と氷撃を選択していた。
瞬間――
天使族の少女が魔法の文言を口にすると、黒い風が通り抜けた。
とっさにシルフィに魔法障壁を展開する。
シルフィの魔法障壁が破られた感触もない。
ドサリ……
振り返るとシルフィがうつ伏せになって倒れていた。
ああ、嫌なもんだな。二度も三度も彼女を失うなんて。
だが、これで最後だ。もう誰も失わない。失わせやしない。
暗殺者はじっと俺を見据える。
「……疑問。目の前で愛する者を奪われたにしては冷静」
「冷静なもんかよ。ただ、もう泣き尽くしたあとなんだ」
俺の言葉の意味を天使族の少女は理解していないようだ。
「なあヘレン。これがお前の望みなのか」
「――ッ!?」
俺の言葉に赤い瞳が瞬いた。
名乗ってもいない本名を言われて驚いたようだな。
「まあいいさ。ところで……こんな魔法を知っているか?」
俺は白魔法の祈りを捧げた。たった今、その命を黒い風に消し去られ、少しずつ体温を失いつつあるシルフィに。
白い光が彼女を包み、その心臓が再び鼓動を始める。
以前ならここで終わっていた世界が、先へと繋がった瞬間だった。
蘇生魔法――ヘレン、お前が教えてくれた力のおかげだ。あの時、死毒沼地の遺跡で司祭を倒すこともできたのかもしれない。
そうしなかったのはなぜか……は、これからおいおい訊かせてもらうとしよう。
俺はゆっくりとヘレンに近づくと、その細い腰を抱き寄せて唇を奪う。
「……ん……なに……を……」
一度逃げるように顔をそらしてヘレンは呼吸を荒くした。
「おっと、説明がまだだったな」
俺の行動は常に青い小動物に監視されている。こいつは俺を「白魔法が使える特別なエルフ」と思っていた。というか、そう思うよう仕向けてあるんだが、ヘレンの同調については伏せてある。
「なあ、俺がなぜ蘇生魔法が使えるか知りたいだろ」
「……それは……肯定」
当然だろう。超級天使の階位を陰謀によって剥奪され、自身が失った力を俺が行使したのだ。
今度はヘレンの方から俺にそっと唇を寄せた。だけでなく、俺の中身をまさぐるように同調し、記憶を読み取っていく。
数秒が永遠のように長く永く感じられた。が、どうやらヘレンは“理解”したらしい。
そっと離れると、赤い瞳がじっと俺を見据えてから、膝を着いて跪く。
「……命令系統を変更。マスターを現状より階位の高いゼロに再設定」
っと、そういえばそうだった。前世の今際の際に、俺はヘレンから蘇生魔法を譲渡された結果、階位まで受け継いじまったんだっけ。
「……まずは貴方の命を狙い、大切な方の命を奪った謝罪を」
ヘレンは深く頭を下げた。
「まあ、本人は死んだとも思っちゃいないだろう」
俺はそっとシルフィの元に向かって、彼女を背負う。
「あ、あうぅ……ゼロさん?」
心の底から安堵した。本当は涙が出そうだが、それをこらえてシルフィに告げる。
「もう問題無いぞ。彼女はヘレン。俺たちを襲ってきたのは彼女の勘違いで、いまさっき、やっと説得に成功した」
「そ、そうなんスか。ああぁ……良かったッスよ。本気で殺されるかと思ったッス」
いやいや、殺されたんですよシルフィさんや。
俺に背負われたままシルフィが不思議そうに訊く。
「で、なんでそのヘレンさんは、ゼロさんに跪いてるんスか?」
「あ、ああ。その……立ってくれヘレン」
「……了解した」
スクッと彼女は立ち上がる。すでにヘレンの瞳からは殺気も殺意も消えていた。
名前:ゼロ
種族:大賢者
階位:超級天使
レベル:99
力:D(49)
知性:A(99)
信仰心:A(99)
敏捷性:B(81)
魅力:F(22)
運:G(0)
装備:杭打式杖改 レア度S+ 魔法力128 攻撃力256 装填数8 予備カートリッジ2
魔導式手甲 レア度A 魔法力112 防御力45
白魔法:中級回復魔法 中程度の傷を癒やし、体力を回復する
中級治癒魔法 猛毒などの強力な状態異常を治療する
操眠魔法 対象を眠らせる&眠っている対象を目覚めさせる
精神浄化魔法 混乱状態やパニックになった精神を鎮める
火力支援 腕力を強化して武器による攻撃力を上げる
肉体硬化 肉体を硬化させ防御力を上げる
氷炎防壁 炎と氷から身を守る
即死魔法 対象の命の灯火を消し去る
蘇生魔法 失われた命を取り戻す奇跡の力
黒魔法:初級炎撃魔法 初級氷撃魔法 初級雷撃魔法
中級炎撃魔法 中級氷撃魔法 中級雷撃魔法
上級炎撃魔法 上級氷撃魔法 上級雷撃魔法
超級雷撃魔法
脱力魔法 対象の力を下げ攻撃と物理防御を弱める
鈍重魔法 対象の敏捷性を下げ速度や命中率を落とす
魔法障壁 敵意ある魔法による攻撃を防ぐ盾
呪封魔法 魔法を打ち消し封じる魔法殺しの術
流派:女傑流格闘術 猫の構え
恋人:シルフィ
仲間:ガーネット
称号:氷炎の覇者
種族特典:エルフの目 魔法によって隠されたものを見つけ出す探求の眼差し。
学習成果:黒魔法の最適化 学習進度によって魔法力の効率的な運用が可能となる。
????:左右両手で別の魔法を繰り出す能力 白魔法と黒魔法でも可能
――隠しステータス――
特殊能力:魂の記憶 力を引き継ぎ積み重ねる選ばれし者の能力。
種族特典:雄々しきオークの超回復力 休憩中の回復力がアップし、通常の毒と麻痺を無効化。猛毒など治療が必要な状態異常も自然回復するようになる。ただし、そのたくましさが災いして、一部の種族の異性から激しく嫌悪される。




