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望みは何か

“第一の災いは過ぎ去った。

見よ、こののちまた、ふたつの災いがおとずれる。”




『ラオデキア』から出発した『ワダツミ』派遣チームは、順調に南下していた。


 時折、ネフィリムと遭遇することもあったが、それらはすべて一般種――高機動車のスピードで振り切れるものばかりだ。


 多種多様なネフィリムの中で、特に大型で攻撃能力の高いものの中には、シェルターの二重隔壁を乗り越え、或いは破壊して内部に侵入できる個体も存在する。


 幸い、『ラオデキア』は今までネフィリムの侵入を許したことはない。

 だが、国内ではすでに六カ所のシェルターが落とされている。

 それらから脱出した者たちが、ほかのシェルターに収容されたという報告はない。


 人類が存在を確認できている――遭遇し、殲滅或いは回避可能だったネフィリムは、現在45種だ。

『彼』の残した研究データから推定される彼らの総種数は、54種。


 ザピエルタイプやサムキエルタイプのような、小型の一般種32種はすべて確認されている。

 これらは生命力と再生能力はまさしく化け物レベルだが、攻撃力と反応速度は野生の猛獣程度のものだ。

 戦闘訓練を受けた通常人類が、ネフィリム用に開発された武器を所持していれば、問題なく対処できる。


 攻撃力・反応速度・生命力・再生能力のすべてが一般種よりも遙かに高く、ハルファスでなければ対処不可能な中位種は、16種。

 そのうち12種が確認されており、中でも最も数多く人類に目撃されているのが、無数の触手で獲物を捕食するアズラエルタイプである。

 アズラエルタイプは中位種の中で最大級の巨躯を持ち、複数の個体が集まればシェルターの隔壁を越えることも不可能ではない。


 そして、桁外れの巨躯と攻撃力に加え、一般種や中位種を支配する能力を持つ6種の上位種。

 ネフィリムは基本的に、同種のみで群れを形成する。

 だが上位種は、中位種以下のあらゆるネフィリムの頂点に立ち、種を越えた巨大な群れを形成することが可能なのだ。


 その中で、これまでに人類が遭遇しているのは、セラフタイプ一種のみ。

 アメリカ西部で確認された巨大な人の胴体を持つそれは、六枚ある翼のうち二枚で頭部を隠し、二枚で下肢を覆い、残りの二枚で空を飛びながら人間たちを次々に捕食していったという。

 群れを形成する数百体ものネフィリムとともに、辺り一面を血の海に変えたそのセラフタイプは、いまだ討伐されていない。


 ほか五種の上位種については、今まで目撃情報すら確認されていなかった。

 あまりにも強大な力を持つ存在であるがゆえに、上位種に変容できた者がそもそもごく少数であったということなのか、それとも上位種に襲われた人類がことごとく彼らに捕食されたからなのか――


