表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【異世界転生先で】アジュールの魔女【女装して菓子作り】  作者: 衍香 壮
第2ルセット「魔女、城で菓子作り」
31/57

第31話「王子は手を引かれる」

「すまなかった。しかしアジュール。少し鍛え方が足りないんじゃないか?」


 男なのに、そう紡ごうとした言葉をグッと飲み込む。誰が聞いているか分からない昼過ぎの廊下で会話を交わすなど、無防備極まりない。


「クソ王子はちょっと黙ってくださいませんか。アジュールは華奢なんですから、もう少し気を使っても宜しいかと」

「エディ、相変わらずだな」

「こんな美女を前にして手も差しださないなんて、紳士の名折れです。フランディーゼの名に傷が付きます」

「おい、いつにも増して口が過ぎるぞ。悪かった。立て」


 未だ尻餅を付いているリクに手を伸ばせば、彼は顔を背け自分で立ち上がる。

 お高く留まった令嬢さながら、つんと顎を上げる様は、見た目だけなら見惚れてしまいそうなほど美しかった。

 けれど彼は男だ。その態度は如何なものだろう、と眉根を寄せれば彼は口だけをパクパクと動かした。


「『人の……かお』? エディ、訳してくれ」

「『人の顔ジロジロ見てんじゃねぇよ』クソ王子」

「おい、最後のはお前の脚色だろう。やめろ」

「『人のこと外国人みたいに言ってんじゃねぇよクソーディ』だそうだ」

「余の名もいい感じに変えて、ディスるのはやめんかリク」

「クソーディいいな! 今度からそう呼ぼう!」


 瞳を輝かせるエディは、今迄、見た事のないような笑みを浮かべている。悪戯を思い付いた子供のようにリクを見上げる様は、美少女なのも相まって可愛らしい。けれど、話す言葉は可愛げがあるどころか末恐ろしいもので、余はすぐさま声を張った。


「眠ってない獅子に火を付けるな! やめろリク!」


 抗議の声を上げ唇を引き攣らせればリクは溜息を吐く。一方のエディは、さして興味なさげに此方を一瞥しただけだった。


「どうした? 何かあるなら言え」

「『一旦部屋に戻ろう。二人で話がしたい』だそうだ」

「そうか。余も話したいことがある。時間が勿体無いから歩きながら話そう。余から話す。お前は聞いてくれさえいればいい。

 エディ距離を保て、人払いも頼む。二人で話したい」

「御意」


 すぐさま距離を置く彼女を目で追い、彼に歩き出すように促す。緩りと足を動かせば、彼は一歩後ろを付いて来た。


「カロンに話した。余が悪かったそうだな。すまなかった」


 謝罪と共に彼を振り仰げば、唇を引き結んでいた。その表情からは何も読み取れず、彼の考えは分からない。


「お前は、損得無しで友人になりたいんだな。カロンがそう言っていた。だが、人同士の付き合いには、少なからず駆け引きが生まれる。余はそれを悪いことだとは思わない。だから、お前は余を利用すればいいと思うし、余はお前を少なからず利用する。

 けれど、そういう時間がないのも友人だと思っている。例えばこうやって話をする時、お前は損得を考えているか?」


 問い掛けるように彼を伺い見る。かち合った視線と共に彼はゆっくり一度だけ頭を振った。


「そうだろう? それらを含めて、余は友人になりたいと思っている。城の魔女を明け渡すのは、お前自身を守る為でもあるのだ。

 勿論、それには勝負の件もあるし、お前が負ければという話になるが、余が余の周りの人間に権力を与えるのは彼らを守る為だ。地位があれば余が居なくとも、周りが守ってくれる。守らざるを得なくなる。それが真理だ。だから余はお前を城の魔女にしたい、そう思っている。お前の友人になりたいともな」


 彼の考えは変わってくれるだろうか。人の気持ちとは本当に厄介だ。余が何を考えようと、口にしようと、その思いが相手に正確に伝わるわけじゃない。

 不意に肩に違和感を感じる。肩口を見れば、彼は人差し指でそこを突いていた。


「何だ?」


 徐に唇を動かし、何かを伝えようとしているリク。けれど、彼が何を言いたいのか分からない。出鱈目に脳内で組み立てる言葉は意味を成さず、頭を悩ませるばかり。

 彼はそれを悟ったのだろう。余の手を取ると掌に人差し指で文字を綴った。


「ご?」


 何度かそれを繰り返し、やっと一文字目に辿り着く。コクリと頷いた為、どうやら正解だったらしい。彼は二文字目を書き始めた。


「め?」


 再びコクリと頷く彼。もしかして、との思いで余は口を開いた。


「『ごめん』で合ってるか? 謝罪を述べているのか?」


 深海のような瞳が揺れる。ゆっくり首を縦に動かし、彼は肯定を示した。魚のように口をパクパク動かす彼は、先程と違うことを伝えようとしているらしい。

 何とか想いを汲み取ろうと、唇の動きを追うも理解出来ない。それに痺れを切らしたらしいリクは深く息を吐くと、余の手を引っ張りワンピースを翻した。余の考えなど差し置いて、歩みを進める彼。力強く廊下を突き進んで行く様は、軍人さながらで鬼気迫るものがあった。

 左手に伝わる温もりとか。意外と力強い握力とか。視界で、さざ波の如く波打つ空色の髪とか。そんなモノを目で追い、追い付かない思考を一生懸命巡らせる。

 暫くして彼に与えた部屋に辿り着けば、観音扉に手を掛け部屋の中を指差す。如何やら入れ、ということらしい。

 足を踏み入れ彼も室内に入ると、重い扉が閉まる音が聞こえた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