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エルフ少女、再び!

 シルフィーネ・カライテンをギルドから永久追放処分とする。


 それが錬金術ギルド長リチマーンの決定だった。


 シルフィ自身もギルドからの依頼品の作成で、納期の遅れや品質の不足の自覚はあったのだが、リチマーンの圧力で彼女がこなせる以上の作業をさせていたらしい。


 結果、身体を壊す寸前まで追い込まれ、さらに納期の超過による罰則金の代わりに済む部屋を追われて錬金術の機材一式を差し押さえられてしまったのだ。


 トドメが「決められた納期を破り、錬金術ギルドの信頼をおとしめた」という理由での追放である。


 ドナはそっとシルフィの頭を撫でた。撫でることも抱きしめることも、きっと無意識のことなのだろう。


 手袋を常に身につけているのも、相手に直接触れてレベルドレインをうっかり発動させないためなんだ。


 まあ、家族となった俺にはある意味、問答無用だけど!


 シルフィは困ったように眉尻を落としながら、うつむくと肩をビクンとさせた。


「うっ……ううっ……」


 その手から薬膳がゆの茶碗とスプーンが床にゴトリとおちる。半分ほど残っていた中身が床に白いシミのように広がった。


「うわあああああああああああああああああああああああん!」


 感極まってシルフィはドナの胸に顔を埋めると泣きじゃくった。


「誰も助けてくれなかったッス……独りぼっちで……こんなに優しくしてくれる人、初めてで……ううっ……ひっく……」


 真珠のような涙の粒が、ボロボロとエルフの少女の頬を伝う。シルフィは嗚咽混じりに呼吸を荒げた。


 胸を一突きにされたような痛みが走った。


 彼女一人ではリチマーンの圧力に屈してしまうんだ。


 ドナは無言でシルフィをただ、強く抱きしめる。本当に辛い時には掛ける言葉すら見つからない。


 リチマーンの野郎……きっちりと、この落とし前はつけさせてもらうぜ。


 だんだんと呼吸が戻りだして、シルフィは平常心を取り戻した。


「あ、あの……ご、ごごごごめんなさいッス! お粥を派手に床にぶちまけちゃって」


 ドナはそっとシルフィを腕の中から解放すると目を細める。


「もう何も心配はいらないわ。錬金術ギルドが変わってしまったと思っていたけど、新しいギルド長は上に立つのに相応ふさわしい方とは言えないみたいね。あなたみたいな可愛い女の子をいじめるなんて」


 レパードがくぎを刺す。


「ドナ様。シルフィは被害者かもしれませんが、彼女の証言だけでは情報の正確性を欠きます」


 暗にシルフィが錬金ギルドのスパイとして送り込まれたのではないかと、疑っているようだ。


 シルフィも「そ、そうッスよね。ぼくはエルフだし……」と肩身を狭めて萎縮してしまった。


 自分に嫌疑が掛かることも聡明なシルフィは理解している。


 俺はレパードの顔を見上げた。


「僕はこのエルフのお姉ちゃんの言うことを信じるよ」


 瞬間――シルフィが安堵の笑みをこぼした。


 見ず知らずの少年の言葉とはいえ、味方になってくれる誰かがいるというだけで安心できるものだ。


 ドナだけでなく、俺もその一人として手を上げよう。


 彼女が密偵な訳がない。それは俺が一番良く知っている。


 なにより間者スパイは俺だ。ドナとの接触に成功したことは、シスターヘレンからニコラスティラ司祭に報告が上がっている。


 司祭経由でリチマーンの耳にも状況は届いているはずだ。


 なら教会も錬金術ギルドも、二人も三人も怪しい人物を常闇街に送り込みはするまいて。


 シルフィは潔白だ。


 ドナが小さく息を吐いた。


「ええとね、シルフィはあたしの噂は聞いたことある?」


「常闇街の重鎮とはうかがっているッス」


 クインドナの名前は独り歩きしているみたいだな。実際、彼女の影響力は常闇街限定ながら、かなりのものだ。


 少し困ったような顔でドナは優しく告げた。


「それじゃあ、あたしがどういったお仕事をしているかもわかってるわね」


「う、うう! わ、わかったッス! このご恩は身体でお返しするッス」


 ドナは小さく首を左右に振った。


「うふふ。大丈夫よ。あなたが知っている通り、あたしのお店には行き場を失った女の子たちが働いているわ。けど、みんな自分で選んだの。こうやってあたしを頼ってくる女の子のほとんどは、ちゃんと故郷まで送り届けているから。ね?」


