夕暮れ
「あなたは……?」
「いや、名乗るほどの者では……」
大魔法使いの問いに魔法使いは苦笑して頭を下げました。
実際、大魔法使いがその気になれば魔法使いは粉微塵になっていたでしょう。
それだけの差が二人にはありました。
「ああ……そうですね」
魔法使いを頭のてっぺんからつま先までとっくりと眺めて大魔法使いは言いました。
憐れむような声音でした。すまなそうな眼差しでした。
「みゃあ! みゃあ!」
「こらこら、そんな暴れんな」
魔法使いの腕の中で子猫はじたばたと暴れます。
しっぽがぺしぺしと魔法使いの頬を叩きます。
「……『冒険に行きたいの~』と叫んでおりますよ」
「……お前、ちっこいのに元気いいなあ」
「みゃ! みゃ!」
「『連れてって! 連れてって!』と」
ぷにぷにの肉球が魔法使いをてしてしと叩きます。
魔法使いは子猫の頭をそっと撫でました。
「……俺がもう少し強かったら連れてってやれるんですけどねえ」
「……そうですか」
「せめて前衛だったらなあ……」
魔法使いは攻撃の魔法をほとんど使えませんでした。
防御と回復にはそれなりに秀でているものの、冒険の旅にはあまりにも力不足でした。
そしてそれは子猫も同じです。
爪はまだ薄く頼りなく、牙もまだちっぽけです。
「……随分と、その子がお気に召したようですね」
「まあ、すぐに冒険に出るわけでもないですし。このぐらいの方が一緒に成長できていいもんですよ」
「……なるほど」
大魔法使いはついっと目をそらしました。
草原の向こうでは太陽が赤く染まり始めています。
空はもう端っこの方から金色と赤の混じった色に染まり始めていました。
「……どうもお引止めしまして」
「いえ。それではこれで」
大魔法使いは一礼して去っていきました。
もう、会うこともないでしょう。
「……みゃう」
子猫のしっぽが寂しげに揺れました。