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VS死者王

 死毒沼地に到着すると、教会が侵入を禁じる封印地域の立て札を無視して、俺は灰色の大地を駆け抜けた。


 石柱の林立する道を進み、その先に台形型の遺跡ピラミッドにたどり着く。


 死毒沼地の空は、霞がかっていた。昼間だというのに薄暗い。


 遺跡はぼんやり光る天球の、ちょうど真下にあった。


 階段を昇りきる。


 広い闘技場のような頂上に、石造りの玉座があった。


 影が座る。


 ナビが俺の前に出て、じっと玉座の主を見据えた。


「あれは死者王グリモアルハデスだね。見た目は小さいけど強敵だよ」


 錫杖を手に、死者王はゆらりと立ち上がった。


 どうやら俺を……俺たちを敵と認定したらしい。


 スウッと音もなく、黒翼の天使が俺の隣に舞い降りる。


 ヘレンは黒いドレス姿だ。ここではない未来で巨大機械ヘカトンケイルを倒した白槍を手にしている。


 つまり本気ガチってわけだな。


「手はず通りに行くぞ……ヘレン」


「……了解」


 ナビには「このまま死毒沼地の主を倒す」と説明してある。


 そこでヘレンから口頭で、その特性や情報を取得済みだ。


 腰のベルトに万能薬を八つほど用意している。同じくヘレンも万能薬を八つ。


 死者王グリモアルハデスのやっかいな性質とは――


 常に近づくモノに呪いをまき散らし、麻痺や毒を感染させる性質だ。


 接近は危険だった。


 俺を除いて。オークの超回復力を舐めるなよ化け物!




 コオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!