 いずれにせよ、今後上位種のネフィリムが確認されることがあるとすれば、どこかの大陸であろうと考えられていた。


「……まさか、こんなちっぽけな島国で、二体目の上位種が発生していたとはね」


 そうぼやいたのは、二台の高機動車のうち、前衛の一台を運転している『レオパルト』の芽依。


 助手席で、今後の資料とするために周囲の景色を動画記録している『レーヴェ』の陽人が、感情を抑えた低い声で口を開く。


「六花のやつ、イスラフィールタイプって聞いても顔色ひとつ変えなかったな」


 芽依は、横目でちらりと陽人を見る。


「何をいまさら。指揮官モードに入った六花は、滅多なことでは動揺しない」

「まーな。……けど俺ん中では、『世界で二体目の上位種』ってのは、充分に滅多なことだったわけよ」


 芽依は小さく息をついた。

 その点については、陽人の言う通りだと思ったからだ。


 砂に覆われ、ネフィリムに破壊され、あるいは彼らと戦う同胞たちの武器によって傷つけられた街並みは、もはや見る影もない。


 しかし、その街並みを満たす空気は、どこまでも清浄だった。

 陽人が構えたままの動画撮影機には、哀れな有様になった建造物とめくれたアスファルト、大量の瓦礫、そしてそれらの隙間を埋め尽くす大量の砂が映っている。


 ――かつて人類の肉体だった、淡い黄色に輝くこまかな結晶。

 それは、人類が生み出したありとあらゆる汚染物質を吸着・分解してしまう。

 一年前、世界各地で原子力関連施設がネフィリムに破壊されたが、その影響もごく小規模に留まっている。


 この景色を作り出した『彼』は、これが人類の罪を洗い流すと言ったらしい。

 人類の肉体そのものを『人類の敵』に変え、その命の喪われたあとには『人類の罪を洗い流す結晶』とし、そんな己の所業を神の御業だと言って笑った。


 だが、この日本でハルファスとして生み出された子どもたちは、そんな独善的な思想には興味がない。

 人類がこの地球を汚染したというなら、その浄化も人類自らの手でなすべきだろう。

 己が人類の一員であることから目を背けたヘタレ如きが、神を気取って偉そうなことをほざいてるんじゃねぇボケが、チューニ病にもほどがある、といったところだ。


 ハルファスの教育に携わった者たちは、彼らを愛した。

 それは、いずれ人類の最後の砦として戦うことを運命づけられた子どもたちに対する憐憫か、贖罪か――あるいは、彼らに人類というものを守護すべき存在だと意識づけるための、冷徹な計画のゆえだったのか。


 どんな理由があったにせよ、大人たちは確かにハルファスの子どもたちに愛情を教えた。

 彼らが人類とともに、生きていくために。

 笑顔が幸せを呼ぶものであることを、頭を撫でる手のぬくもりを、誰かに褒められる誇らしさを――親が子を愛するように、彼らに伝えた。


 それぞれの遺伝子に組み込まれた獣の特性ばかりに目を向けられがちだが、幼い頃から徹底して英才教育を施された彼らの知性は、決して低いものではない。

 彼らの中で適性がある者たちには、シェルター内の大人たちが発症、或いは全滅した場合に備えて、残された人類の子どもたちを守り、導いていくための教育も施されている。


 ハルファスの子どもたちに、周囲の大人たちは自らの持つ情報を何ひとつ隠さなかった。

 人類の歴史、文化、そして戦争という愚かな過ちも。

 それらはすべて、今まで人類が積み重ねてきた貴重な記憶だ。

 過去から学び、それをよりよい未来を作り上げる希望に繋いでいくための。


 その営みをすべて破壊した『彼』の行いは、生命の進歩を根底から否定するものだ。

 たとえその手が生み出したものがどれほど地球を浄化していようとも、犠牲になっているのがなんの罪科もなく、ただ日常を生きていた無辜の人々である以上、肯定すべき理由などどこにもない。


