第7話「魔女は黙る」
「裏口からな。鍵はエディに開けて貰った」
「不法侵入!」
「身分詐称の君がそれを言うのか?」
グッと押し黙る俺に、彼は一本取ってやったとでも言いたげに唇を歪める。
「それにしても驚いたな。その桜色の唇から零れるのが男の声だなんて」
「す、鈴の音じゃなくて悪かったな」
さっき王子が揶揄した単語で応戦するも、その声は震えており俺は頬に朱を走らせる。
声が裏返るなんて恥ずかしい。
「いや、波音のように涼やかで悪くない。その声で歌でも歌ったらさぞかし映えるだろう。やはり気に入った。お前を城に連れて行く」
「こ、殺すためにか!?」
「何故だ?」
軽く目を瞠る彼に俺が驚く。先程、身分詐称と言ったのを彼は忘れてしまったのだろうか。
「男は菓子を作ってはいけない。それがこの国の法律だろう……」
「ああ、そんな些末なことか。その法律は以前から気に入らなかった故、いずれ変えるつもりでいたのだ。気にしなくともよい。
余はお前を殺さない。第一これほどの技術、捨て置くには勿体無いと思わないか?」
「まさか……もう食ったのか?」
「ああ、エディに鍵を開けて貰っている間にな。あれはなんというのだ? ふわふわの生地に白いクリームと苺が載っていた」
「ガトー・アン・フレーズ」
「華美な名だ。御前が考えたのか」
「あ、う、ん。まぁ……」
「あれは美味だった。是非、良い材料を使って城で作ってもらいたい」
「はぁ……」
「技術は伝承する為にある。こんなに素晴らしい技術を国に遺さずどうする! 余は残したい。これは国の為になる。宝になり、これからもフランディーゼの技術として他国にも広めるのだ」
間の抜けた返事を返す俺に、彼は突然演説を始める。口を挟む隙は無いので大人しく耳を傾けるしかない。
「その為には男だの女だので差別する法律が邪魔だ。しかし、何も無くして突然、法は変えられない。民を惑わし混乱させるのは避けたいからな。そこでお前の力が必要だ」
「俺の?」
「ああ、初めは素晴らしい技術を持った魔女を城で囲い、才能のありそうな男に指導して欲しいと思った。けれど、お前自身が男だった、なんて都合が良い。お前が証人になれば良いのだからな」
「証人? なんの?」
「男女の差などないという証人だ。男でもこれだけ出来る、というのを民に、貴族に、国に見せつけてやればよい。
貴族の中には、ここの菓子に舌鼓を打った者もいる。口先だけの反論も出来ないだろう」
だから城に来い、王子はそう続け俺を見据えた。射抜くような真っ直ぐな瞳。青々と輝く淡い群青色の瞳には意思の強さが垣間見えた。
「出来ません……」
「何故だ」
「俺には国の命運を左右するとかそんなの……」
「お前は菓子を作っておればよい。それ以外は何もいらん」
菓子作りが出来れば良い。それは俺が望んだことだ。けれど、それがこんな大きな話になるなんて微塵も思ってはいなかった。
それに今迄、疑わなかったが、この男は本当に王子なのだろうか。俺は王子を見たことはないし、身形は良さそうだが王子を語っている偽物かもしれない。
俺を殺さない、という話の真偽も定かでない。疑心暗鬼で一杯の俺は、どう答えるべきか考えあぐねていた。
*ガトー・アン・フレーズ:ガトーはお菓子、フレーズは苺。要は苺のショートケーキのことです。