左遷されましたので!
遅れてしまいましたが、今回も宜しくお願いします!
トレイズにとって朝は気怠く億劫な物だった。もしかしたら今日頭を石榴のように割られて死ぬかも知れない、でも自殺は嫌という毎日を送っていた少年兵時代のトレイズに、朝は残酷な物だった。
「んむ...。」
「俺にもこんな朝が来るとはな...。」
だが今は違う。『守るべきもの』と迎える朝は特別な物だった。
「愛してる、か...。」
まだ寝ている様子のイシュの髪を手でそっと梳かしながら、ポツリとつぶやく。人生の殆どを戦場で過ごしてきた為、戦う事に恐怖は無い。だが、イシュを失う事を何より恐れている事に気付く時があった。まさか自分の様な人間が一週間足らずで女性を好きになってしまうとは、流石に考えもしなかった。しかも異世界で。
そんな事を考えていると、イシュが眠そうに瞼をこすりながら起床する。
「おは、よう、ございます...ふわぁ...。」
「もう少し寝ていても大丈夫だぞ?」
「旦那様が起きているのに妻が寝ては始まりません...んむ...。」
「あーでも、一緒に寝るのも無理かもな...。」
「え?どういう事で」
「起きろ二人共!朝だぞ!」
「ひゃあ!」
「だろうと思ったよ。ったく、朝から騒がしい奴だ。」
「生憎オレは黙って寝るってのが苦手でな!休息による魔力や体力の回復は大事だが、体を動かさんと落ち着けない性分なんだよオレは。」
ドアを勢い良く開けながら、セルカが大声を上げながら部屋に入って来る。
「アルザがまだ戻っていない。もしかしたらだが、今日にも行動を起こすかもしれん。」
「面倒だな...。」
「取り敢えず、今日の宿代を稼がないといけませんね。行きましょう!」
「昨日で稼いだじゃねえか。」
「オレが存分に戦える敵はいないのか?例えば...そうだな...ドラゴンとか!」
「アホ。そんなモン来たら困るわ。」
「木を燃やすのはダメですよ!」
「む、むう。」
「どうせ暇だ。依頼をやるついでに、鍛冶屋に寄らせてくれ。コレを収める鞘が欲しい。」
「分かりました。」
受付の男に部屋を暫く借りる事を伝え、三人で宿屋横の公衆浴場に行く。混浴が無いのをイシュは残念がっていたが、入浴料を払いキッチリ男湯と女湯に別れる。中は広く百人程入れそうだった。湯で体をさっと洗い、湯船に浸かる。
「朝に風呂なんざ、久し振りだな...。」
トレイズ達が湯に使っている時、村に一人の少女が訪れていた。黒いドレスの様な服を着た少女は、長い金髪をなびかせ可愛いらしい顔で考え事をしている。
「本当にこの村に面白い事があるのかなあ。カレンも死神様も行けーって言ってたし、なんか起こるのかな。にしても!なーにが『皇帝やりたくないんだろ?なら行ってこい!』だよ!全く人をなんだと思ってんだか!.....はあ、一人は辛い。」
少女がブツブツと独り言を呟いている時、周りの冒険者達が少女を見た途端、サッと血相を変えてその場から逃げる様に立ち去って行く。その冒険者達の怯えた様子に気付いた少女は顔をしかませる。
「なんだよ人をバケモノみたいに扱っちゃって!うう、こんな事なら死神様からノルちゃん辺りを借りとけば良かったよ...。あの子相槌しか打たないけど。暇だな...ギルドで飲み物でも飲んどこ。」
そう言って少女はスタスタと軽い足取りでギルドに向かって歩いて行く。少女から少しでも離れようとする冒険者達に、またも少女は心の中で項垂れるのだった。
「ふぅ!湯船はやはりいい物ですね。」
「ああ!風呂は気持ち良いものだな!」
「お、タイミング良いな。それじゃ行くか。」
「はい!」
「おう!」
トレイズが更衣室から出て来るのと同時に、イシュとセルカも更衣室から出て来る。準備を整えた三人は、前日門兵に教えられた武具屋に赴く。冒険者御用達ならギルドの近くにあるだろうというトレイズの予想は当たり、公衆浴場すぐ近くに武具屋はあった。
「ここだな。...にしても、なんだか騒がしいな。これは、何かあった感じだな。」
「少しざわついていますね。」
「さっさと済ませて行こうぜ!早く体を動かしたい!」
「分かったから、ちょっと待ってろ。」
イシュとセルカを外で待たせて武具屋に入ると、まず受付の大柄な浅黒い肌のドワーフの男が目に入る。顔が煤で汚れている辺り、この武具屋の職人だろう。
「すまない。剣を収める鞘の様なものを作って欲しいんだが。」
「ん?鞘か。剣を見せてみろ。サイズを測る。」
「コレなんだが、出来るか?出来れば、背負えて直ぐに取り出せる物がいい。」
「んん?んんん?何だこれは...?剣なのか...?」
男に銃剣を渡すと、唸りながら何度も銃剣をあらゆる角度から凝視する。しばらく銃剣を観察した後、いきなりハッとした表情になる。