 陽人は、サスペンションの効いた座席で無造作に足を組み直した。


「で? 芽依。おまえはどうよ。ナマのフェンリルを、間近で見て。――ぞくぞく、したか?」


 どうでもいい世間話のようにして向けられた問いに、芽依は軽く唇の端を吊り上げた。


「愚問。彼は、私たちの上位種だ。こうして彼とともに群れを形成できることが、嬉しくて仕方がない」


 だよなぁ、と応じた陽人は、動画撮影機を頭上のホルダーにセットして軽く背筋を伸ばす。


 本来、獅子の『レーヴェ』はともかく、豹の『レオパルト』も猛禽の『フォーゲル』も、集団行動をあまり得意とはしていない。

 しかし今、彼らの中にあるのは、そんな獣の本能を超越した絶対の命令だ。


 ――フェンリルに従え。彼を守れ。


 その命令が、どこから生まれているのかはわからない。

 ただ、わかる。

 ぞくぞくと全身が震えるような歓喜とともに、ハルファスの子どもたちは理解した。


 彼こそが、自分たちに命令を下すことのできる絶対の存在なのだと。


 幼い頃から、ほとんど洗脳のように植え付けられた人類への庇護欲など、彼の存在の前では塵芥程度の価値もない。

 ハルファスとして生まれた者たちは、フェンリルの命令に抗えない。

 おそらく「死ね」という生命の根幹に関わる命令ですら、拒絶するのは不可能だ。


 陽人は、バックミラーに映る後続の高機動車を見た。

 そのハンドルを握っているのは『フォーゲル』の壮志、助手席には『ヴォルフ』のトップにしてこのチームのリーダーである六花が座っている。

 フェンリルとその保護者である『ヴォルフ』の冬騎は、あちらの後部座席だ。


 こちらの後部座席には、彼ら以外のメンバーが八名。

 それぞれのチームから、二名ずつ選抜されている。

 きっと自分たちと同じように、フェンリルと行動できる喜びを語り合っているのだろう。


「……『ヴォルフ』の連中は、あれか? 元々が上位の個体には絶対服従ってやつらだから、その辺が混同しちまってんのかね」


「さあね。でも、それでよかったのだと思う。私たちが、教官たちの命令よりもフェンリルの意思に従う生き物なのだと知れたら、めんどうなことになっていたかもしれない」


 さらりと言った芽依に、陽人は苦笑する。


「だな。……正直、今すぐ『ラオデキア』にあの子を戻したくて仕方ねェよ」


 いくら見た目は自分たちよりも年上の青年の姿をしていようとも、フェンリルの体臭はまだまだ幼い子どものそれだ。


 もちろん、骨格や筋肉は充分に成長しているのだろう。

 だが、あんな子どもを連れて、ネフィリムの上位種であるイスラフィールタイプの巣に突っ込むなど、正気の沙汰ではないとさえ思う。


 フェンリルに伝えられている姉の情報が、まったくの嘘だと知っているから、一層胃の底が焼けついた。


 芽依が、ふと眉を寄せて口を開く。


「陽人。『ワダツミ』に配属されているハルファスたちも、私たちと同じなんだろうか」


 彼女の目は、進行方向に――『ワダツミ』への進路に向いたままだ。


「『ラオデキア』に残った仲間たちは、フェンリルが所属しているのが……彼の戻ってくるべき場所が、自分たちのいるところだとわかっている。だから、彼がほかのシェルターに向かうと知っても平静だった。でも――」


 芽依が最後まで言葉にできなかった推測を、陽人は低く口にした。


「――『ワダツミ』所属の連中が、俺たちみたいにあの子を自分の上位種だと認めたら、あっちの人類の守護を放棄するかもしれない、か」


 この感覚を、どう言葉にすればいいのだろう。

 おそらくこれは、自分たちが守護すべき通常人類には理解できないものだ。


 もしかしたらこの感覚は、ネフィリムの通常種や中位種が、上位種に絶対的に従うそれに近いのかもしれない。


 ハルファスはネフィリムと戦うために、それを創り出した技術を使って生み出された。

 そんな自分たちが、人の手によらずしてこの世に生まれたフェンリルを見て歓喜に震えるのは、もしかしたら皮肉なことなのかもしれない。


 だが――どうしようもない。

 本当に、嬉しくてたまらないのだ。

 あの青年の姿をした子どもが今、自分たちとともに生きていることが。


 陽人は小さく息をついた。


「それは、ダメだろ。そんなことになったら、あの子は『人類の希望』じゃなくなっちまう。あの子は――俺らもだが、人類が作ったものを食って、着て、人類が造ったモンの中で生きてんだ。人類が滅びたら、あの子だって生きていけねェ」


「わかってる。私はもう、納得して割り切っている。フェンリルを生かすために、人類の存在は不可欠だ。だから、私は彼のために人類を守る。……私たちは、幸運だ。だが、ほかのシェルターに配属されている仲間たちは、フェンリルに会わないままの方が幸せかもしれない」


 だな、と陽人はつぶやく。


 フェンリルとともにある歓喜を知ったからこそ、自分たちが覚えてしまったもの。

 それは、彼を失う恐怖だ。


 こうして、そばにいられるならいい。

 どんな危険が降りかかろうとも、必ず守る。

 たとえ自分の力が及ばず守りきれずとも、彼よりあとに自分が死ぬことだけはない。

 彼を渇望してやまない心が、その喪失を知ることはない。


 だがもし、自分がそばにいないときに、自分の知らないところで彼が失われてしまったら――なんて、想像するだけで心臓が凍る。


「まぁ……。どっちにしろ、なるようにしかならねェよ。つーか、まずは『ワダツミ』まで無事にあの子を連れていかなきゃ、俺らがこうやってぐだぐだ話してることも、全部無意味な絵空事だ」


