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2話「異動休暇。ガチ同棲」③

「どうしてあんなことしたんだよお」


 あの場はすぐさま離れ、悠人と楓は歩き出していた。その最中、我慢できずに彼は文句を言った。

 先ほどの行為についてだ。いくら考えても嫌がらせ以外の意味を見出だせなかった。


「どうしたのご主人。そんなに慌てて情けない。あと道が違う、駅はこっちよ」


 悠人をさらりと流す言葉の端に、聞き捨てならないものが混じった。あくまで尊大な下僕宣言を続ける彼女に対し、悠人はあとでゆっくり話そうと心に決めた。

 ――それにしても、何故彼女が俺の向かう先を知っているのか。

 そう悠人は当然のように感じ、話題を逸らすかのように彼女へ問うた。


「それはありがとう。てか、北見さん。そのリュックサックで引っ越しって、誰か親戚の家にでも行くのか?」


 そう言い、悠人は彼女の背の大きな鞄を見やる。確かに小柄な彼女には似合わない重装備であったが、その目的が”引越”とでもなると、質量から察するに、いささか軽量すぎた。

 その為、悠人は近場に親戚か知り合いでも居て、そこで厄介になるのでは、と推測したのだ。

 流石の推理力である。七割はその想像で間違っていなかった。もっとも、残りの三割は悠人にとって望まざる状況下、という条件なのだが。


「……まあ、そんなところ。早く行きましょう、もう業者が来るわ。二駅乗ったらすぐ乗換えだから気をつけて、私も一緒だから」

「あ、ああ。やけに詳しいな。ありがとう」


 悠人は戸惑いながらも、楓に礼を告げた。そうか、トラックも呼んでいるんだな、と妙な安心感を抱きつつ、女のひとり暮らしは荷物が多いんだな、と勝手に失礼な納得をしていた。

 歩きながら、怒涛の展開で言いそびれていた一言を思い出す。それは彼にとっては当然で、また、彼女にとっては意外な一言だった。


「……荷物、持つよ、大変だろう。こう見えても俺腕力には自信あるんだわ」

「ふぇ……?」


 どこから出したのだろう、と言うほど素っ頓狂な声が上がった。それは楓の口からだった。



 楓は悠人が言った意味を時間をかけて咀嚼し、彼の差し出した右手を見て、意味に気づいた。

 おそらく、記憶にある中で彼女は初めてそういう言葉をかけてもらった。

 唐突な優しさに、頭が追いつかなかったのだ。

 硬直している楓が見たのは、悠人の不思議そうな顔。こういうとき、どうすればいいのか楓はわからなかった。

 そうだ、断ろう、スーツを汚しては申し訳ない、と不遜に手を払いのけようとしたその時、悠人との距離が詰まった。

 彼は楓の返事を待たずに、彼女の肩口に手を置いた。抵抗しようという楓の思考は、悠人の思ったより大きな手とその熱、力強さにすっかり奪われてしまった。

 楓自身でも思ったより安易に、するり、と解けたリュックサックの紐を彼に渡すと、悠人は満足そうにこう言った。


「よかった。重かっただろう、言うのが遅くなってごめんな」

「べ、別に……」


 楓は自分の頬が熱く、熱を帯びていることに気付いた。気付いてしまった。

 その結果、自分がこれからしようとしていることに対しての驚愕と、後には引けない絶望感と、妙な気恥ずかしさと期待感とで胸の内側がぐるぐると撹拌されているような感情に苛まれた。

 ――なんだか、この人。

 悠人は老若男女誰からも好かれていた。その理由は様々であろうが、特に十から二十の女性からの好感度が高い理由がわかって、何故か腹立たしかった。

 実際は、恋慕だけでなく、尊敬や、友人に近い形等、彼女らにとって様々な事由はあったのだが……、ともかく楓の思考上では、彼女らは哀れ、一括りにされてしまった。


「あ、ありがとう」

「いいよ。普通だって。……こんな重いの今まで持ってたんだな、ご苦労さん」


 顔が火を吹いたように熱くなるのが、わかった。楓はそう自覚すると、これ以上は見せてられない、とばかりに駅までの道をずんずんと進んだ。悠人に表情は悟られないように、少し前を俯きながら歩いた。


 ――仕方ないじゃない。

 楓はそう胸中で怒った。誰にでもない、自分自身に言い訳するように。

 思えば、そんな優しい言葉、今までかけて来られたこと無かった。両親は早くに他界し、自分にとってのコミュニティは店舗しか無かった。その店舗ですら疎まれていた自分。優しくされたことなんて当然ない。

 新天地、新しい店。新しい生活。少なからず不安になっている自分の心の隙につけ込むように! ああ、この人がいれば大丈夫かもって思ってしまうじゃない!


 ――あんな優しくするなんて、ずるい。


 楓の思考は、大きな間違いだった。

 もとより、仕事上で圧倒的な営業力を誇る楓。その人物にフォローの必要など無く、基本的に自分一人でこなすため、他人との関わりなどあまりなかった。

 その上、この可憐さである。同性からも、若干の近寄りがたい雰囲気を醸し出している彼女だ。当然異性からは、高嶺の花的存在であった。

 新人の頃には、フォローして貰ったり、ミスをして、庇ってもらった体験もあるにはあったのだが、そんなものは遥か昔のことだし、出来のいい楓はすぐに仕事を覚えたし、同じミスは二度とすることは無かった。なにより、その当時の楓は、男性というものを意識したことがなかっただけなのだが。



 そんな楓の勘違いは知る由もなく、彼女の葛藤の当事者である悠人は、俯きながらそそくさと歩く楓を見て。


 ――トイレでも行きたいのかな。


 駅についたら、俺から言い出そう。そうして、彼女より遅く出よう。と圧倒的に失礼な勘違い的気遣いに頭を巡らせていた。


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