第5話「魔女は気付く」
「そう怒るな。口が利けないと噂で聞いたのでな、読唇術の心得がある者を連れてきている。口を動かすだけで良い。
この銀髪のカロンという男は医者でな。そういうことにも長けている」
「あ、やっと俺の出番? 金拾うだけで終わりかと思ったじゃーん! じゃあ、アジュールちゃんどうぞ? 俺がクロに伝えてやんよ!」
なんだこの軽薄そうな男は。不本意ながら魚のように口をパクパクと動かせば、カロンという男が同じように口を開いた。
「えっとー『もう店には来ないでください』だってよ?」
「それは困る。まだ菓子を買っていない」
「『貴方に売るつもりはありません。御引取ください』ですってー」
「だから、それは困るのだ! 余は城を抜け出して、遠路遥々こんな森の奥まで来たというのに!」
「だから言ったじゃーん。ちゃんと外出許可取んなよって」
「王子が簡単に外出許可なんぞ取れるか、馬鹿め」
「いいじゃーん、ぞろぞろお付き連れて歩けばさぁ。
第一、女の子の顔あんなじろじろ見たら普通嫌がられるに決まってるし」
「んな! いつもは皆、頬を染めてるぞ」
「そういう問題じゃねーんだよ、クロ。〝王子〟って知らない人間に、そんなことしちゃダメに決まってるっしょ?」
王子。今、カロンといわれるこの男は、なんと言った。横柄な態度のこの男を〝王子〟と言ったか。
この国に王子は三人いる。俺と同い年ぐらいの王子と言えば——
(王位継承権三位、第三王子のクロード=ミシェル・クレティアン!? そうだ……クローディはクロードの愛称。何故気付かなかった俺!?
え? てことは何? 既に逆らった俺は死刑にされちゃうの? しかも、男ってばれたら死刑にされちゃうの? どっちみち死ぬの? いや、今から掌を返したら……顰蹙、買いますよね! そうですよね!)
死、という言葉が占拠する脳。身形からして一般市民でないことは確かだったが。こんな森の奥に王子が来ると思うか。誰も思わないだろう。
すっかりパニックになった頭を抱えるあまり、俺は未だ論争を続けている二人の会話を聞く余裕も無かった。
「ま、まぁよい。今回は余も悪かったようだし、その強気な態度は気に入った。アジュール殿、城に来ないか? 余の婚約者として」
「王子、その前に自己紹介」
「ああ、そうだったな。済まない。
余はこの国、フランディーゼ第三王子クロード=ミシェル・クレティアン。
腕前次第で城の大魔女の座を明け渡すつもりでいたのだが、それはまぁ、追々でいい。
とりあえず城へ来い。婚約者としてな。美しい花嫁なら誰も文句は言わんだろう」
(待って、俺男だから。花嫁とか無理だから。第一なんで婚約する方で話固まってるの?)
〝城の大魔女〟とは、その名の通り城で菓子作りに関する全てを統率する長のことを指す。
所謂、料理長と同じような役目を任されるのであり、魔女にとっては夢のような職業なのだ。通常は。
(別に、俺、城に行きたくないし。大魔女にもなりたくないし)
そっと覚悟を決め「イエス」という返事を待っている王子に向かって口を動かした。