 芽依は、横目で陽人を見た。


「陽人」

「なんだ?」


 ハルファスの子どもたちは、ネフィリムの恐ろしさをいやというほど知っている。

 まだ資料でしか学んだことのない上位種ともなれば、中位種以下のあらゆるネフィリムを支配下に置ける特性といい、それぞれ固有の特殊能力といい、今まで相手にしてきた個体とはまったく別種の存在といっていいだろう。


 だが――


「なんでだろうね。私は今、相手がたとえ上位種のイスラフィールタイプだろうが、負ける気がまるでしない」


 陽人は一瞬虚を突かれた顔をしたあと、くくっと肩を揺らした。


「慎重がウリの『レオパルト』の言うこととも思えねぇが……。ぶっちゃけ、俺もだ。あの子が、そばにいるからかな」


 うなずいた芽依は、再びちらりと陽人を見た。


「そういうわけで、一度おまえを殴ってもいいだろうか」

「そーゆーわけって、どーゆーわけ!?」


 見た目は少女の細腕でも、それはしなやかな猛獣の筋肉をまとっているのだ。

 反射的に彼女から距離を取るべく高機動車のドアに張り付いた陽人に、芽依はひょいと小首を傾げた。


「今朝フェンリルと挨拶をしてから、妙に気分が高揚している。それはつまり、私自身が通常と同じ判断をできる冷静さを欠いているということだ」


「うん、そうやってちゃんと自己分析できている時点で、おまえは立派に冷静だと思うのですがどうですか」


 陽人がじわじわと額に汗を滲ませる。

 芽依は淡々と続けた。


「いいや。『レーヴェ』のおまえとこうして長時間会話をしているというのに、まるで不快さを感じていない。どう考えても、今の私は異常だ」

「おまえ、どんだけ俺のこと嫌いなのさ!?」


 芽依が、ものすごく意外そうな目で陽人を見る。


「私は、おまえを嫌悪するほどおまえと親しくなった覚えはないぞ。ただ、私たちは――『レオパルト』は基本的に、おまえたちよりも遙かに集団行動におけるコミュニケーションスキルが低いんだ。それくらい、知っているだろう」


 陽人は重々しくうなずいた。


「そうですね。普通の会話の最中にいきなり殴ってもいいかー、なんて訊かれた今、俺はそれをひしひしと実感しています」


「あきらめろ。私たちは、そういうふうにできている。……話が脱線したな。まぁ、なんだ。いつもの私なら、今の状況であれば間違いなくおまえにイラついて、少し黙っていろと殴り飛ばしていると思うんだ」


 それだけですべてを説明した気になっているらしい『レオパルト』の少女に、陽人は思わず半目になる。


「だから、その『いつも通りの自分の行動』をトレースすれば、普段の調子を取り戻せるかもしれん、とおまえは言いたいわけか?」

「その通りだ。理解が早くて助かる」


 満足げに彼女はうなずいたが、誰も殴らせてやるとは言っていない。

 びしっと片手を挙げた陽人は、厳かに告げた。


「残念ながら、俺は殴られて喜ぶ被虐趣味の持ち主ではない。精神統一をしたいのであれば、自分の努力でどうにかしてくれ」

「……そうか」


 芽依が心底残念そうにため息をつく。

 陽人は、理不尽にどつかれる危険を回避したにもかかわらず、非常にいやな気分になった。


(コイツ……マジで俺を、危ない被虐趣味の持ち主だと思ってたわけじゃねェだろうな)


 まさかとは思うが、彼女のあまりに残念そうな様子がどうにも気になる。

 じっとりとハンドルを握る少女の横顔を見つめたとき、車両無線から六花の声がした。


『――第一車両。こちら、ヴォルフ1。そろそろ、先遣隊のイスラフィールタイプ遭遇地点だ。センサーの感度をすべて最大にしろ』


 了解、と応じた陽人が、高機動車に搭載されているセンサーを操作する。


 煌めく砂に覆われた大地は、太陽光で表面が高温になることも多く、サーモセンサーはほとんど役に立たない。


 彼らが主に注意を払うのは、ネフィリムの脳波を感知するために開発されたものだ。


『ただし、イスラフィールタイプがフェンリルの言葉通り砂の中で休眠期に入っている場合、センサーが感知しないことも予想される。イスラフィールタイプの体長は、八メートルから十三メートル。砂溜まりには――』


