第54話「医者と光」
「俺とも仲直りしてくれる? カロン」
「余はまだ答えを貰っておらん。リクは少々待て」
「クローディが許して貰えないわけないじゃん。そんなことより、俺の方が問題だよ。散々、嫌いって言われたんだから」
「何!? 兄弟水入らずの仲直りだぞ!? 割って入る方がどうかしておる!」
「それ、俺さっきまで知らなかったし。超衝撃なんだけどカロンの方がイケメンじゃね?」
「リク! 言葉が過ぎるぞ!」
「あー、はいはい。イケメンだよクローディも」
俺をほっといて何やら他愛無い口論を繰り広げる二人。あんなに友人になる為に悩んでいたというのに、軽口を叩きあう様はなんとも楽しそうだ。
先程まで真面目に悩んでいた自分が何だか馬鹿らしく思える。可笑しくなってきた俺の口元は自然と緩んでいた。
「ぷくく……」
「何を笑っておるカロン」
「ホントだよ。笑ってんだったら仲直りしようよ」
「拘るなお前」
「クローディこそ」
馬鹿らしい。今迄のは何だったのだ。まるで茶番だ。思い詰めていた自分が阿呆らしくなってくる。
悩んだことも、犯した過ちも、もう何も無かった頃には戻れない。それでも、まだ俺達は顔を合わせて笑い合うことが出来るとでも言うのだろうか。こんなに、失くすのを惜しいと思うのはいつぶりだろう。俺は更に笑みを深めながら涙を拭った。幼稚な喧嘩は見るに堪えない。
「お前ら……馬鹿だろ」
零したのは笑みと他愛ない言葉。けれど得た物は、それに比例しないくらいの愛情で、俺は満たされていた。乾いた心が、欲した愛が、手に入った気がしたのだ。何も無かったと思っていた俺の掌には、まだ零れ落ちていないモノがある。それを涙と共に零してしまわないように泣くのを堪え笑った。
上手く笑えていただろうか。きっといつものように笑顔の裏に隠すことは出来ていない。それでも、それでも良いと言ってくれるなら。皆がそう言ってくれるのなら俺は頑張るよ。コレが、今、見せられる最高の笑顔だから。グシャグシャでも、見るに堪えなくても、覚えていて。忘れないで。俺がココに居たことを。
*
俺は彼らが大好きだ。また家族として戻りたいと思っている。恐らくそれは赦されないことなのだろうけれど。いつか。いつでもいい。いつかきっと。
「ねぇ、サナちゃんごめんね」
「いえ、これは私が決めてやったことですから」
冷たい手錠を手首に掛けられ、俺とサナちゃんはエディちゃん誘導の元、城の地下牢に移動していた。冷ややかな金属音と僅かな靴音が響くだけの廊下は誰も居らず閑散としている。まだ夜明け前なのだから当たり前だ。それでも、いつも賑わっている城内を三人で移動する様は異様で苦笑が漏れた。
「クローディから伝言だ。『待っているぞ二人とも』だそうだ」
唐突に口を開いた彼女の金糸はゆらゆらと揺れている。此方をチラリとも見ないクセに、やたら柔らかい声音は、いつも無表情なだけあって破壊力抜群だ。俺は思わず緩みそうになる涙腺を抑えた。
何だよそれ。率直にそう思った。彼はどれだけ懐が深いのだろうか。まさにこの国の王たる器だ。その反面、自分の醜さが浮き彫りにされたような気がして眉を寄せた。
「カロン、私はお前が嫌いではない。だから私も待っている。お前が戻って来る日を」
「アハハ……どんだけ優しいの君ら……」
「その時までに直しておけよ。泣き虫」
「うるさいなぁ……もう一生分泣いたよ……」
彼女がクスリと笑んだのが分かったけれど、俺がそれを確認する手立ては無かった。未だ視界を覆う涙は、きっと枯れることは無いだろう。それでも、彼らや、今、交わした彼女との約束を守る為、俺は奮闘しよう。それが〝罪を償う〟ということだ。
城の窓から朝日が差す。何度見たか分からないほどの有り触れた自然の陽光。それなのに今日は一段と美しく見えた気がした。
「眩しい……」
涙で覆われた目にも、しっかり届く陽の光は眩いだけで煩わしい。それでもやはり『綺麗』だと思ってしまう自分は人間なのだと思った。まだそういう風に感じる人間性があるのだと。
彼の言葉を胸に刻み、俺は不自由な両手の代わりに肩で涙を拭った。もう過去は振り返らない。思い出を糧にして人は強くなるのだ。
——母さん、俺大事なモノが出来たよ。
『弟』と『友達』
——馬鹿らしいよね今更。でも今なら胸を張って言えるよ。〝大切〟だって。
風が吹き抜けたような気がした。ふわりという頬を撫でるような風。窓なんて一つも開いてないしドアすら開閉されていない。きっと俺の勘違いだろう。なのに母さんが『良かったね』と言ってくれている気がして俺はまた涙を溢れさせた。
これじゃ当分、泣き虫は直りそうにない。
それでも前を向くのだ。強くなって彼の力になる為に。俺自身が生きていく為に。彼らと描く未来の為に。