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親子でお出かけ鍛冶職人街

 せめて装備くらいは超一流を……と、ドナは装備の予算に上限を設けなかった。


 幸い、錬金ギルドと違って鍛冶職人ギルドは常闇街を警戒していない。というか、酒好きで女好きなドワーフ連中は、常闇街の上客だ。


 岩窟亭の常連で、抜群の腕前を誇るあの女鍛冶職人の名前が挙がるのも、自然な成り行きと言えた。


 全身黒ずくめのタイトなドレス姿で、顔を隠すよう黒いベールのついた、つばの長い大きな帽子をかぶり、手袋越しに俺の手を引いてドナが訪れたのは――


「ふあああぁ……今日も退屈だねぇ」


 ガーネットの店舗兼工房兼自宅だった。


 店舗の奥のカウンターに頬杖をついて暇そうにしているところに、俺たちはやってきたのである。


 黒ずくめの女に天使族の子供という珍客に、ガーネットはあくびを呑み込むと金色の目をまん丸くさせた。


「うちは親子連れが来てもおもしろい店じゃないんだけど……おや、この前のちびっ子じゃないかい?」


 一度目はドナのレベルドレインで失敗したが、二度目の今回も常闇街に向かう前に、ガーネットには顔見せしておいた。


 子供が珍しい最果ての街で、きちんと鍛冶職人に印象が残っていたらしい。


 ドナが「あら? ぼうやとお知り合いなの?」と、驚いたように言うと、ガーネットは「知り合いってほどでもないさ。ある朝突然、弟子にしろってね。なんだいまったく。ちゃんとチビ子には素敵な母君がいるんじゃないかい」と、溜息交じりだ。


 どうやら家出少年と思われたらしい。


 ちなみに、ドナは「素敵な母君」の一言に、その場で全身を蛇のようにくねらせて悶絶している。なまめかしく腰を円を描くように蠢かせ、胸を文字通りブルンブルンと踊らせた。


 乱暴に色香を振りまき男を魅了するドナ。


 おいおいやめて恥ずかしいから。ガーネットがその様子に首を傾げる。


「大丈夫かい? ちびっ子の母君?」


 クネクネするのをやめると、ビシッと直立不動になってドナはゆっくりと頭を下げた。


「どうか、この子を守る素敵な装備をお願いしたいの。可愛い子には旅をさせなくちゃいけないから」


「旅って言われても、ここが冒険者の終着駅だろうし……ちびっ子も一応は冒険者みたいだしねぇ。今さら装備を調えて行くなんて、火炎鉱山の近く深くとか教会の封印地域の辺りだろうに」


 大人の冒険者にも手に余るというのに、子供が行くような所じゃない。


 と、俺の胸元を確認してガーネットは言う。金のチェーンにつけた紅玉が揺れているように見えているんだろうな。


 ナビ曰く、認識の歪みってやつだ。


「え、ええとガーネットさん! 僕ね、ど、どどどドナママのためにも強くなりたいんだ」


 最近はドナやレパードに言うのは馴れてきたけど、ガーネットに「ドナママ」って言うのが恥ずかしくて死にたい死ねる。


 ガーネットは目を細めた。


「そいつは良い心がけじゃないさ。それにまあ……装備を作るってんなら面白そうな仕事だしねぇ。ちびっ子が扱えるサイズの武器に防具ってのは、ちょっとやってみたいかも」


 軽くあごを手のひらでさするようにして、ガーネットは自慢の赤髪を揺らした。


 よっこいせっと声に出してガーネットは立ち上がった。


 相変わらず、こちらも胸の豊かで大ぶりなうす褐色の果実がたわわである。


 つい視線が誘導されると、ドナが俺に訊いた。


「あら、ぼうやはガーネットさんみたいな、頼れる姐御タイプの女の子が好きなのかしら?」


「え、ええッ!? ち、違うよあの……ええとぉ」


 好きだ。結ばれるほどに。


 ああ、けどシルフィの慎ましやかな青い新芽を思わせる身体も……って、バカは死んでも治らないな。うん。


 ガーネットは「わはは」と笑った。


「なんだいちびっ子、母君のおっぱいだけじゃ足りなくて、アタイのが気になるのかい? こりゃあ将来がたのし……心配だねぇ」


 俺の本能と本性を鋭く見抜いたガーネットに脱帽である。


 すると、ドナがそっと店のカウンターの方に歩み出た。


 手袋越しにガーネットの手を包むようにして握手する。


「鍛冶のお仕事に飽きてしまったというのなら、うちで働いてみない? 美味しいお酒も飲めるし、とっても気持ち良いのよ」


 待て待て待て待てぇぇい! スカウトするな!


「ど、ドナママ! 今日は僕の装備を作ってもらうお願いにきたんでしょ!」


 ちょっと涙目になって俺はドナの腰を両手でぎゅっと抱くようにして揺らした。


「あら、そうだったわね」


 少し未練を残すような手つきで、ドナはそっとガーネットの手を解放した。


 赤毛の女職人は笑う。


「安心しなってちびっ子。ちゃんとつくってやっからさ。ベースはドワーフの男向けでいいだろうけど、手足がすらっと長いんで採寸しっかりしなくちゃね。あと、あんまり重すぎても動きづらいだろうし」


 俺はつい、口を滑らせてしまった。


「天使族だから背中は広く開けておいて欲しいんだ。材質は胸当てに聖白金セイクリスティニウムがいいなぁ。軽銀鋼アルミナだと先々不安なんで。武器にしろ防具にしろ、重すぎる隕石鋼メテオニウムは使わない方向で。あっ、合金にできるならいいかも。軽銀鋼をベースに隕石鋼7%と触媒に銀灰鋼バナジニウムが3%なら、ギリギリ許容範囲って感じ?」


 俺がスラスラと金属の配合について要望を出している間、ドナはずっと「え? ええ? どうしちゃったのぼうや?」と、目を白黒させっぱなしだ。


 ガーネットが目を細めながら、うんうんと手元でメモを取る。


「詳しいじゃないさ。なんだアタイも見る目が無いねぇ。アンタが子供だからって追い返しちまって。どうだい? 今からでもアタイのところで鍛冶職人を目指すってのは?」


 すぐさまドナが俺とガーネットの間に割って入った。


「そ、それはダメよいけないわ。働くなんてまだ早すぎるもの」


 ガーネットがじっとドナの顔をのぞき込む。


「愛する子の初任給でプレゼントをされる喜びに浸ってみたいと思わないのかねぇ? 母君は?」


 たった一言でドナはガクッと膝を屈した。


「うっ……な、なんて魅力的な提案なのかしら」


 追撃するようにガーネットが続ける。


「そうさねぇ。初任給でなくとも、愛する子が最初に作った金の指輪なんて、生涯の宝物になるだろうに?」


 ドナがまるで巨石でも背負わされたように、さらに身を低くする。


 ついでに俺も膝から折れた。やめてくれガーネット。初めて作った金の指輪のエピソードは俺に効く。


 そろって床をなめそうな俺とドナにガーネットは「わはは! 変な親子。だけどさ、種族が違ってもやることが一緒なのは、やっぱり親子なんだねぇ」と、目を細めた。


 相性というものがあるのだろう。


 誰に対しても一定の余裕を見せていたドナだが、ガーネットのような好き嫌いがハッキリしていてストレートな物言いをするタイプにはタジタジみたいだ。

風邪でやう゛ぁいから短くてごめんね

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