第30話「王子はぶつかる」
今日こそは菓子を強請りに行こう。リクの代わりに、サナが用意してくれた舌馴染の良い菓子では満足出来ず、余のストレスは最高潮に達していた。
決して不味いわけではない。サナは伝統を重んじた菓子を誰よりも上手に作る。だが、彼女はそれだけだ。
今迄はそれで良かったが、やはりリクの菓子と並べば見た目も味も劣る。
サナには酷な話だが、もう彼女の菓子では満足出来ないのだ。リクの菓子が食べたい。それが今の素直な気持ちだった。
ゆったりとした足取りで廊下を歩む。時折すれ違うメイドに、リクの居場所を訊ねれば「厨房にいる」との回答を得た。
どうやら今日も、菓子作りに耽っているらしい。この分なら余の分もあるだろう。そう結論付けて厨房の扉を開け放てば、リクは居なかった。ボンとサナだけの厨房はガランと寂し気だ。見渡すも彼の姿は無く、首を傾げた。
「王子、如何なさいましたか?」
「ボン、忙しいのに悪いな。アジュールはどこだ?」
「つい先程、部屋に戻ると仰って出て行かれましたよ」
「ふむ、そうか。入れ違いになったようだな」
「王子、本日の菓子も執務室にお運びすれば宜しいでしょうか?」
「いや、今日はアジュールの菓子を食す。メイドにでも分けてやってくれ」
サナは柔らかな笑みで訊ねてくる。それに返答すれば、余の言葉が気に障ったのか眉根を寄せた。
「すまない。急いでいる故、余は失礼する。業務に励んでくれ給え」
「御意」
「承知……しました」
ボンは笑みを浮かべ会釈していたが、サナは目を伏せ唇を噛んでいた。
プライドが高い彼女のことだ。悔しさを噛みしめているのだろう。彼女を大魔女に抜擢したのは余だ。彼女にはその矜持がある。けして貶すつもりは無かったが、よっぽど気になるのだろう。今にも泣きだしそうに顔を歪めている様は、痛々しかった。
「サナ」
「はい、王子」
「余はお前の作る菓子が不味いと思っているわけではない。しかし、アジュールの菓子が華美で美味なのも事実だ。二人が協力すればもっと良い菓子が出来るのではないか?
良ければ仲良くしてやってくれ。風当たりが強いと嘆いておったぞ」
「はい、王子」
「うむ。ではな」
顔を伏せている為、彼女の表情は見えない。しかし、声音が晴れないあたり、余の話を受け入れる気はないのだろう。
仕方のないことだと思う。サナにとってリクはポッと出の小娘。気に入らないのも分かる。
けれど、この国はそういう国だ。実力を重んじるように余が変えた。小娘だろうが、少年だろうが、老人だろうが実力のある者が引き上げられる。
サナはリクに及ばなかった。ただ、それだけのこと。これ以上余が声を掛けても拗れるだけだろう。
「わっ!?」
「……!?」
「大丈夫かアジュール!?」
どうやら考え事に耽り過ぎていたらしい。廊下を曲がろうと大きく踏み出した一歩は、向こう側から現れた誰かによって遮られた。
驚きで小さく声を上げれば、すぐさまエディの声が耳を突く。余に追突したらしい誰かは、足元で尻餅を付いていた。
エディが居るということは……と反射的に視線を落とせば、柳眉を寄せ嫌悪を露わにしたリクが海色の双眸で此方を睨み付けていた。