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tenndon

「だめよ! まだこんなに小さな子に冒険なんて早すぎるわ!」


 ドナの回し蹴りがレパードをガードの上から軽々と吹き飛ばした。


 宮殿中央の庭園に備え付けられたベンチに、レパードが激突する。俺のお気に入りの場所がクライシスだ。


 バギギャッ! と、木製のベンチが砕け散った。だが、レパードはすぐさま立ち上がると、ドナに向かって跳び、左右のフックを連打する。


「お坊ちゃまには才能があります! どうか街の外に出て鍛錬するご許可を!」


 左右から同時に襲いかかる、牙でかみ砕くような打撃をドナは片手でパシパシッといなした。必要最低限の力で攻撃の方向をズラして無力化させるなんて、達人の動きだ。


 というかドナ……つええ。よくよく見ればレパードの動きはドナのそれを踏襲とうしゅうしているところもあった。


 だが、圧倒的にドナの方が洗練されている。まるで舞だ。妖艶なる舞踏は激しく、鋭く、はやいレパードの攻撃を、風に揺れる柳のようにかわし続け、黒豹女執事の息が上がった瞬間、豪腕を振るい烈震の如き蹴りを食らわせる。


 それにしても、どこまで本気かわからないが、レパードは確実にドナの急所を狙っていた。ドナの方は打撃の威力は派手なものの、顔には一切触れていない。


「才能があるからといって、必ずしも活かす必要なんてないじゃない」


「お坊ちゃまがそれを望まれているのです!」


 二人は同時に跳んだ。


 上段蹴りと上段蹴りが空中で交錯する。


 が、ドナの蹴りの方が重く強い。猛牛の角に突き上げられたようにレパードの身体が吹き飛んだ。


「れ、レパードお姉ちゃん!」


 宮殿の建物内に下がっていろと言われたが、俺は中庭に走る。倒れたレパードの上半身を抱え上げるように支えながら、ドナに言う。


「お、お願いだよ! 僕を外に行かせて!」


「あたしを倒してでも外に出る覚悟があるのかしら」


 ゴゴゴゴゴゴゴ――


 と、地が鳴動するような波動と重圧感プレッシャーをドナは放った。


 やべぇ世紀末的な覇王感がある。


 ドナは両手を軽く開いて手のひらをこちらに向けた。


 俺の腕に上半身を抱き上げられたレパードが、息絶え絶えに言う。


「お逃げくださいお坊ちゃま。あの構えは……うっ……」


 そのままレパードは気絶してしまった。


 え? ちょっと構えはの続きは!?


 ドナが大きく深呼吸して俺を見据える。


母王昇天拳はおうしょうてんけんだけは使わせないでぼうや!」


 何その技カッコイイ。


 手から母性とともに破壊の衝撃波が飛んできそうだ。打たせる前に止めねば。


 俺は自分の愛らしさとドナの母性愛に賭けた。


「僕を信じてくれないのドナママ!?」


「もう少しだけ大人になるまで、あたしのそばにいてちょうだい。急ぐ必要なんてないわよ」


 ダメだ。ちょっと良い子を演じるくらいじゃ、ドナを説得できない。


 頼みの綱のレパードも、健闘むなしくドナの豪傑っぷりに散った。


「HUUUUUUUUUUU……HAAAAAAAAAAAAAAAAA……KHOOOOOOOO……」


 深い呼吸を一定のリズムでドナは続ける。


 まずい……本当に何か技をぶちかますつもりだ。


「安心してぼうや。ちょっと意識を失うだけで傷つけたりしないから」


 意識が飛ぶとか普通にやばいからね。うん。


 恐らく今の俺がドナに挑みかかっていっても、一瞬で組み敷かれるなり抱きつかれて、あの小玉スイカほどの胸の谷間にはさみこまれて窒息させられるのがオチだ。


 俺はそっとレパードの身体を寝かせると、彼女を背に庇うようにしてドナと正面から対峙した。


「僕はドナママみたいに強くない。けど……今のままじゃ強くなれないんだ」


「どうしてぼうやが強くならなきゃいけないの? ずっとずーっと、あたしが守ってあげるわ」


 母親の降り注ぐ愛が重たい。


「い、嫌だ! 僕だって守りたいんだ。強くなってドナママを守ってあげたいんだ!」


「……ぼうや……う、ううっ! あたしを甘やかそうだなんて……ひゃ、百年早いわ」


 構えを解いてドナはそっと涙を拭った。


 めちゃくちゃ効いてる――ッ!?


 と、気絶していた(フリだったようだが)レパードが、むくりと起き上がってドナを追撃した。


 といっても格闘ではなく、飛び出したのは殺し文句だ。


「可愛い子には旅をさせろ! と、昔から言うではありませんかドナ様!」


「はうっ――ぼうやは可愛いわ。愛おしいわ。こんなに可愛いのに……あたしったら、ぼうやの気持ちも解らずに鳥かごの中で閉じ込めようとしてたのね」


 自らの行いを悔いるようにドナは頭を抱えてうずくまる。


 レパードが俺に「今です!」と視線の合図を放った。


 俺はドナの元に駆け寄り、そっと彼女の頭を抱きしめる。しゃがんでいる彼女の頭の後ろに腕を回して、そっと髪を撫でた。


 麝香ムスクのような香がふわっと立ち上る。


 俺の腕の中でドナは小さくうなずいた。


「とっても心配よ。本当はぼうやにはどこにも行ってほしくないわ。だから、ちょっとずつね。最初から無理しちゃだめよ。あと、最初はあたしも一緒に……」


 一緒に来られると色々とまずい。おそらく俺が戦う前に、先回りして進路上の魔物をドナが全滅させかねない。


「僕を信じて待っててね。必ず夕方までには戻ってくるから」


「なにかあたしにできることはないかしら?」


 レパードが俺にジェスチャーで「お弁当をつくってもらえ」とアドバイスした。いや、ジェスチャーのみで伝えるレパードの形態模写力もすごいな。


「お、お弁当があったら嬉しいかな。お腹が空いた時にドナママのご飯が食べられたら、僕、魔物になんか負けないと思うんだ」


「わかったわ! 愛情たっぷり腕を振るうわね」


 肝心なことは、彼女に直接触れすぎないという部分だ。お肌とお肌の接触……特に唇などの粘膜は強力なレベルドレインを発動させる。


 彼女の手料理を食べたからといって、力を奪われることはない。


 それにしても、まさかドナがあれほどの使い手とは思わなかったな。


 あの舞うような体裁き……今度教えてもらおう。


 回避が上手くなりそうだ。

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