第18話「王子は耳を傾ける」
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「リクの様子はどうだ」
執務室に姿を現したエディに声だけで問う。
無論、余は忙しい為、視線は書類に落としたまま、彼女の方を一度たりとも見ることはなかった。
「未だいい解決策はないようで、頭を抱えております」
「ほぉ、アジュールの魔女にも出来ないことがあるのか。愉快だな」
「その無能を城に囲ったクソ王子の脳内は、やはりクソだったということですね」
「エディ、報告なら純粋に報告だけしろ。余は暇じゃないんだ」
「私だってリクの護衛で忙しいんです。報告は以上ですので、もう戻っても宜しいでしょうか」
「随分、奴を気に入っているんだな。懸想でもしたか?」
「死に晒せクソ王子」
彼女が入室してから初めて上げた視界の先には、不機嫌そうに柳眉を寄せているエディが居る。それでもいつもの鉄仮面は健在のようで、それ以外に、彼女が剥れている様子は見受けられなかった。
「ただの冗談ではないか。そう機嫌を損ねるな」
「クローディのように、彼は地位に胡坐を掻いていないからな。見ていて応援したくなる」
鼻で笑い、身体に馴染んだ背もたれに踏ん反る。彼女に向き直り暴言に応戦すれば、エディは敬語の抜けた普段の喋り方で言葉を紡いだ。彼女らしからぬ発言に軽く目を瞠る。
まさかエディがリクを気に入るとは思っておらず、余は少し気に入らない心持になった。
別にエディの為に法改正や、改革を行っているわけではない。けれど、皆、口を揃えて〝有り難い〟〝素晴らしい〟と連ねる中で、彼女の中の余に対する評価は一定して〝クソ王子〟だ。
何年過ごしても一向に変わることのない評価基準を、リクは数日どころか恐らく初日で塗り替えてしまった。自尊心が些か傷付けられたのは、言うまでもない。
「お前の口からそんな言葉が出るとはな。変わったなエディ」
「そうでしょうか。確かに毎日、菓子の味見が出来るのはとても有意義でございます」
「余は三時にしか食べられないというのに、お前はいつも口にしているというのか。狡いぞ!」
「仕事ですから」
「それは業務に入っておらん」
「決めるのはリクでございます」
「なんだと!?」
「そこらへんにしたら? お二人さん」
軽口の叩きあいに水を差したのはカロン。いつも通りニヤニヤと口元を緩ませ、先程まで忙しなく動いていた手は止められていた。
来客用のソファに腰掛け、余の手伝いをしていた彼は伸びをすると姿勢を崩す。どうやら、独断で休憩に入ったらしい彼は長い脚を組み、その上に肘を附いていた。
「そうだな。少し戯れが過ぎた。報告を続けてくれ」
「リクを殺害しようと企てる者がいます」