 常闇街の女帝はそっと女執事に視線を送る。


 いつの間にかシルフィが落として床にぶちまけたお粥を、スマートにサッと片付け終えてレパードは言う。


「はい。地上まで護衛が必要でしたら、屈強なオークの戦士団にて護送いたします。神輿などで担いでパレードはいかがでしょう? 筋肉神輿にて送られるは女子の夢にございましょう。ええ、皆まで言う必要はございません。早急に五〇名ほどの精鋭オークを招集いたしましょう」


 なにその祭り怖い。


 途端にシルフィの顔が青ざめた。


「無理無理無理無理無理ですごめんなさいッス!」


 オーク嫌いは相変わらずだな。ただ……シルフィが故郷に戻ってしまったら、ガーネットとの技術融合が起こらない。


 シルフィにとっては俺に関わらない方が幸せかもしれない。


 けど……。


「ねえエルフのお姉ちゃん! 錬金術師さんなの?」


「そうッスよ。きみええと……」


「僕はゼロ。色々あってドナママの子供になったんだ」


「なにやら訳ありみたいッスね。それに天使族なのに感情表現が豊かなのも不思議ッス」


「僕ね、記憶喪失なんだ。感情を抑制する技みたいなのも忘れちゃったみたい。天使族だってちゃーんと感情はあるんだよ」


「そ、そうなんスね。これは失礼したッス、ゼロくん」


 恩人の子供ということもあってか、シルフィは礼儀正しい。


 俺は本題を切りだした。


「あのね、ドナママは錬金術師さんを探してるんだ。最近、変な病気に掛かっちゃうお姉ちゃんがいて……僕が治療したんだけど、お薬とか調合できる錬金術師さんがいれば、みんな安心できると思うんだよね」


 シルフィは俺とドナの顔を交互に見て、目を丸くした。


「え、ええ!? 本当ッスか」


 レパードが口を挟む。


「半端な錬金術師にはお引き取り願います。ドナ様にお仕えするのであれば、超一流の腕前でなければなりません」


 少しキツイ言い回しだが、その点に関してはシルフィなら安心だ。


 ただ、エルフの少女は肩を落としてうつむいてしまった。


「ぼくは……錬金ギルドを追放されるような腕前ッスから」


 すっかり自信を無くしちまってるな。


「えー。そうかなぁ。お姉ちゃんすっごく才能ありそうに見えるよ!」


「そ、そうッスか? ありがとうゼロくん。とっても優しいんスね」


「お世辞じゃないって。上手くいかなかったのは、きっと使ってた錬金術の道具が悪いんじゃない?」


「そ、それはその……良い道具や器具があれば、成功率も上がるッスけど」


 もう一押し必要だな。俺はドナにできる限り最高の笑顔を見せた。


「きっとこれも光の神様のおぼしめしだよ! ねえドナママ! シルフィお姉ちゃんを宮殿の専属錬金術師にしてよ!」


「あら、とっても素敵なアイディアね」


 すぐさまストッパー役が止めに入った。レパードだ。


「正直に申し上げますと、私は反対です。ギルドも有能な人材であれば、このようなカタチで放出はしないでしょう。違いますか?」


「はうぅ……返す言葉も無いッス」


 シルフィは再びシュンとしてしまった。レパードが警戒するのも無理も無いが、俺の時よりもアタリが厳しい。


 個人的にエルフが嫌いなのだろうかレパードは。


 うーむ、シルフィがリチマーンと因縁あって追放されたというのは、今の俺が知っていちゃいけない情報だしな。


 ドナも揺れているようだった。心情的にはシルフィを歓迎しているみたいだが、レパードの判断力への信頼は高い。


 俺は胸を張った。


「それじゃあ試験テストしたらいいんじゃないかな? シルフィお姉ちゃんがちゃーんと実力のある錬金術師ってわかればいいんでしょ?」


 レパードは軽くあごを指で挟むようにさすって俺に返す。


「ですがお坊ちゃま、私は錬金術にはあまり明るくありません。偽薬を作られてしまう可能性もあるわけです。また誰か石化病を発症した時に、その薬を試して失敗でもすれば……」


「その時は僕が白魔法でフォローするよ。それに錬金術で出来ることって、薬を作るだけじゃないでしょ?」


 俺はシルフィに向き直ると、ベッドの上でちょこんと座る彼女の隣に腰掛けて、そっと耳打ちした。


 途端にシルフィの顔が真っ赤になる。


「きゃっ! 耳元は弱いッスよ!」


 しまった彼女の感じる部分に息を吹きかけてしまったらしい。


「ご、ごめんねお姉ちゃんびっくりしちゃったよね。えーとね……」


 ごにょごにょと俺はシルフィの長く尖った耳に、そっと耳打ちした。


 このアイディアなら薬効の確認が必要な錬金薬と違って、善し悪しはすぐにわかるし……なにより宮殿に住む女の子たちにも、メリットがあるのだ。


 さて、あとはシルフィが俺の誘いに乗ってくれるかどうかだな。

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