「こ、これは神鉄!?お前、冒険者ランクはッ!?」
「昨日冒険者になったばかりだ。」
「なっ...!?ともかく、俺はこんな武器を見た事が無い。鞘は作れるぞ。それより教えてくれ。この武器はどう使う?どう作った?何処からだ?誰が作ったんだ?」
「使い方は分かるが、後は教えられん。」
「そ、そうか...まあ、そうだろうな。サイズを測る。鞘は簡単の物で良いなら明日には出来るが、どうする?」
「それでいい。頼む。」
「了解だ。」
男は銃剣を持って受付の後ろにある台に乗せ、縦と横のサイズを測る。少し考えた後、厚さを測って銃剣が返される。
「それじゃあ明日、この時間に来る。」
「ああ。」
男と約束を交わした後、武具屋の外に出ると何故か屈強な冒険者らしき男達が三人程倒れていた。死んではいない様で三人共、仲良く気絶して倒れていた。よく見れば、一人はトレイズ達に話し掛けてきたあの男だった。
「なんだこりゃ?」
「トレイズ様!」
「遅かったな。」
「何があったんだ?何か倒れてるぞ。」
「いえ、これは...。」
「コイツら、イシュにしつこく言い寄ってうるさかったから、少し小突いたらコレだ。コイツら本当に冒険者か?」
「ドラゴンのちょっかいで死ななかっただけ、褒めてやるんだな。イシュ、大丈夫だったか?」
「大丈夫ですよ。少しお茶に誘われただけです。でも、トレイズ様がいるのにこんな方達とお茶というのは話になりませんでしたが。」
「そうか。知らない奴にはホイホイ付いていくなよ?例え俺をダシにされてもだぞ?俺はそんな事にはならんし、万が一なっても直ぐに戻って来るからな。」
「了解です!」
「OKだ。行こう。」
鞘の注文を終え、暇潰しの依頼を受けに冒険者ギルトに向かう。ギルドに入ると、冒険者達がなにやらざわついているのが見てとれた。その視線は皆、酒場に一人寂しく座っている金髪の少女に行っていた。
そして、その少女はふとトレイズ達に視線を向ける。すると、何故か途端に少女の顔がパッと輝く。少女は席から立ち上がり、トレイズ達に向かって来ながら嬉嬉として喋り掛けてくる。
「本当に面白そうなのが来た!!」
「誰だお前。」
「あえ?」
トレイズの当然とばかりの対応に、少女は変な声を出してしまう。
「あ、あれっ?もしかしてボクの事知らない?」
「知らん。イシュ、分かるか?」
「すみません、私は存じ上げていません...。セルカさん、この方がどなたか分かりますか?」
「すまん。オレもつい最近目覚めたのでな、全く分からん。」
「だそうだ。先ずは自己紹介をしてくれ。」
「ボク、あんまり有名じゃなかったんだ...。でも調子に乗るのは良くないって聞くし!ボクはルイス!ルイス・カルナヴァン!よろしくね!」
「ああ。よろしくな。俺はトレイズ。」
「イシュと申します。ルイス様ですね!よろしくお願いします!」
「オレはセルカだ!ルイスだな。覚えたぞ!」
ルイスと名乗った少女は、落ち込みを振り払い快活に自己紹介をする。
「いやあボクを怖がらないで接してくれる人なんて久し振りだよ!」
「何だ。人でも殺したか。」
「いや殺してないよ!?そういうの風評被害になるんだからね!?」
「じゃあ何だ?」
「一応、ボク『五騎士』の一人なんだ。それになんか適当に遊んでたら『皇帝』になっちゃったし。まあ押し付けたけど。それのせいで皆から怖がられちゃうし...。」
「皇帝?て事はお前、帝国で一番強いのか?」
「んー。二番?かな?」
「んで、何だってそんな奴がこんな村に?」
「お仕事サボってたら、「暇だったら『純潔会』について調査して来い!」って言われちゃって。でも、面白そうな事が起こるって聞いたし!」
「なるほど左遷か。それじゃあ俺達はやる事があるからじゃあな。」
「ちょちょちょ!待ってよ!待ってってば!アレ!?待たないの!?待ってよお!」
「しつけえ!!」
少女に別れを告げてその場から立ち去ろうとすると、少女は必死にトレイズにしがみついてくる。引き剥がそうとしても何処からそんな力が出るのか、一向に引き剥がせない。
「分かった!何だ!俺達に何の用だ!」
「良かったら、ボクも一緒に連れて行ってくれないかな?君達に出来る限りの協力はするからさあ!一人はヤダよお!」
「分かったから離れてくれ!」
「ホント!?やったー!」
「まったく、何がそんなに嬉しいんだかな。」
「ふふふ!ボクにとっては死活問題なのさ!」
こうして、居なくなってしまったアルザと取って代わる様に皇帝(?)ことルイス・カルナヴァンが仲間に加わった。
トレイズ編が終われば次の視点に行ける...と思いつつ中々終わりません。暫く清英視点出来なさそうでつらい...