第21話「王子は歪に笑む」
「そう固くなるな。二人の話は聞いたのだろう?」
「ああ……」
「カロンも似たようなものだ。スラムで優秀な医者が居るというから会いに行った。
優秀だから城医に召し抱えた。母を亡くして行き場も無かったそうだしな。一年ほど前の話だ。
それから稼いだ金を持って、スラムで医術を施しているらしい。勿論、無償でな」
「凄い……」
「お前もそう思うか? 余もだ。可哀想と言うのは簡単だ。怪我して可哀想。病気になって可哀想。
けれど、それに手を伸ばせる奴がどれほど居る? 余はカロンのそういう優しさを買っている。そしていずれは、国民が無償で医療を受けられる制度を作りたいと思っている。今はカロン一人の試みを、国全土で行いたい。 けれど、まずそれには貧富の差を解消。更には、国民全員が税を納められるようにせねばならん。まぁ、何をするにも王にならねばな」
「でも、クローディは第三王子……」
「そうだ。余にあるのは第三継承権のみ。だが、それがどうした? 少し遠いだけの話だ。兄達が王になるより、余が王になった方が良い国が作れる。
余はそれを今のうちに、証明しなければならん」
「……それを俺に話してどうするんだ?」
(気付いたか……聡い奴め)
「いや、期限が決まったようだし、何とかリクの考えを変えれぬものかと思ってな」
「変わらないよ。俺は城の魔女にはならない」
「そうか。残念だ」
今、自分はどんな表情をしているのだろう。誰と話していても、いつもそれを思う。
親切にされるのが当たり前だった。人は皆優しい者だと思っていた。大抵の戯れは許されたし、それらは全てやっていいことだと思っていた。
父上や兄上達もそうしていたから、それが当然だと。今なら分かる。全て当たり前だと思っていたことが、そうでは無い現実。
分かってしまった。自分の上に立つ人間が、どれだけ愚かで能無しか。
しかし、幼い自分は暗殺される危険性に気付くまで、他人を疑うことを知らなかった。
命の危機に晒された時。自らの身を守る為、鍛錬を積む時。余は思い知らされる。自分がこの国で、どれだけ大事な地位に就いているかを。
そして周りを見て分かったことがある。高い地位に居るからと言って、有能ではないという真実。
それを知り得た自分がするべきことは、世界を変えることだと思った。実力が全てでは
ないこの不条理な世界を、地位も頭脳も全て持っている自分が変えるべきだ、と。
だから欲しかった。有能な仲間が、部下が、叱責してくれる友が。
けれど、どれも手には入らない現実に〝上から見下ろすだけでは駄目なのだ〟とまた知った。
初めて手に入れたのは、物事の良し悪しも分からぬ、屈強な戦士。嬉しかった。自分を慕い、力を尽くしてくれる直向きさが。
けれど、彼女は妄信過ぎた。助けてくれた恩を感じ過ぎたのだ。
彼女とは友になれない。余は一つ可能性を捨てた。
次いで手に入れたのは、美しい暗殺者。闇の世界に浸りきった身体を引き上げ、居場所を与えた。時折、寝首を掻きにくる実直さが誇らしかった。彼女は未だ自分の使命を忘れていない。仕事に対し誠実な誇り高い人だ、と。
暫くして此方側に寝返ったけれど、彼女は心まで俺に差し出してはくれなかった。余の考えに賛同しつつも、己のアイデンティティはけして崩さない。
余を嫌う人間では友になってくれない。余はまた一つ可能性を捨てた。
少し前、手に入れたのは、誰よりも優しい医者だった。今も尚、己の信念を曲げない心持は、尊敬に値すると思っている。
人当たりの良い笑顔の裏に隠した涙を、余は知っている。助けられない。助けたい。そうして努力を重ねる様を、余は知っている。
けれど、彼は友にはなれない。何故なら奴と余には、切っても切れない〝血〟という絆があるから。
リクには一つ嘘を吐いた。カロンが腹違いの兄であるという事実を、わざと話さなかった。
彼の噂は聞いていた。事実優秀だった。けれど、城医にはカロンほどの奴はゴロゴロいるし、別に彼じゃなくても構わない。
それでも会いに行ったのは、彼が兄だから。その事実を知ったのは偶然でも、一目、視界に映したかった。損得感情を抜いた〝兄〟という存在を。
長兄も次兄も、優秀な余が目障りだったのだろう。何度も刺客を送られ、命の危機に晒された。
余がそれをすることは無かったが、兄上達はそれを未だに繰り返している。本当に愚かな人達だ。いい加減、諦めれば良いものを。
その度に命を落とす刺客の遺体を、秘密裏に埋葬するのがどれほど大変か、彼らは知らない。
友が欲しかった。兄でも、仲間でも、部下でもない友という存在。
余を知っている人間は皆、遜りまともに話も出来ない。だから、アジュールの店で余を睨み付ける海色の瞳が欲しいと思った。余の目を見て話す実直な友が欲しい、と。
それは現在進行形で、手に入るまで変わらない。
(余から逃げられるわけがないだろう)
人当たりの良い笑みの裏に隠したのは、歪な笑み。余は傲慢な王子だ。何が何でもリクを城の魔女にしてやる。
改めて覚悟を決めたのは、彼が余の目を真っ直ぐ見つめる、午後三時過ぎの話。