第20話「王子は舌鼓を打つ」
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「クローディ様、リク様が菓子を持ってきてくださいました」
「マディ、リクはまだいるか? 今日は通してくれ。それとエディに人払いの旨を」
「承知しました」
マディはいつも通り会釈し、執務室を後にする。無表情で颯爽と歩く姿には、重度のドジを多々踏むような雰囲気は伺えない。
黙っていれば美人なのに、という言葉があるが、彼女の場合、黙っていれば賢そうなのに、という言葉がピッタリだった。
(けして頭は悪くない。言われたことも出来る。けれど、少々注意力散漫なんだろうな)
暫し待っていれば、リクが遠慮がちに執務室に顔を出した。それに笑みを深め、手招きすればおずおずと近付いて来る。その後ろをマディが付いてきて、後ろ手に扉を閉めた。
「人払いは?」
「問題ありません」
「リク、話しても良い。どうだ? 十日ほど経ったが進歩のほどは?」
「まだ試作段階だが、一応案はある。問題ないよ」
「そうか。試作品を食べてみたいのだがダメか?」
「今はまだ無理かな」
「残念だな。ところで今日の菓子は何と言う? 随分フルーツが沢山だな」
リクが持ってきた菓子は苺、キウイ、ブルーベリー、桃と様々な果実が所狭しと飾られ、理屈は分らないが爛々と輝いていた。
陽光に照らされ、あまりにも煌びやかに光るものだから、一瞬、造り物のようにも見える。
「フルーツタルト。中にはカスタードが詰めてあって、フランボワーズのソースも入っている」
「フルーツタルトか。お前の言うタルトという菓子は気に入った。丁度良い歯ごたえが面白い。
どうしてこんなに輝いているんだ? 何をすればこうなる?」
「ナパージュを塗っただけだよ」
「ナパージュ?」
「乾燥防止も兼ねてフルーツの艶出しをする為にジャムを使うんだけど……今回はゼラチンを使ったんだ」
「ゼラチン?」
「ゼラチンはゼリーとかを作る時に使う材料」
「ほぉ、よく分からんが素晴らしいな」
「ありがとう」
頬を緩め、瞳を柔らかくするリクは美しい。未だに男だと信じられないが、その声の低さが何よりも証明していた。
素の表情。例えば笑った顔も男だ。「美味しい」と伝えれば幸せそうに笑む姿は一層、美しい。それでもその表情は男で、その度に彼が彼であることを知らしめる。
菓子に関して訊ねれば、活き活きと説明を連ねるあたり、本当に菓子作りが好きなのだろう。
(余の菓子を作るのはこういう奴が良い。サナが誇りを持っていないとは言わないが。彼女は菓子に対して誠実でも、菓子作りに楽しみを見出していない。
その点、リクは菓子を作るのが楽しいのだ。食べた瞬間それが分かるからまた口にしたいと思う。こういう点は技術云々ではない)
「うむ。今日も美味だ」
「ありがとう。あ、クローディ一つ訊いてもいい?」
「なんだ?」
「クローディもエディも、何で外では俺をアジュールって呼ぶの?」
「気に食わんのか?」
「いや、素朴な疑問」
「お前はまだ正式に城の者ではないからな。素性がばれぬに越したことはなかろう?」
「ああ、そっか」
「質問はそれだけか?」
「じゃあ、皆っていくつ?」
「歳か? 余は十九。エディは十五。マディは十六。カロンは二十五だ」
「え、俺クローディと同い年かよ」
「なんだ不満か? 光栄だろ? 王子と同い年だぞ?」
「いや、不満じゃねぇけど……」
考え込むように顎に手を添え、黙り込むリク。まだ何かあるのだろうか、と菓子を咀嚼しながら待てば彼はやっと口を開いた。
「ま、いいや。ところでさ、バニラのことだけど」
「なんだ」
「あと一週間くらいで出来ると思う。そしたらよろしくな」
「そうか。なら目星が付いたら教えてくれ。時間を空けておく」
「ああ、ところでカロンは?」
「スラムに行った」
「スラム? 何で?」
「奴の出身だからな。マディ、エディと見張りを代われ、そしてエディには茶を持ってくるように伝えろ。少し休憩する。
立たせたままで悪かったな。そちらに移動しよう」
「いや、いいよ。忙しいだろ?」
「別に構わん。気になるんだろ? カロンが」
「いや、そうだけど……」
「まぁ、座れ。余が許す」
リクをソファへ誘い、対面するように腰を下ろす。少し緊張した面持ちの彼は、恐らくマディとエディの過去を聞いたのだろう。これからどんな話をされるのだろう、と身構えているように見えた。