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Nameless Memories

甘くてオカシナ君へ。

作者: 葉月コノハ

僕は、和菓子職人だ。



祖父が建てた和菓子屋を、父と同じように20歳の時に継いで、もう5年になる。


今では、僕にこの店を継がせた父も母も、遠方の実家に帰って久しく会っていない。



でも僕は、毎日和菓子を作る。毎朝日が昇る前に厨房に立ち、毎晩夜が更けた頃に店の上の階にある自室へと帰宅する。


毎日、毎日。1日たりとも店を空けることはなく、僕は和菓子を作り続ける。



ちなみに、上の階で喫茶店もやっている。マスター、と呼ばれるのはなかなかに新鮮なもので、そちらが本業にもなりつつある。






......売り上げは上々だ。目玉商品のいちご大福は毎日お昼時には完売している。毎日目安として、いちごは1日に100個だけ、とれたてを入荷するようにしているから個数にどうしても限りがある。



うちは和菓子屋だが、カヌレやママレードといった洋菓子も、手慰み程度には作る。最近はそちらにも人気の火がついてきたのは少し嬉しい。


最近は、SNSや口コミなどで少しずつ評判になっているようで、遠いところからわざわざ買いに来るお客さんや、常連のお客さんも少しずつ増えてきたと思う。




(かなえ)堂。


それが、この店の名前。





ああ、そういえば。先日、テレビの取材が来た。


どうやら「行列ができるお店」を巡っているらしく、和菓子屋で行列は珍しいですね、と名前も知らない芸能人がにこやかに話しかけてきたのを覚えている。彼らはどら焼きや葛餅、それに抹茶菓子や看板商品のいちご大福を一通り映して帰っていった。





たくさんの人が食べに来てくれるのは、本当に嬉しい。彼らの笑う顔が支えになっているのは間違いない。



嬉しいのは間違いない。




嬉しいんだけど、でも違う(・・)





本当に食べて欲しいのは__________















4年前のあの日。最初に、君と同じ名前の店を開いていると言ったら、「冗談でしょ?」と君は笑った。


でも、少し経ってから店まで連れ来ると、君はいたくこの店を気に入ってくれた。


椅子に座るなり靴下を脱ぎ出し、素足になってくつろいでいた彼女は、珍しく一個だけ売れ残っていたいちご大福を頬張った。




「これ、本当(ホント)に君が作ったの?」


まあね、と半分照れながら僕が答えると、彼女は口をもごもごさせながら、こう言った。



「こんなに料理が上手なんだったら、君なら『妖怪』を作れるよ」





彼女曰く、料理の才能がある人は、妖怪を作ることができるらしい。その妖怪っていうのは幽霊とかそういうものなんじゃなくて、「次も食べないと」と思わせてしまう(アヤカシ)の味のことだと彼女は言う。


「病みつきになっちゃう、のレベルを超えて、『食べなきゃいけない』って思わせちゃうくらいの暗示の類い。料理の味の良さっていうよりはむしろ、作る人の魔法に近いかな」


そう言いながらようやく餅を飲み込み、美味しいよ、と感想を述べる。





魔法ねえ。と、聞きなれないフレーズに反応してみせると、彼女は可笑しそうにくすりと笑った。


「比喩だよ比喩。あくまでもたとえ話。でも、君ならきっと、魔法のパティシエになれるよ」



僕は洋菓子職人(パティシエ)じゃなくて和菓子職人なんだけどな、とため息をつく僕に、そんなこと関係ないよと彼女は言った。

長い黒髪が、どこからかの隙間風でかすかになびく。



「君ならきっと、和菓子以外のお菓子も上手だと思うな。カヌレとか、ママレードとか......」







_________________________




僕は、無人の店内で深く息を吸い込む。


餡子(あんこ)の匂いが染み付いたこの空気は、毎日吸い込んでいるはずだが何故か懐かしい。



彼女と知り合ったのはいつだったか。何故か記憶にないのだけれど、出会ってすぐに仲良くなったのは覚えている。


甘いものが好きな彼女に僕は、度々(たびたび)お菓子を手作りしては、「店で買った」と嘘をついて渡していた。

恥ずかしかった、のだろう。どうしてだろう。その頃はまだ、店を継いだばかりで自信がなかったのかもしれない。



好きだったのか、そうじゃなかったのか。それすら、今の僕にはおぼろげだ。




............さて。今日は新作を作ろうと思う。お餅に何を載せようか。




何も考えずに餅をこねていると突然、頭の中に、(さかずき)の形をした餅が思い浮かんだ。


杯に見立てた餅に、ジュースに見立てたいちごを乗っける。突然現れた突拍子もない案に自分で苦笑しながら、僕は四苦八苦しながら試作品を作り上げる。


時計を見ると、今はもう昼の13時。ちなみに、いつもの開店時間は朝8時だ。



今日は初めて、店を閉める。



今にも崩れそうな餅の杯の表面を、慎重に薄く火で炙って固める。


外はサクサク、中はもちっと。新しい食感のいちご大福ってことで、結構売れるかもしれないな。




僕は試作品一号を、丁寧に皿の上に置く。



昔の中国で、食べ物を煮るのに使った3本足の器を、「カナエ」というらしい。


形はまったく違うが、まあこれで器ってことで。





妖怪の味ってやつは、結局作ることはできるのだろうか。


あの時の彼女の言葉は、深く心に沈み込む。





「ちょっと不恰好だけど、勘弁してくれ。な、香苗(かなえ)


僕は餅の器にいちごを一つ、ちょこんと乗っける。













今日は、香苗の1周忌。

「小説家の集い」より、キーワード「餅」「コーヒー」「妖怪」をいただき作成しました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 「妖の味」という表現を見て、ハテナマークを浮かべ、説明を読み、この上なくしっくりきました。 店を臨時休業するほど熱中している、そんな後ろ姿が浮かびます
[良い点] 題名と掛けてるのが良いですね
[良い点] 和菓子職人、に対して「妖怪を作れるよ」と返す彼女の言葉が強く印象に残りました。 彼が和菓子を作り続けるのは、今はもういなくてもいつか彼女に和菓子を届ける為なのかなぁ、と思いました。 設…
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