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見せかけの忠誠

 シルフィとともに冒険をするようになり、ドナは時々寂しそうな顔をするものの、息子の成長を静かに見守ってくれた。


 常闇街だけでなく、街のどこにも自由に行けるようになったところで、俺は独り、久しぶりに大聖堂までやってきた。


 ニコラスティラ司祭は俺を歓迎し、少し話がしたいと執務室に通された。


 相変わらず本棚が壁を埋め尽くし、蔵書で溢れる部屋の奥で、広い机にそっと両肘をついて、口元を隠すようにしながら司祭は俺に聞く。


「ヘレンから進捗の報告は聞いていますが、クインドナと接触した率直な意見を教えていただけますか。ブラザーゼロ」


 さて、どう解答したものか。常闇街は欲望の街だ。危険な連中だって多い。それをドナがうまく治めているのだから、彼女を排する方がより無法地帯になる気がする。


「ヘレンお姉ちゃんはなんて言ってるんですか?」


「貴方がよくやっていると。すっかりクインドナに信用されているそうですね」


 柔和な口振りだが司祭の目は笑っていない。俺がドナに籠絡ろうらくされたとでも思ってるんだろうか。


「ええと、ヘレンお姉ちゃんから教わった白魔法で、僕、病気を治したんです」


 瞬間――ニコラスティラの片方の眉がピクンと動いた。


「治したというのは本当ですか?」


 司祭には心当たりがあるらしいな。少しだけ嫌な予感というか、疑念はあったんだ。


 石化病――あれは白魔法を歪ませた呪いだ。


「うん! 身体が石化しちゃうんだけど、白魔法の肉体硬化ストスキンが歪んだみたいな感じだったから」


「どうやって元に戻したというのです?」


「え、ええとぉ……回復魔法も治癒魔法も効かないから、普通の肉体硬化魔法で上書きしちゃった」


 黒魔法を活用したことは黙っておこう。


 ニコラスティラは深く息を吐いた。


「そうでしたか。どうりで……治療は上手くいったということですね?」


 俺は小さく頷いた。


「さて……どうしたものでしょう。貴方を教会に戻すのも手ではありますが……」


 万能薬の調合はドナの元にシルフィがいれば大丈夫だ。今のシルフィの戦闘力なら、単身でも材料集めは可能だし、レパードが護衛につけば万全である。


「あの、司祭様? 僕、なにかいけないことをしちゃいましたか?」


「いえ、貴方はとてもがんばっていますよ。ところで、その病気の治療法なのですが、貴方以外に治療が可能な人物はいますか?」


「うーんと、たしか……万能薬! 作れるようになったから、僕がいなくなっても大丈夫みたいです」


 表情を変えないはずの天使族が口元を歪ませるように笑う。


「調合は錬金ギルドの協力無くしては不可能なはずでしたが……仕方ありませんね。貴方が信頼されたということで良しとしましょう」


 どこの誰とは言わないが、リチマーンに働きかけて追い出した錬金術師が、常闇街で保護された結果だ。因果応報ってやつかもしれないな。


 どうやら石化病を仕掛けたのは……こいつらしい。


 この男は目的のためにマリアたちを殺そうとしたんだ。白魔法でも治療不能どころか、症状を悪化させるあたりたちが悪い。


 しかし……俺が子供だと思って油断しているのか、本性をさらけ出しやがったな。


「僕はこれからどうすればいいんですか?」


「そうですね。では、一つ上級天使ヴァーチェ以上の階位にしか使えない白魔法を教えましょう」


 スッと立ち上がると、ニコラスティラは俺の前に立って片手をそっとあげる。


 洗礼だ。俺はその場で膝を屈して祈る。


 こうして白魔法を使えるようにする様は、かつてガーネットが寄付金を積んで自身の白魔法を強化した時に、俺も目撃した。


 意外な提案だが、新しい魔法が手に入るならもらっておこう。


 と、その前に心を落ち着けないとな。心の中を読まれる危険性は、ヘレンのような同調シンクロをしなければ大丈夫だろうが、ニコラスティラが何か仕掛けてこないとも限らない。


「恐れることはありません。ブラザーゼロ……」


 身体が一瞬、軽くなるような感覚とともに俺の中で一つのイメージが浮かんだ。


 それは黒い風だ。命を刈り取る死神の鎌だ。


「さあ、目を開けてください」


「司祭様、この魔法って……」


「貴方は今、力を得ました。正しく使うことで上級天使ヴァーチェとしての道も開けるでしょう」


 即死魔法ブラックウインド。黒魔法のような破壊の力ではなく、命そのものの灯火を吹き消す黒い風。


 俺から何度となく大切な者を奪った、忌むべき力だ。


 これはよっぽど俺を信用しているとみるべきか……。


 ニコラスティラは柔和な表情で俺に告げる。


「では、今与えたその力で、クインドナに安らかなる永遠の休息を与えてください。信頼されている貴方が殺したなどと、誰も思わないでしょう。その死は自然なものと受け止められるはずです」


 言い方は穏やかだが、とどのつまりは暗殺命令だった。


 なるほど、こうしてヘレンも暗殺者に仕立て上げたのだろう。


 ここで反論しても疑われる。教会に対する忠誠を試す踏み絵だ。


 踏み抜いてやろうじゃないか。とはいえ、すぐに「はい」というのは、幼気いたいけな少年らしくない。


「え、ええと……」


「困惑するのは仕方ありませんね。ですが、これ以上クインドナが力をつけるようであれば、常闇街はあの一区画だけでなく街のすべてを呑み込んでしまいかねません。それほど欲望とは強力な感情なのです」


 ドナは扇のかなめだ。彼女の求心力が無くなれば、常闇街の今以上の発展も無くなり、教会の意にそぐわないものの掃き溜めとしてのみ、常闇街は存在を許される。


 膝を折って俺に視線の高さを合わせると、正面から両肩をグッと突かんで司祭は告げる。


「いいですかブラザーゼロ。正義を成すのです。この地下迷宮世界に秩序をもたらし、人々に安寧を与えることこそ、教会の役割なのですから」


 そのためには“必要な犠牲”だ。そんな言い分にもちろん納得などしていないが、俺は小さく「はい」と返答する。


 足下でナビが「やったねゼロ! 新しい魔法を手に入れたよ!」と、嬉しそうにぐるぐる回ってみせた。

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