 風穴を唸らせる突風のような声を上げて、死者王が錫杖を俺に向けた。


 白でも黒でもない、闇の魔法が発動する。


 途端に俺の意識は混濁し、ヘレンの姿が恐ろしい魔物に変じた。


 同士討ちをさせる混乱魔法パニクールだ。こればかりはオークの回復力でも無力化できない。


 教会の聖堂騎士団がこの魔法一つで壊滅し、ヘレン単独での討伐が実行されたのも無理も無かった。


 が、すぐに意識を混濁させた雲のは霧散する。ヘレンが即座に万能薬で俺の状態異常を解除したおかげだ。


 手品のタネもわかっていれば対処できる。俺はさらに死者王と距離を詰め、打撃を放つ。


 拳打を強化する魔装鉄拳マジカルフィストは数度の強化によって魔装神拳ゴッドハンドへと進化していた。


 その主な材質は神代鋼オリハルコン――


 先頃、四人で囲んで倒した炎竜王アグニールが今や懐かしい。


 拳に込めた上級炎撃魔法ファイアノヴァが、死者王の骨の随まで焼き尽くす。


 白い骸骨は黒く焼け焦げ、内部でまだ炎の熱が燻るように赤々と燃えていた。


「……油断禁物」


 並の魔物なら勝負ありだが、死者王の姿がみるまに元に戻る。


 ヘレンの言った通り、再生能力があるようだ。


 死者王は手にした錫杖を天に掲げた。


 大気がピリつく。恐らくは上級雷撃魔法サンダーフレアだ。エルフの目で死者王を見ると、上級魔法の構築は一瞬で終わっていた。


 天から全てをなぎ払う雷撃の嵐が俺めがけて落ちる。死者王自身も巻き込まれるほど接近しているが、お構いなしかよ。


 俺は天に手をかざした。


「「「魔法障壁マジルシド」」」


 三つの声が同時にこだまし、俺を守るように三層の魔法障壁が展開した。


 一つは俺自身によるもの。


 もう一つはヘレンがかけたもの。


 そして――最後にして最強の一枚を張ったのは、俺たちに遅れて姿を現したシルフィによるものだ。


 死者王の雷撃は拡散し、俺は当然のごとく無傷だ。


 到着に時間差をつけたのも、基本的に俺が死者王と一対一タイマンを張るためである。


 中盤をヘレンが繋ぎ、後方からシルフィとガーネットによる援護という戦隊フォーメーション


 混乱魔法を受けた時のため、シルフィもガーネットも万能薬は持てるだけ持ち込んでいる。


 ドワーフの女名工とエルフの錬金術師少女の二人は、神代鋼オリハルコンを主体とした最強装備だ。


 違いといえば、俺が前衛を務めるためガーネットも後方からの攻撃参加が可能になった点だ。


 一撃の威力を極限まで高めた単発式石火矢を手にしている。牽制のため弾をばらまくのではなく、相手の弱点をピンポイントで射貫く精度の高い武装だった。


 これまではシルフィの護衛という色合いも強かったのだが、シルフィ自身が俺と同じく、ドナから猫の構えを学び、その体術は自衛に充分なほどだ。


 ドナの笑顔を思い出した。




「今日もみんなでピクニックね。ぼうやったら、女の子にモテモテで自慢の息子だわ」




 心配を掛けまいとドナには俺たちが何をしているのか、伝えてはいない。


 だが、彼女の口振りとは裏腹な、俺を心配で仕方ないという潤んだ瞳に隠し事はできないと思った。


 俺たちが危険なことをしているとドナも薄々感じてはいる。が、そのことを黙って彼女は見送ってくれた。


 ドナを守るためにも、この戦いには負けられない。


 決意を込めて、俺は再び、拳に魔法を装填チャージする。


 上級氷撃魔法アイスクリスタ。白い凍気をまとった連打が死者王を氷の棺に封じ込めた。


 後方に飛び退くと、矢のように白い槍が俺の耳元を通り抜けて、死者王の顔面に突き刺さった。ヘレンが投擲したのだ。おいおい、俺が一歩横にずれてたら、後頭部から串刺しじゃないか。


 即座にヘレンとシルフィが声を上げる。


「「起動……超級雷撃魔法インドラッ!!」」


 上級を越えた超絶威力の雷撃が、青白い火線となってヘレンの突き刺した白槍に落ちる。


 ヘレンが彼女にくだんの方法で伝授した奥義だ。


 シルフィが求め続けた最強魔法――とは、違うかもしれないが、現状単体最強火力と言える黒魔法による重奏である。


 弱いわけがない。効かないわけがない。


 氷の棺の中で死者王の骨の身体は微塵に砕けて分解された。


 氷柱が蒸発し、マントと王冠と錫杖だけが残った……が、時間を巻き戻すように死者王は元の姿に戻ると、手にした錫杖を掲げる。


 シルフィを脅威度の高さから優先したらしい。超級雷撃魔法インドラを封印しようという魂胆か。


「……警戒。封印注意」


 シルフィは後方に下がり、代わってガーネットが自分の身長ほどもある長砲身の石火矢を構える。


 右目には錬金と光学を組み合わせた倍率変更可能な照準器レティクルを装備していた。今のガーネットはちょっとした海賊団の団長風だ。


 その照準が標的を狙う。


「いい錫杖だねぇ。壊しちまうのがもったいないよ」


 呼吸を吐ききり微動だにせず、引き金にかけた指をスッと引く。




 ドガンッ!




 短く重く速い轟音とともに、ガーネットの放った弾丸は錫杖の中心とおぼしき魔石を撃ち抜いた。


 鍛冶職人だからこそ、その武器の核となるパーツが一瞬で理解できるのだ。


 それを撃ち抜く精度も集中力も、ガーネットの繊細にして大胆な鍛冶職人の仕事に通じるものがあった。


 つまり、連射こそ利かないが狙撃型の石火矢による“点”への攻撃は、ガーネット自身の特性にマッチしていたのである。




 コオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!




 錫杖が赤い粒子に変換された。ガーネットが次弾を装填して呟く。


「なんだい。立派な装備品かと思ったら、魔物の一部だったんだねぇ」


 これで封印攻撃は無くなったと、少しホッとしたところで――


 死者王の頭上――虚空に魔法陣が描かれると次々と“本”が姿を現した。


 十二冊の本が蝶のように虚空を舞う姿は非日常的シュールだ。その一冊一冊が重厚な装丁なのだから、見ているだけで混乱しそうだった。


 そのうちの一冊――純白の装丁の本が、死者王の右手に何か魔法をかける。


 この淀んだ死毒沼地に清らかな白い風が待った。途端、ガーネットが撃ち抜いた錫杖が復活した。


 ヘレンがクイッと手元に白槍を戻して呟く。


「……蘇生魔法リヴァイブ


 なるほど。奪った力は“本”というカタチで顕現けんげんさせて、実行できるというわけだ。


 仲間割れを起こさせる混乱魔法といい、正攻法じゃ落としづらい上に復活までするのだから、たちの悪さは炎竜王や氷神の比じゃないな。


 だが、独りで立ち向かう限界を越える力がここに集まっている。


 幸い、死者王の動きはゆったりと遅い。速度と手数で俺が圧倒し、後方から適時魔法による攻撃が実行される。


 舞うように飛ぶ本は、すべてガーネットが打ち落として、死者王が奪ってきた力を使わせない。


 今の所こちらの優位は動かないが、持久戦ともなると少々まずい展開だな。

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