 六花の声が、不自然に途切れた。

 同時に、芽依が高機動車を崩壊したビルの陰に寄せる。

 壮志の操る第二車両もそれに続き、二台が停止するのと同時にメンバーたちは高機動車から飛び出した。


 六花のきびきびとした声が飛ぶ。


「総員、高機動車を守れ!」


 彼女の発した命令に、『ヴォルフ』以外のメンバーが揃って「へ?」と気を削がれた顔になる。


 センサー画面の中に突如現れたのは、38体のネフィリム反応。

 数種類の一般種と中位種が入り交じった反応が、イスラフィールタイプの支配圏と思われるポイントで出現した。

 それは、彼らがイスラフィールタイプの群れを形成する個体だということだ。

 おそらく、群れのリーダーが休眠期に入ったため、群れ全体がそれに同調したのだろう。


 親玉本体の反応は、まだ感知されていない。

 イスラフィールタイプが目を覚ます前に、その支配下にある個体をできる限り討伐してしまわなければならないはずなのに――


「拓己。ホラ、しっかりしろって。寝ぼけてんじゃねーぞ」

「にゅ……? 化け物、出たの?」


 ――第二車両の後部座席から聞こえてきたのは、そんな緊張感のかけらもないやりとり。


 そして、カーキ色の車体から保護者の少年とともに出てきた『人類の希望』は、どうやら寸前まで夢の中だったようだ。


 高機動車の周囲には、人間のにおいに引かれたネフィリムが次々に集まってきている。


 飢えきった獣の群れが、自分たちを捕食せんと近づいてくる。


 メンバーたちが、それぞれの武器を持つ手にぐっと力を込めたときだった。


「死んじゃえ」


 ひどく醒めた声での宣言と同時に、すべてのネフィリムの体が燃え上がる。

 断末魔の絶叫。

 生きた獣の肉が焼ける悪臭。

 絶命した個体から次々に砂に変わっていくが、その前に焼かれた体の一部はそのまま残る。


 それらの残骸を呆然と見つめていたメンバーたちの耳に、再びほややんとした声が届く。


「冬騎お兄ちゃん。これで終わり?」

「ああ。でも、この辺りにおまえが言ってた、でっかくてうるさいのがいそうなんだ。いつでもイヤープロテクターをできるようにしておけよ」


 はぁい、といい子のお返事をする青年を見つめていた芽依が、携帯センサーの液晶画面を確認している六花を、ぎこちなく振り返る。


「六花……? こんな、一瞬なの……?」


 確かに目の前で起こった現実なのに、いまだに信じられない。


 フェンリルは――自分たちが従うべき『人類の希望』は、強力な中位種を含む38体ものネフィリムを、こんなにも呆気なく屠ってしまえるのか。


 歓喜とも陶酔ともつかない感情に呑まれたメンバーたちに、チームリーダーの少女はあっさりと答えた。


「今のところ、フェンリルの精神状態はとても安定している。武器の損耗を押さえるために、彼の能力が使える間は極力戦闘を避けてちょうだい」

「……イエス、マム」


 拓己の異能をはじめて目の当たりにしたメンバーたちは、機械的に首肯する。

 六花は、軽く肩を竦めて口を開いた。


「安心していいわ。あなたたちは死なない。フェンリルが、あなたたちを『冬騎の仲間』だと認識したもの」


 え、と目を瞠った彼らに、六花は告げる。


「彼の能力は、底なしよ。休眠期のイスラフィールタイプくらい、すぐに始末してくれるわ。教官たちの前では、こんなこと言えなかったけどね。本当は、彼にわたしたちの護衛なんて必要ないのよ」


 戦場で――いつネフィリムの群れが現れるかわからない状況で、くすくすと楽しげに笑いながら。


「わたしは今回のミッションで、一生彼のそばにいる権利を、確実に自分のものにする。いつか、彼を守って死ぬために。……あなたたちは、どうするの?」

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