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第4話「魔女は断る」

「全て食べたいな。全部買おう」


 思わず驚愕の声を零しそうになった俺は寸でのところで飲み込む。一方の男は偉そうに腕を組み、仁王立ちしていた。その表情は満足気で理解し難い。


【申し訳ありませんが、お売り出来ません】

「何故だ? 店の売り上げにも貢献している。メリットはあっても、デメリットはないだろう?」


 柳眉を顰め男は不機嫌そうに呟く。嘆息したいところだが、客にそんなこと出来ない俺は筆を走らせた。


【この後もお客様が来ます。肩を落とす姿は見たくありません。それに貴方一人で、これを全て食べられますか? 無理でしょう?】

「確かに一人では無理だが、無駄にはしない。金の心配をしているのか? なら心配は要らんぞ。マディ、金を持ってこい!」


 〝マディ〟一体誰のことを言っているのだろう。首を傾げ、見当違いな言葉を並べる男を見据える。


「只今、お持ち致します。クローディ様」


 彼の背後に突如、現れたのは小柄な少女。歳は男と変わらないように思えるが無表情で男の言う事を利く様は異様だった。

 それよりも不気味なのは居なかった筈の人間が現れたことだ。店内には俺と男の二人だけだった筈。にも関わらず忽然と現れた素朴な少女に俺は目を白黒させた。

 あまりにも色々なことが在り過ぎて混乱していれば、先程、店を出て行った少女が再び入店してくる。


「クローディ様。此方に」

「ご苦労」

「それと、アジュール様。驚かせてしまったようで申し訳ありません。クローディ様がゆっくり店内を見たいと申されましたので、店の死角で待機していた所存でございます」


(何故死角で待つ!? 普通でいいだろ!?)


 深々と頭を下げられ、狼狽する俺はジェスチャーで何度も頭を上げるように促した。


「マディ、謝罪はもういいそうだ。それで魔女殿、金ならココにある。全部売ってくれ」


 男の言葉に素早く頭を上げた女は、先程持ってきたスーツケースを片膝で支え、鍵を解くと蓋を開き大量の札束を床にばら撒いた。

 そう。彼女は、ばら撒いたのだ。スーツケースの蓋を開ける際バランスを崩し勢い良く札束をばら撒いた。

 彼女の手には空になったスーツケースが抱えられ、その視線は床に散乱した札束へと向かっている。目を瞠り、明らかに動揺している女に掛ける言葉が見付からない。

 いや、声を上げてはいけないのだが、これでは余りにも不憫だ。


「全く……マディは……おい、片付けを手伝ってやれ」


 泣くか。怒るか。様子を伺っていれば、男はあろうことか溜息を吐き声を張った。

 それはあまりにも酷すぎるんじゃないか、と非難の声を浴びせようとして口を噤む。喋ってはいけないことを思い出し奥歯で噛み殺した。

 鈴の音が響き店の扉を開け放ったのは、金髪が特徴の美しい少女と、軽薄そうな雰囲気が目立つ銀髪の男。

 少女の年頃は十五前後だろうか。初めに入店してきた少女と然程変わらないように見えるが、恐らく金髪の少女は年下だ。それでも大人びた様相は風格を漂わせ、二十歳近いと言われても納得出来るくらい独特な雰囲気を纏っていた。

 男の方は二十歳過ぎだと思われるが、あまり落ち着きのない雰囲気から大分若く見える。それでも立派な体躯から二十五くらいだと想定出来た。


「だから私が持って行くか、と提案したのに。これだからマディは」

「マディちゃん! 大丈夫~? 金なんてクロが一杯持ってんだから気にしない! 気にしない!」


 なんてやつだ。また変なのが増えた、と口をあんぐり開けやり取りを見守る。


「申し訳ありません。クローディ様……」

「お前は悪くない。エディに頼まなかった俺が悪い。お前のドジを見誤っていた。すまない」

「クローディ様……」


(いや、そこ目潤ませるとこじゃないから。その男、酷いことしか言ってないから)


「エディ、カロン。二人で片付けてくれ。

 いいか、マディは触るなよ! 絶対だ!」

「承知しました。クローディ様の近くで待機しております」


 意義を正したマディと呼ばれる少女は、黒髪の男に寄り添うように立つ。

 一方、金髪の少女と銀髪の男は腰を折り、散乱した札束をスーツケースに陳列し始めた。


「話の続きをしようか、アジュール殿」


(いや、ここで俺に話を振るの!?)


「この通り金ならある。ここの菓子を全て売ってくれ」

【お金は要りません。ですから本日は御引取願います】

「ほぉ……金は要らないと申すか。ところで余はずっと気になっておったのだが……」


 男が目を細めたのが分かり反射的に目を瞑る。そこで、何故瞼を閉じてしまったのだろう、と思い目を開けば、先程までローブで遮られていた景色が目の前に広がっていた。

 突如、視界が拓けたことに驚き男を見れば、剣の柄で俺のフードを振り払ったことが分かった。


「成る程。これは美しい空色だ。瞳も深海のように澄み渡る青。〝アジュール〟の名に相応しいな。ココまで鮮明な空色の髪を見たのは初めてだ」


 顎を掴まれ、端正な顔が目の前に迫る。あまりにも唐突な男の行動に上げそうになった悲鳴を呑み込み、せめてもの抵抗とばかりに睨み上げた。舐めるように上下する視線が苛立だしさを増幅させる。


「そんなに顔を顰めるな。折角の美人が台無しだぞ。アジュール殿」


 やっと解放された顎に手を添え、更に睨みつけてやれば男は鼻で笑う。どうして初対面の相手に、これだけ辱められなければいけないのだ。怒り心頭とばかりにメモへペンを走らせ、それを男の顔面に突き付けようとした、その時——

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