第6話「魔女は焦る」
「『私と王子では身分が違いますし』って言ってるけど?」
「それなら問題はない。この国は何年か前に実力主義になっただろ? 今迄は歳が邪魔をして出来ない事が多々あった。
その方針を変えたのは余。その時、自分の花嫁は自分で選ぶと決めたのだ。言うなれば、この国の女全員にその権利はあったのだが、それは今無くなった。お前が余の花嫁になるのだからな」
(その法律変えたのお前!? お前だったの!? いや、お陰でまだ十四の俺が店開けたけどさ!?)
当たり障りのない返答をしたつもりが見事に論破され項垂れる。ココは死を覚悟して結婚を断ろう。どのみち男だとばれたら俺の人生は終わりなのだから。
「『申し訳ありませんが結婚はお断りさせて頂きます。城の大魔女の座も結構です』だって」
「何故だ!? 望みなら何でも叶えられるぞ!? 城で菓子作りをしてくれると言うなら、どんな希少な食材でも仕入れよう!」
「『何故そんなに菓子に拘るのですか?』って! そんなのクロが超絶甘党だからに決まってんじゃん!」
「何故お前が答える。カロン」
「誰が答えたって変わんねぇじゃん。
ま、そいうことでさ、アジュールちゃん、そろそろこの話呑んでくれよ~『城の菓子は飽きた』って城抜け出しては菓子ツアーだぜ? 護衛が大変だよな。マディちゃん、エディちゃん」
女二人に目配せをするカロン。その視線の先を伺えば二人は各々の反応を見せていた。
「私はクローディ様の言うことなら何でも」
「私は冗談じゃない。何故こんなクソ王子の護衛をしなきゃならん。早く死ねばいいさ」
(なんかすげぇ物騒な事言ってんだけど金髪の子! いいの!? こんなのが護衛でいいの!?)
「ま、そういうわけなのよ? 業務にも影響出てるしさぁ? お試しでも……」
「もうよい。とりあえずそういうわけなのだ。アジュール殿。従わないというなら勅命を出しても良いが、余はなるべく自分の意思で仕えてもらいたい。考える時間も欲しいだろうし今日は帰ることにしよう。
買うのはココにいる皆の分だけにする。それなら売ってくれるか?」
カロンの言葉を遮り、王子は真摯な瞳で見つめてくる。俺がコクリと頷けば王子は礼を口にした。
「いいのかよ、クロ……」
「黙れカロン。エディ、菓子を受け取れ。チップは忘れずにな。マディとカロンは先に戻っていろ」
「了解」
「承知しました」
「御意」
「騒がせて済まなかった。後日また伺う。その時に正式に答えを頂戴しよう」
先程までの強引な対応と違い、どこか紳士のような雰囲気を漂わせ王子は店を出て行った。一行はそうしていなくなり店には再び静寂が訪れる。
どっと疲れが押し寄せてきて、俺は思わず椅子に腰を預けた。少し乱暴に腰かけた所為か、僅かに軋んだ音が店内に響く。座り慣れた椅子もそろそろ替え時か、と些末なことが頭の片隅を過った。
何となしに店内を見渡せば、いつもの風景が広がるだけで、先程まで騒がしかったのが嘘のようだ。人の気配がない事に安堵し俺は深々と溜息を吐いた。
「なんなんだよ……もう……王子とかまじ勘弁。俺は菓子が作りたいだけなのにさ、第一、男だから結婚とか無理だし」
「ほぉ、お前男だったのか。女にしてはいい堅をしていると思っていたが、美女だった故、気付かなかった」
「ああ、どーも」
「それにしても本当に男か? そこらへんの女より美しいぞ?」
「よく言われ……え!?」
「先程ぶりだな、アジュール殿。声が聞けたのは嬉しいが鈴のようでは無かった」
背後頭上から降ってきた声に肩を震わせ振り仰げば、そこには王子がいた。満面の笑みには嗜虐の色が浮かんでいる。サッと血の気が引いたのが自分でも分かった。ゆっくり立ち上がり後ずさりすれば、同じ歩幅で彼は詰め寄ってくる。
「な、なんでココに」
声を聞かれてしまったのだ。今更取り繕っても仕方がない。けれど、焦りとは意図せず抱えてしまうもの。俺は震える唇で疑問を投げ掛けた。