蘇生魔法の“変える”もの
六度――死者王を撃破した。
後方のガーネットから「そろそろ弾薬が心許ないねぇ」と、注意喚起が飛んでくる。
結局、ヘレンも死者王を倒すことは叶わず、ニコラスティラの助けもあって敗走したのだ。
不死身かこいつは?
俺は至近距離でエルフの目をこらす。
毒や麻痺といった状態異常を引き起こす呪いを錫杖からまき散らす死者王に、肉薄したまま戦う者などいなかった。
肉体硬化で拳そのものの強度を上げて、渾身の一撃で死者王の顔面を粉砕する。魔法に頼らぬ攻撃だが、これもまた再生……されるほんの一瞬、他の魔法に隠れていた刹那の変化をエルフの目が捉えた。
俺は飛び退き笑う。
「あっはっはっは! そっかー! なるほどねぇ。道理で僕らの攻撃がいくらヒットしても倒せないわけだよ」
突然、攻撃の手を止めた俺の背中にシルフィが訊く。
「い、いきなりどうしたッスかゼロくん!」
ヘレンが俺の前に立って死者王を牽制した。
「……足を止めるのは危険」
ガーネットは最後の弾倉を装着して口元を緩ませる。
「勘の良い奴とは思ってたけど、どうやら弱点を見つけたみたいさね」
俺はガーネットの言葉に頷いて、握った拳をそっと開くとゆらりゆらりと流水に舞う木の葉のような足捌きで、死者王との間合いを詰めた。
懐に入り死者王の目前で軽く跳ぶと、抜き手を放って王冠を……奪う!
途端に、空を舞うように飛んでいた本がバサバサと地面に墜落した。
死者王は錫杖を手放して、その場にうずくまる。
シルフィが後ろで目を丸くした。
「ど、どうしたんス!? なんで?」
ヘレンが小さく首をコクリと縦に振る。
「……本体」
そう、こいつの弱点は……というか死者王の本体とはこの王冠だったのだ。
本体とおぼしき骸骨の身体が滅せられる度に、この王冠が再生させていた。
気づけば簡単だが、恐らく見抜くには至近距離でエルフの目が必要だったんだろうな。
死者王の放つ瘴気に当てられて普通のエルフじゃ近づくことさえできなかったろうに。
「というわけだから、トドメを頼むねガーネットお姉ちゃん」
「あいよ!」
俺が天高く王冠を投げ放つ。弧を描き落下する寸前の、頂点に達して落ちる一瞬に――
ドガンッ!
銃声が鳴り響き王冠の中心となる宝玉が撃ち抜かれた。
赤い粒子に変換されたかと思うと、それは黒い鍵となって俺の手の中に落ちる。
三つ目の鍵だ。
ナビが「なんの鍵だろうね?」と、不思議そうに首を傾げながら、死者王から吹き上がる赤い粒子を額の紅玉に収めた。
バラバラに落ちた本たちも、赤い光となって消える。
そして、黒い翼の天使にも変化が起こった。
黒い翼は本来の純白を取り戻し、美しく輝く。枝分かれするように広がる翼は左右に三対六枚。瞳はさらに赤く煌々と燃えるようだった。
神々しい姿にガーネットもシルフィも言葉を失い、俺もヘレンに視線を奪われる。
これが本来のヘレンなのだ。階位も超級天使となり、その権限は上級天使のニコラスティラを越える。
「……二人は警戒を」
その言葉はガーネットとシルフィに向けられたものだ。
今は一秒でも早く、俺に力を伝えたい。そんな焦りすら感じた。
ヘレンはそっと俺の手をとった。触れるだけで彼女の意識が入りこんでくる。
抵抗もできたが受け入れよう。
彼女が奪われた力――蘇生魔法を俺に書き込む。
「……少し、時間を」
他の魔法に比しても、蘇生魔法は特別な力なのだ。
殺す方法はごまんと有り、殺意と刃物の一つもあれば子供にだって殺すことはできる。
傷を治すことも薬と時間があれば可能だ。
だが、死を否定し無かったことにする。一度死んだ者を甦らせる術は他に無い。
力を取り戻したヘレンであっても、それを他の誰かに書き込むというのは膨大な情報の処理を必要とした。
俺も無防備だ。
油断していた。死者王は間違い無く倒したし、ガーネットもシルフィも充分に強く、仮に魔物が襲ってきても充分に戦えると思ってしまった。
「おや? なんでこんなところに教会の司祭様がいるんだい?」
何気ないガーネットの一言に俺とヘレンが反応するよりも早く、黒い風が吹き荒れた。
ガーネットとシルフィが斃れる。
言わずにいたのが仇となった。
ヘレンは制止するように俺の拘束を解かない。
おいヘレン! 今はこんなことしてる場合じゃ……。
遺跡の頂上に白いローブを身に纏った司祭が姿を現し、今まさに蘇生魔法の書き込みの真っ最中である俺とヘレンを冷たく見据える。
「まさか死者王を倒すとは思いませんでした。おかげで貴方の階位が上に戻ってしまいましたね。せっかく貴方を使いやすいよう中級天使に堕としたというのに」
悪党というのはどうしてこうも、自身の悪事を語りたがるのだろう。
「……」
ヘレンは応えない。その意識は絶え間なく、俺に力を渡すことに集中している。
(――複製の時間を短縮。譲渡に変更)
ヘレンは取り戻したばかりの力そのものを、俺に受け渡し始めた。
これじゃあ俺が蘇生魔法を使えるようになっても、ヘレンが使えなくなっちまう。
司祭は再び白魔法を祈るように奏で始めた。
気配でわかる。俺もヘレンも、まとめてここで口封じするつもりなのだ。
「お二人は優秀すぎました。信じすぎた私自身の過失でもあります。使える手駒が減るのは少々もったいないのですが、敵対されるよりは良いですからね」
「……」
「驚かないのですね。私がここにいることに」
「……」
「死者王と契約したのですよ。彼の“書庫”にある力を共有する代償として、その書庫の蔵書を増やすお手伝いを少々ね。その中には階層を自由に行き来する力なんてものもありまして……実に快適ですよ」
魔物と契約だなんてにわかに信じられないな。司祭がどうやったかは知らないが、一つだけはっきりしたことがある。
「……悪党め」
ヘレンは俺の心を代弁するように口を開いた。
「おや、言いがかりも甚だしい。利用できるものを使ったまでに過ぎません。平和のためには上に立つ者が力を持つのは当然のこととは思いませんか」
「……把握した。上位の天使としてニコラスティラの権限停止を命じる」
「残念ですが私は貴方のような人形とは違うのです。自身の理想と意志を持ち、それを遂行する義務を負いますから。命じられた通りにしか動くことのできない人形の指示など、受けるつもりはありませんよ……シスターヘレン」
ヘレンは口元を小さく緩ませる。
「……私によろしく。ゼロ……」
俺はヘレンから蘇生魔法を譲渡された。
「さて、少しお喋りが過ぎましたね。消えてもらいましょう。お二人ともご苦労様でした。後のことはすべて私に任せて、安らかなる眠りを……」
ニコラスティラの手から黒き突風が吹き荒れて、俺とヘレンの命の灯火を消し去る。
ヘレンの最後に口にした言葉の意味を、意識が途切れる間際に俺は理解した。
どうやら、あの瞬間に戻る必要がありそうだ。
――トライ・リ・トライ――